第57話 追放幼女、商会を設立する
2024/08/17 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
翌日、食事を終えて久しぶりに刺繍の練習をしながら時間を潰していると、サイモンとアンナがやってきた。
「あ、おはよう、ふたりとも」
「おはようございます、男爵様」
「うん。それで? どうすることにした?」
するとサイモンとアンナは二人で頷き合い、そしてサイモンが真剣な表情で口を開く。
「商会の件、ぜひお受けさせてください。そもそも僕たちは男爵様に救っていただいた身です。僕はあの日、男爵様に助けていただかなければあのまま死んでいたでしょうし、妻はきっと奴隷として娼館に売られていました。ですから元々、僕たちの命は男爵様のものです」
「あー、うん……」
そこまで重く考えられてるとは思わなかったなぁ。
「昨日は信用されていないのかってちょっとショックだったんですけど、でもよく考えたらその誓約というのをすれば裏切れなくなるんですよね?」
「うん、そうだね」
「なら、ぜひお願いします。昨晩二人で話し合って、よく考えたらそのほうがむしろ都合がいいってことに気付いたんです」
うん? そうなの? 普通は嫌だと思うんだけどなぁ。
「なので、お願いします!」
「お願いします」
サイモンとアンナはそう言ってあたしの前に跪いた。
うーん? よくわからないけど、まあ、いいか。マリーもやったほうがいいって言ってたしね。
「分かったよ。じゃあ、まずサイモンから」
あたしはサイモンの前に誓約の魔法陣を展開した。
「僕、サイモン・チャップマンはオリヴィア様を決して裏切らず、忠実に職務を遂行することを誓います」
すると魔法陣がサイモンの中に吸い込まれていく。
「これからよろしくね、サイモン」
続いてアンナも同じように誓約をした。
「はい。じゃあさっそくだけど、名前はチャップマン商会でいいのかな?」
通常、商会の名前は設立者の家名か取り扱う商品に関するものが使われることが多い。ただ、貴族がお金を出して商会を設立する場合、雇われで働く会頭の家名を使う。その理由はもちろん、貴族が金儲けをするなんてはしたない、というしょうもないものだ。
結局、商会がやることはお金儲けなんだし、一緒だと思うんだけどね。でも貴族はそういう体面にものすごくこだわるみたいだから。
「はい。それでお願いします」
「会頭はどっちがするの?」
「僕が」
「そっか。じゃあ会頭、よろしくね」
「は、はいっ!」
呼ばれ慣れていないのか、サイモンは少し恥ずかしそうにしながら背筋を伸ばして返事をした。
「うん、じゃあさっそくだけど、スケルトンのレンタルについて」
「はい」
「知ってのとおり、ビッターレイは対象外にするよ」
「はい。もうハワード家の方々にお貸ししてますからね」
「うん。でね。どこかに一体貸したら同じだけ領地にお金が入るようにしたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
「……そうですね。それですと、チャップマン商会が一体あたり大金貨一枚でお借りして、それを商会側で又貸しするという形で良いと思います」
「あー、そっか。そうだね。そうすれば外からはチャップマン商会しか見えないもんね」
「はい」
「じゃあ、そんな感じでよろしくね」
「はい。貸出先などの制限はございますか?」
「んー、特に考えてはいないかな。ただ、分かってるとは思うけど盗賊みたいな連中とか、あとタークレイ商会みたいなところはやめてほしいかな」
「かしこまりました。他には何かございますか?」
「ううん。あとは二人がやりたいように商売をしてくれればいいよ。どこかで人を雇ってもいいし、設立資金もちゃんと出すから。とりあえず、大金貨二十枚くらいあれば大丈夫?」
「に、二十枚ですか!? そんな大金……」
「うん。でも支店作ったりとか仕入れとか、色々するんでしょ?」
「そ、そうですね。支店はまだ早いですが、ビッターレイには事務所くらいは構えるかもしれません」
「分かった。あたしはあまりよく分からないし、あとはよろしくね」
こうしてスカーレットフォード初の商会、チャップマン商会が設立されたのだった。
◆◇◆
ここはルディンハムのとある高級喫茶店。まだ午前中にもかかわらず、開店直後のこの店にはオルブライト商会の若奥様を含むいつものグループの女性たちがやってきた。
彼女たちは二階のテラス席に着席し、最高級のティーセットを注文する。
「どうしたんですの? 昨日の今日でお茶会を、しかもこんなに早くからだなんて」
「もしかして、何か分かったんですの?」
「ええ。わたくし、昨日教会で司祭様に相談しましたの」
「まあ! それで司祭様はなんと?」
「悪魔が憑りついているのかもしれない、と」
「そんな!」
「サウスベリー侯爵に!?」
「恐ろしいですわ」
自分たちしか客がいないこともあるのだろう。大声でそんな会話を交わしている。
「でも、悪魔が憑りついているのなら筋は通りますわね」
「ええ。でも、やはり神にお仕えするお方は聡明ですわね。話を聞いただけで悪魔憑きだということにお気づきになられるなんて」
「本当ですわ」
「それで、司祭様は他になんと?」
「必ずや、神罰を受けるだろう、と」
「サウスベリー侯爵が罰を……」
「でも、悪魔に憑りつかれているのなら当然ですわ」
「そうですわね」
「でも、となるとサウスベリー侯爵領は荒れるかもしれませんわね」
「そうですわね。わたくしも、お友達に気を付けるように言っておかないと」
「わたくしも主人にきちんと言っておきますわ」
それからも彼女たちは噂話を続けるのだった。
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