第56話 追放幼女、商会設立を打診する
2024/08/17 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
「サイモン、アンナ」
「あ! 男爵様。どうなさいました?」
「うん。ちょっと相談があってね」
「はい。なんでしょう?」
「実はさ。商会を作ろうと思ってね」
「え?」
あたしの言葉にサイモンの表情が硬くなった。
「ちょっと! 男爵様の前でしょう!」
「あ……す、すみません。男爵様」
「うん。何かまずかった?」
「いえ……その……」
どうにもサイモンの歯切れが悪い。
「どういうこと?」
あたしはアンナのほうを見た。
「恐らくですが、主人は自分の仕事が無くなることを恐れているのではないかと思います」
「へ?」
あたしは思わず変な声を出してしまった。
「何? なんでサイモンの仕事がなくなるの?」
「スカーレットフォードの産品のほとんどが男爵様のものですから、男爵様がお抱えの商会を設立なさったとすると、それらの取り扱いは当然そちらの商会になりますよね」
「ああ! そういうこと」
言われてみればそうだね。説明不足だった。
「あのさ。そういう話じゃなくて、あたしが出資するからチャップマン商会を作ったらどうかなっていう話なんだ」
「「えええっ!?」」
二人は同時に大声を上げた。
「ぼ、僕らのような一介の行商人が、男爵様の商会を!?」
「うん。だって、他にできる人いないでしょ? 村のみんなは読み書きも計算もできないし」
「それはそうですが……」
「で、チャップマン商会にスケルトンのレンタルの仲介もやってもらおうかなって」
「「ええええええっ!?」」
二人はさらに大声を上げた。またしても完全に同時だった。
夫婦って、ここまで息がぴったりになるものなの?
「もう。そんなに驚かないでよ。この間サムナー商会の人が来たでしょ?」
「はい。男爵様から紹介されたので卸してほしいと言ってきました」
「うん。それさ。実はスケルトンのレンタルの仲介権が欲しいって言われて断ったんだよね」
「なんと! よくもそのようなことを!」
「でさ。そんなのに毎回来られても困るでしょ? だから話は全部うちの商会を通してくれってしたいんだよね」
「なるほど。そういうことですか……」
「そうなんだ。それで、どうかな?」
「う……」
サイモンは迷っているようだ。
「あれ? 嫌?」
「いえ、ただ……」
「ちょっと、あなた。こんなチャンス、もう二度とないんじゃないの?」
「それはそうだけど……ただ、僕なんかがそんな重責……」
うーん。どうしようかな?
無理やりやらせるつもりはないけど、でもないと困るしなぁ。
「分かった。じゃあ、一晩考えてみて。それでやっぱり無理そうだったら他を当たるよ」
「う……」
「じゃ、明日の朝、うちに来てどうするか教えてね。あ、あと、もし受けてもらえるなら、神聖魔法で誓約をしてもらうことになるからそのつもりでね」
「誓約? それはなんですか?」
困惑するサイモンに代わり、アンナが質問してきた。
「あたしに忠実に、ちゃんと仕事をしますって神様に誓ってもらうんだよ。形だけの誓約じゃなくて神の権能を使うから、絶対に破れなくなるよ」
「……それは、つまり一生?」
「基本的にはそうかな。もちろんお互いに合意すればあとから解除することもできるけど。ただ、貴族が商会を作るならこれは絶対にやったほうがいいんだって」
するとアンナはすっと目を細めた。
「……マリー様がそのように?」
「うん」
「そうですか……そうですよね。マリー様のお立場からすれば当然でしょう。わかりました。明日、お伺いします」
「うん。じゃあ、またね」
「はい」
こうしてあたしはサイモンたちの家を後にするのだった。
うーん、今日はあと何をしよう? ちょっと村の様子でも見て回ろうかな。
◆◇◆
一方、日没の迫る王都ルディンハムの片隅にある小さな教会に、見るからに高級そうな馬車がやってきた。
その馬車からはお茶会で教会に行くと言っていたあの婦人が降りてきて、正面の門から教会の中へと入っていった。すると教会の中で掃除をしていた助祭の女性が彼女の姿に気付き、パタパタと駆け寄ってきた。
「まあ! どうなさいましたか? オルブライトの若奥様」
「実は、ちょっと信じられない話を聞いてしまったんですの」
「信じられない話?」
「ええ。口に出すのもはばかられるような、そんなお話ですわ」
「それは……では司祭様を?」
「ええ。お願いしてもよろしくて?」
「もちろんです」
それから彼女は奥の個室に通された。するとすぐにホクホク顔の男性司祭がやってきた。年齢は四十前後だろうか?
「お待たせしました、オルブライトの若奥様」
「あっ! 司祭様。ああ、良かった」
「ええ。それではさっそく、お話を聞かせてください」
「実は! サウスベリー侯爵がひどいんですの」
「むむ? どういうことでしょうか?」
「本当にひどいのです! 司祭様はあの噂をご存じないのですか?」
「……噂ですか。噂は色々とお聞きしておりますが」
「やはり! 司祭様! どうしてあの人が神の罰を受けないのでしょう!」
すると司祭は怪訝そうな表情を浮かべる。
「どういうことでしょう?」
「だって! サウスベリー侯爵は幼い実の娘に乱暴を!」
その言葉を聞いた瞬間、司祭の表情が強張った。
「もっと詳しく、お聞かせくださいますか?」
「ええ! ええ! そのうえその娘を惨殺して、魔の森に捨てたのだそうですわ!」
「……それは本当ですか?」
「あちこちで噂になっていますわ。しかも国王陛下まで騙して死んだ娘に爵位を渡し、魔の森の中の開拓村に送ったのだそうですわ。わたくし、信じられなくて!」
「……そうでしたか。そのような者にはいずれ、神は罰を与えることでしょう。少なくとも死後は地獄に落ち、その魂が安寧を得ることはありません」
「そうですわね! ああ! やはり!」
「ええ、そのとおりです。父が娘に乱暴するなど悪魔のすることです」
彼女はまるで何かを確認するかのようにうんうんと頷いている。
「ですが、若奥様は敬虔なる神の信徒ですからね。そのような話をお聞きになるだけでも恐ろしかったことでしょう」
「はい! はい!」
「ですが、ご安心なさい。神はすべてをご存じです。たとえ今、神が罰をお与えにならなかったとしても、必ずや魂は罰を受けます。よろしいですか? 私たちは死後、天国で永遠なる魂の安寧を得るために、正しい行いをし続けなければならないのです」
「そうですわね! 悪魔のようなあの男は必ず罰を受けますわね?」
「ええ。必ずや、神は罰をお与えになることでしょう」
「ああ、良かった……」
ようやく落ち着いたのか、彼女はふぅっ、と息をついた。
「ああ、そうですわ。こちら、わたくしの信仰の証ですわ。どうかお役立てになって」
彼女はそう言うと、小さな袋を差し出した。
「これはこれは、いつもありがとうございます。若奥様の信仰心にきっと神も感心していることでしょう」
司祭は満面の笑みを浮かべながらそう言って袋を受け取った。
「司祭様、話を聞いていただきありがとう存じますわ」
「いえいえ。何か迷ったことがあれば、いつでもいらしてください」
すっきりした表情でお礼を言う彼女に、司祭は満面の笑みで答える。
「それでは、失礼いたしますわ」
「はい。どうぞお気をつけて」
そうして彼女が部屋から出て行くと、司祭はニヤついた表情で袋の口を開ける。
「さあて、今日はいくら……お? 金貨が入ってるじゃないか。ははは。さすがオルブライトの若奥様だ。さあて、今日はどの子にするかなぁ」
とても聖職者とは思えない下卑た表情を浮かべ、司祭はそんなことを呟いたのだった。
次回、「第57話 追放幼女、商会を設立する」の公開は通常どおり、明日 2024/08/12 (月) 12:00 を予定しております。