第55話 追放幼女、レンタルについて悩む
2024/09/16 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
それから三日後、トムはビッターレイへと帰っていった。サイモンから何かを仕入れたという話は聞いていないので、多分何も買わずに帰ったのだと思う。
というか、もしかすると下っ端のトムを送ってきたのって、単にスケルトンのレンタルについてあたしがどんな風に考えてるのかを確認しに来ただけだったりして?
いきなりサムナー商会の会頭さんが来てあたしを怒らせたらそれで終わりだもんね。知らんけど。
とはいえ、これから似たようなのに来られても困るし、何か対策を考えたほうがいいと思うんだ。
こういうときは……とりあえずマリーに相談かな。
というわけで、あたしは執務室にやってきた。すでにマリーは書類仕事を始めているが、入ってきたあたしに気付いて立ち上がる。
「あ、マリー。座ったままでいいよ」
「かしこまりました。お嬢様、いかがなさいましたか?」
「うん。ちょっと相談なんだけどね」
「はい」
「スケルトンのレンタルなんだけどさ。これからもトムみたいなのがいっぱい来るんじゃないかなって思うんだけど」
「そうですね。その可能性は十分にあるかと思います」
「でも、いちいち対応するのも面倒でしょ?」
「はい。ですが門前払いをしてしまえばよろしいのではないでしょうか」
「うーん、でもトムも最初は普通に商売しに来ただけって感じだったけど、あとであたしに泣きついてくるついでに要求してきたし、いちいちそういうのを相手にしたくないんだよね」
「では、挨拶に来たときに釘を刺してはいかがでしょう?」
「うーん、それだとなんだか必死過ぎるって思われないかな? 貴族はいつでも余裕を見せてないと、品位を疑われるんでしょ?」
「それは……そうですね」
「だから貴族らしくしつつ、ああいうのを避けるいい方法はないかなって」
「……では、商会を立ち上げてはいかがでしょう?」
「商会?」
「はい。現時点ではチャップマン夫妻に依頼することになるでしょうが、そちらの商会に貴族以外の窓口をさせるのです。そうすれば話はすべてそちらに行くでしょうし、断る基準などをきちんと共有しておけばお手を煩わされずに済むかと」
「なるほど。いいアイデアだね」
「ただし、チャップマン夫妻にはウィルたちにやったのと同じように、必ず誓約をさせてください。お嬢様を裏切らず、忠実に職務を遂行する、と」
「え? どういうこと?」
「貴族が出資して商会を設立した際にもっともよく聞くトラブルが持ち逃げです」
「持ち逃げ? どういうこと?」
「商会を作り、お金と馬車と商品を持って行商に出したものの、商人はそのまま二度と帰ってこなかった。そのような話はよく聞く話です。他の領地に行っただけであればその地の領主や国王陛下に裁定をお願いすることもできるかもしれませんが、他国へと行かれてしまえば手出しができなくなります」
「ええ? でもサイモンとアンナはそんなこと――」
「今はお嬢様に感謝しているでしょう。ですが、大金を前にして裏切らない保証はどこにもありません」
「うーん、そっかぁ。分かった。じゃあ、そうするよ」
「はい。賢明なご判断かと存じます」
「うん。いつもありがとう」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「うん」
こうしてあたしは商会を設立すべく、サイモンとアンナの家へと向かうのだった。
◆◇◆
一方その頃、王都ルディンハムのとあるお屋敷のテラスでは先日の裕福そうな婦人たちが再びお茶会を楽しんでいた。
「ねえ、皆さん。聞いて下さる?」
「あら、どうしたんですの?」
「わたくし、先日の噂の話を主人に閨で聞いてみましたの」
「まあ! どうでした!? やっぱりその娘は――」
「それが、何も知らないみたいですわ」
「えっ!?」
「何も?」
「ええ。何も」
「本当ですの?」
「本当ですわ。そもそもサウスベリー侯爵に娘がいるという話自体が初耳だと言っていましたわ」
「そんなことって、あり得るんですの?」
「あれほど噂になっているというのに」
「不思議ですわ」
婦人たちは訝し気な表情で顔を見合わせる。
「でも、本当にご存じなかったんですの? 何か事情があって、隠しているだけではなくて?」
「どういうことですの?」
「だって、市井ではもっととんでもない噂が広がっているんですのよ?」
「そうなんですの?」
「ええ。なんと、娘が殺された原因は、父親がその娘を乱暴したのを隠蔽するためだって」
「まぁ!」
「なんてこと!」
「それが本当ならなぜ教会は黙っているんですの!? 血を分けた娘にそのような!」
彼女たちは嫌悪感を隠そうともせず、口々にサウスベリー侯爵を非難する。
だがそれは当然のことで、国教である光神教において近親相姦は禁忌とされており、異端審問の対象にすらなる話だからだ。
「……わたくし、もう一度主人に聞いてみますわ。血を分けた娘に乱暴だなんて、いくらなんでも黙って見過ごせませんわ」
「ええ。そうしてくださる? わたくしはいつも寄付をしている教会の司祭様に何か知らないか、聞いてみますわ」
「ならばわたくしは隣町の友人に手紙で聞いてみますわ。彼女の旦那さんの商会、たしかサウスベリーの商会とつながりのある商会と取引があると言っていましたもの」
「まあ! それは有力な情報ですわ」
「頼みましたわ」
「ええ! 任せてくださる?」
こうして婦人たちは噂話に花を咲かせるのだった。
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