第54話 追放幼女、行商人の話を聞く
翌日の昼下がり、再びトムがあたしのところにやってきた。
「スカーレットフォード男爵閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
「ええ、ごきげんよう。今日はどうなさって?」
「はい。実はこの町で皆さんの作られた品物を仕入れようと思ったのですが、ことごとく断られてしまいまして……」
「あら?」
……ああ、それはそうか。当然だろう。
なぜ当然かというと、その理由はいくつかある。
まず、スカーレットフォードの住民は農奴と囚人がほとんどで、平民はクラリントンからスカウトしてきた人たちだけだ。
このうち、囚人は財産を持つことができない。そして刑罰を受けている身である彼らの労働は領地への奉仕であるため、領主であるあたしのものとなる。
だから囚人の彼らが勝手に物を売るということは、領主の財産を横領しているということになるので不可能だ。
続いて農奴だが、彼らは財産を持つことができ、その財産で平民の身分を買うことができる。その一方で、領主の命令によって労働しなければならない半奴隷のような身分でもある。
そのため、自分たちの労働で生み出したものを自分の財産とするには条件を満たす必要がある。
それは自分が使用権を与えられた土地で、自分だけの力で生産した物に限られるというものだ。
だがスカーレットフォードにある建物、設備はすべてスカーレットフォード男爵であるあたしのものとなっている。
別にこれはあたしが何か意地悪をしているというわけではなく、最初からそうだったのだ。
そのうえ彼らは材料、道具、さらに労働力となるスケルトンまであたしから無償で提供を受けている。
つまり、彼らが自分の財産にできるものは何一つないのだ。
そのかわりにあたしは住宅から衣服、肉類を含む十分な食事、さらに子供たちへの教育まで無償で提供しているので、今のところ不平不満は出ていない。
最後に平民の人たちだが、彼らはもちろん自由に財産を持てるし、別の町へ移住することだって自由だ。
しかし、一方で彼女たちも実は農奴たちと似たような状況になっている。
というのも、彼女たちにも衣食住と子供たちへの教育を無償で提供するかわりに、それぞれの得意分野で働いてもらっているのだ。だから、普段の労働で生産されたものはあたしのもの――といっても実際は村のみんなの共有物のような感じだが――となっている。
もちろん彼らが余った時間に内職をするのは自由だし、実際に材料を自分で仕入れて内職をしている人も多いと聞いている。
ただ、そうして作られた品物はスカーレットフォードで唯一の行商人であるサイモンとアンナの夫婦が買い取り、ビッターレイへと売りに出掛けているのだ。
その関係性の中にぽっと出の商人が割り込むのは至難の業だろう。
「そうですわね。当然でしたわ」
「そ、それは一体どういう……」
「ええ。実は――」
あたしは囚人の件を除いて、ざっくり事情を説明した。
「そんな! このまま何も仕入れられずに帰ったとなれば旦那様になんと……」
たしかにわざわざ出張ってきたというのに何も商品を仕入れられなかったとなれば、きっとトムは叱られるだろう。
さすがにそれは可哀想かもしれない。
「そうですわね。多少であれば便宜を図って差し上げますわ」
「本当ですか!?」
トムはものすごい勢いで食いついてきた。
「何を仕入れたいんですの?」
「ではスケルトンのレンタルの仲介権をお願いします! 我々であれば――」
「何を言っているんですの? お前、ちょっと図々しいんじゃなくて?」
「う……」
トムは小さくなっているが、ここはきちんと締めておかなければならない。
「お前のところを通したところで、わたくしにはなんのメリットもなくてよ? すでにハワード家と取引をしているのは知っているのでしょう?」
「は、はい……」
「それをさらに商会、ましてや同じビッターレイの商会を通じて貸し出すだなんてどういう了見ですの? お前はわたくしに、エドワード卿の顔に泥を塗れとでも言いたいのかしら?」
「それは……その……」
「それに、そのようなことをすればきっとわたくしは貴族の矜持を捨てた金にがめつい女と言われることでしょうね。お前はわたくしにそうなれと?」
「も、申し訳ございませんでした! どうかお許しください!」
トムはすぐに平身低頭して謝罪してきた。
「ええ。ですが、次はありませんわ」
「はい! ありがとうございます」
「何かを仕入れたいのでしたら、サイモンという行商人の男を訪ねなさい。きっと商売の話ができるはずですわ」
「ありがとうございます!」
トムはそう言うと、何度も頭を下げながら部屋を出ていったのだった。
はぁ。つまり、最初からそれが狙いで、わざわざ下っ端を送り込んできたのかな?
それにしても、スケルトンレンタルの仲介業かぁ。儲かるんだろうけど、貴族が露骨にお金儲けをするのって、はしたないことらしいからなぁ。
もしやるとしても、やり方をちゃんと考えないとね。
◆◇◆
一方その頃、サウスベリー侯爵領の領都サウスベリーにある侯爵邸の執務室に一人の男が報告にやってきた。
執務室のデスクにはオリヴィアに爵位譲渡証明書と手切れ金を渡したブライアンという執事風の男が座っており、書類仕事をしている。
「ブライアン様、ご報告があります」
「なんですか?」
「はい。昨年旦那様が追放なさったオリヴィアお嬢様ですが――」
「お嬢様? 彼女はスカーレットフォード男爵閣下です。アレはもはや当家とはなんの関係もありません。旦那様もそのように仰っていたでしょう? おかしなことを言うのなら、屋敷から出て行ってもらいますよ」
「も、申し訳ありません」
「よろしい。で、そのスカーレットフォード男爵がどうしたのですか?」
「はい。昨年の秋ごろ、クラリントンに現れたらしいのですが……」
「それで?」
「タークレイ商会からの提案を断った結果、タークレイ商会側が圧力を掛けてサウスベリー侯爵領内の全商会がスカーレットフォードとの通商停止処分を課したようです」
「そうですか。それで?」
「え? ええと、それだけですが……」
「そうですか。ですがスカーレットフォード男爵閣下と当家はなんの関係もありません。当家の商会がそのようにするべきだと判断したのですから、それで良いのではありませんか? 私もそのことは追認しています」
「ええっ!? ですが、このようなことをすればスカーレットフォードは間違いなく干上がってしまいます。いくら縁を切ったとはいえ、旦那様の血を引くご息女でもあるのです。このことがもし他領、ましてやカ――」
「出ていきなさい」
「え?」
「お前はクビだと言ったのです。つい先ほど、おかしなことを言えば屋敷から出て行ってもらうと言いました。それでまた同じことを繰り返したのですから、理解力のない者を雇い続ける理由はないでしょう。ああ、もちろん紹介状は出しませんので悪しからず」
「そ、そんな! 私はただ!」
「誰か! この男をつまみだしなさい! 旦那様に盾突く不届き者です!」
「ブライアン様!」
男は慌てて抗議するが、すぐに屈強な男たちがやってきて連れていかれてしまう。
「やれやれ。旦那様のお言葉に逆らうからです。まったく、愚かな……」
ブライアンはそう呟くと、ベルを鳴らした。するとすぐに一人の侍従の男がやってくる。
「お呼びでしょうか?」
「始末なさい」
「かしこまりました」
侍従の男はそのまま音もなく立ち去って行く。ブライアンは表情一つ変えずに書類仕事を再開するのだった。
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