第60話 追放幼女、精錬を依頼する
あたしは採れた砂金を持ってウォルターの鍛冶工房へとやってきた。ちょうど何かの作業を終えたのか、ウォルターは満足げな表情で天を仰いでいる。
「ウォルター」
「……」
「ねえ! ウォルター!」
「えっ? あ! 男爵様!? いつからそちらに?」
「うん。今来たところだよ」
「そ、そうでしたか。今日は一体どんなご用で?」
「うん。これを見てくれる?」
あたしは採れた砂金をウォルターに差し出した。
「おや? ……これは、砂金ですか?」
「うん。実は、そこの小川で砂金が採れるみたいなんだよね」
「ああ、それはそうでしょうね」
「え? どういうこと?」
「川からは大抵、砂金が採れるものではありませんか?」
「そうなの?」
「はい。クラリントンでも、近くを流れる川でごくたまに砂金が見つかっていました。なのでそういうものなのだと思っていました」
「へぇ、そうなんだ」
「はい。食うに困った者たちが、たまに川で砂金を探していましたね」
「ふーん。じゃあ、クラリントンって実は金の産地なの?」
「いえいえ、そんなことはまったくありませんよ」
「どうして?」
「ほとんど採れませんからね。見つかればラッキー、といったところですね」
「そうなんだ」
「はい。そんなことをするぐらいならどこかで丁稚でもしたほうがよほどマシです」
「うーん、でも金なら高値がつくんじゃないの?」
「それはそうですが、川は町の外にありますからね。町の外に出て、魔物に襲われる危険を考えると普通はしり込みしてしまいます」
「そっか。魔物かぁ」
「はい。それにもし運よく見つけたとしても、砂金は本来領主様のものですから自分のものにはできません。隠れて売れば処刑されていまいます」
「あ、そっか……」
言われてみれば土地はすべて領主のものなのだから、その土地で産出されるものはすべて領主のものとなる。それを盗めば当然罪になる。
「あれ? じゃあなんで砂金を採る人がいるの?」
「それは、きちんと申告すれば謝礼金が支払われるからです」
「そうなんだ。重さに応じて?」
「はい。正確には精錬して残った重さに応じて、です」
「ふーん。なるほどね。そんな仕組みになってんだ」
と、そこであたしはふと疑問に思ったことを質問してみる。
「あれ? ということは、クラリントンには砂金の精錬工房とかがあるの?」
「いえ、精錬工房のようなものはなく、鍛冶工房なら大体どこでも請け負っていましたよ。報奨金から中抜きできるので、とりっぱぐれのないいい仕事でしたから」
「じゃあ、ウォルターもできるの?」
「はい。灰吹法でしたら」
「やって! クラリントンで受け取ってたのと同じだけの報酬を払うから!」
「えっ? はい。もちろん構いませんが、ここにはその材料がありませんので……」
「何が必要なの!? 教えて! すぐに買いに行かせる!」
「は、はい……」
こうしてウォルターに必要なものを教えてもらうと、さっそくサイモンに買い出しを依頼するのだった。
◆◇◆
一方その頃、サウスベリーからクラリントンへと至る街道をタークレイ商会の馬車の車列が通行していた。その中でもひときわ高級そうな馬車の中にはボルタともう一人、赤髪をオールバックにまとめた青年の姿がある。
彼の名はティム・スタイナー。タークレイ商会の本部に所属している監査員であり、各地にある支部の監査をしている男だ。
馬車がクラリントンまであと少し、という距離までやってきたところで、ティムは何かに気付いたようでおもむろに口を開いた。
「ボルタさん、ちょっと止めてください」
「はい! おい! 止まれ!」
車列はゆっくりと止まった。するとボルタは恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの、何かございましたでしょうか……」
しかしティムはそれには答えず、じっと窓から外を観察している。
彼の視線の先には川があり、そこでは見るからに貧しい身なりの男たちが川の中に入って必死に何かを探していた。
「監査員様、もしやあの連中でしょうか?」
「ええ。あれは何をしているのですか? ここは魔の森のすぐ近くですよね?」
「あの連中は砂金採りをしておるのです」
「砂金?」
「はい。クラリントンでは昔からごくわずかではあるのですが、砂金が見つかることがあるのです」
「……初耳ですね」
「ええ。量としてはまるで大したことがありませんので、とても産業として成り立つような規模ではありません。ですが砂金の報奨金を侯爵様からいただけますので、食うに困った輩がああして魔物の出る中砂金採りをするのです」
「……」
ボルタはペラペラと解説をするが、ティムは厳しい表情を浮かべたままだ。
「……あの? 監査員様?」
「ああ、いえ、結構です。さあ、クラリントンに向かいましょうか」
「はい! おい! 出せ!」
こうしてボルタたちを乗せた馬車はクラリントンへと向かって再び移動を始めたのだった。
◆◇◆
ボルタたちはタークレイ商会の支部ではなく、まっすぐに町長の屋敷へとやってきた。するとでっぷりと太って人相の悪い中年と老人の間くらいの年齢の男が満面の笑みで出迎える。
彼こそが、クラリントンの町長である。
「ティムさん、ようこそお待ちしておりました」
「ええ、町長。お久しぶりです」
ティムは町長と和やかに握手を交わす。
「どうなさいましたか? ティムさんが直接こちらにお越しになるなんて」
「ええ。来る途中で興味深い光景を目にしましてな」
「興味深い光景?」
「はい。砂金が採れるそうですね。大勢の貧民たちが魔物の危険がある中、川に入っていました」
「ああ、昔からよくある光景ですよ。特に大雨が降った後は砂金が少し見つかりやすいようです。といっても、大した量が採れるわけではありませんがね。一週間もすれば川に入る者はいなくなるでしょう」
「……ですが、雨が降った後に砂金が見つかるということは、上流のどこかに金鉱脈があるということではありませんか?」
「それはそうかもしれませんが、上流は魔の森の中ですからねぇ。とても手出しなどできませんよ」
「なるほど……おや? そういえば、開拓村がありませんでしたか? ええと、名前は……」
「スカーレットフォードのことですかな?」
「おや? スカーレットフォードといえば、たしか領内全域で通商禁止令が出ていませんでしたか?」
「はい、そのとおりです。前にタークレイ商会さんとトラブルになった上に、地下にまで手を出されましたので」
「ああ、そういうことでしたか。領内全域で禁止とは何事かと思っておりましたが、それであれば当然ですね」
「ええ、そうなのです」
ティムたちは悪びれる様子もなく、そんな会話をしながらうんうんと頷き合っている。
「ですが、魔の森の開拓村に対して通商を禁止したとなると、もう滅んでいるのではありませんか?」
「でしょうね。道も封鎖しましたから、今ごろはすべて森に還っているかもしれません」
ティムの疑問に対し、町長は平然とそう答えた。
「それに、もうあの村にあった金はすべて搾り取ったのですよね? ボルタさん」
「ええ、そうですね。新しい男爵のクソガキの金と爵位は絞れませんでしたが……」
ボルタはそう言うと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「まあ、仕方ないでしょう。それに、はした金しか持っていなかったのではありませんか? ボロボロの牛車で買い物に来たと聞いていますよ」
「なるほど。とはいえ、侯爵様の関係者なのですよね?」
「ああ、そこは問題ありません。通商禁止令を出すときに会頭が侯爵邸に直接確認し、問題ないとのご回答をいただいています」
「そうでしたか」
「はい。ですので――」
「失礼します!」
突然扉が開かれ、きっちりとした服装の若い男が入ってきた。
「なんだね? 騒々しい」
「申し訳ありません! ですが、想定外の事態が発生しました」
「想定外の事態? 何かね?」
「ええと……」
男はちらりとティムたちを見る。
「彼らは問題ない。タークレイ商会の皆さんだ」
「ああ、そういうことですか。ならばちょうどいいですね」
「どういうことかね? 話してみなさい」
「はい。かつてない量の砂金が採れています。そのため、一年分の報奨金の予算がもう尽きてしまいました」
「何? 余裕を持って確保していただろう?」
「はい。その分もすべて使い切りました」
その知らせを聞き、ティムたちはお互いに顔を見合わせる。
「なるほど。では会頭に話を通しておきましょう。魔の森となるとサウスベリー侯爵の助けが必要でしょうから」
「そうですな。ティムさん、私のほうからもお願いしておきましょう」
「はい、町長。よろしくお願いします」
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