第51話 追放幼女、絶句される
2024/08/23 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
結局その夜は明け方まで一睡もできなかった。というのも、魔物が数十分間隔で次々と襲ってきたせいで、例の熊の魔物が合計で五体、さらに狼の魔物――これはたぶんフォレストウルフだと思う――が三十二頭だ。
血の匂いが別の魔物を呼び寄せてしまったようで、さらにそれを倒したときの血の匂いでまた別の魔物が寄ってきてしまう。そんな恐ろしい無限ループに突入してしまったというわけだ。
あはは、さすが魔の森って呼ばれるだけはあるね。
ただ、こうして無事に朝を迎えられたってことは、あたしの魔力がものすごく成長した証拠だよね?
だって、熊の魔物もフォレストウルフも全部スケルトンにしたけど、まだ魔力が余っているからね。
最初のころなんてゴブリン七体でギブアップだったのに。
でもおかげで戦力はものすごいアップした。特にあの熊の魔物のスケルトンが三体になってからは本当に楽になったし、五体になったところで魂を縛らなくてもフォレストウルフたちを撃退できるようになった。
というのも、あの分厚い木製の門を叩き壊したパワーはスケルトンになっても健在で、フォレストウルフを前脚の一撃で倒してしまうのだ。
俊敏さではフォレストウルフのほうが上だが、こちらにもフォレストウルフのスケルトンはいるので問題ない。
フォレストウルフのスケルトンで追い込み、熊の魔物のスケルトンがワンパンする。
中々に頼もしい護衛チームの誕生だ。
あ、そうそう。熊の魔物のスケルトンの名前は、クマ-1からクマ-5に決めたよ。
ベアだからBにしようと思ったけど、ワイルドボアでBは使ってたし、ベアのBeにしたらBとBeだと声に出したときどっちか分からなくなりそうでしょ?
フォレストウルフはどうしたかって?
もちろんウルフだよ。だって、オオカミってちょっと言いづらいでしょ?
と、その話はさておき、そんなわけであたしは明け方に自分のテントに入ったんだけどね。なんだかこのまま寝てしまうとお昼まで起きられなそうな気がしたので、結局眠らずにテントから出ることにした。
うーん、やっぱり眠いなぁ。
するとすでにマリーは起きていて、朝食の準備を始めていた。
「マリー、おはよー」
「おはようございます、お嬢様」
そう言ってマリーはあたしの目をじっと見てきた。
「あれ? マリー?」
「お嬢様、もしやお眠りになられていないのですか?」
「えっ? あ、あははは」
「お嬢様!」
「だって、仕方ないじゃない。あれからひっきりなしに魔物が来たんだもん」
「……やはりサイモンの言うとおり……いえ、なんでもありません。朝食の準備をいたします。どうかそれまでの間はお休みになってください」
「うん。ゴメンね、マリー」
「いえ。お嬢様、こちらこそ魔物を退けてくださりありがとうございました」
マリーはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げるのだった。
◆◇◆
「だ、男爵様!? これは一体……」
マリーの用意してくれた朝食を食べ、出発しようとしたところでサイモンが引きつった顔でそう尋ねてきた。
「え? ああ、それは昨日の夜に襲ってきた魔物。ゴブリンのスケルトンが毛皮を剥いでおいてくれたんだけど、これってなんの魔物かわかる?」
「えっ!? これは! クレセントベアです! この首元の三日月のような白い毛はクレセントベアの特徴です! まさか夜中にクレセントベアが襲ってきたんですか!?」
「へぇ、あれがクレセントベアなんだ。やっぱり強いの?」
「もちろんです! 体格こそ魔物としてはそこまで大きなほうではありませんが、その力の強さは有名で、一撃で大木をへし折ったという報告もあるのですよ!」
「そっかぁ」
あれでも十分大きいと思ったけどなぁ……。
そんなことを考えていると、サイモンがぼそりと小さな声で呟く。
「クレセントベアが出るなんて、大丈夫なのか?」
「あれ? もしかして、いちゃまずい感じ?」
「はい。できればそんな道は通りたくない、というのが商人としての本音です」
「うーん、そっかぁ。じゃあ、その対策も考えないとね。何せ五体も襲ってきたし」
「えっ?」
サイモンはそのまま絶句し、そのまま立ち尽くしている。
「サイモン?」
「……」
しかしサイモンは天を仰いだままだ。するとアンナがフォローしてくる。
「男爵様、クレセントベアはその強さ故、非常に高値で取引されています。コートなどの材料の他、敷物としても大変価値のある品物です。もし安定的に手に入るのであれば、かなり大きな利益が見込めますよ」
「そうなんだ。じゃあ駆除も兼ねて、ちょっと考えてみるよ。商売のほうはよろしくね」
「はい。お任せください」
アンナはそう言って微笑むと、カーテシーをしてきた。それからすぐにサイモンに活を入れる。
「ほら、あなた! 男爵様がいらっしゃるんだから! しっかりして!」
「あ、ああ。そうだね。そうだった。男爵様、すみませんでした」
「ううん、いいよ。それより出発しようか」
こうしてあたしたちは第三野営地を出発したのだった。
◆◇◆
一方その頃、ビッターレイの中心街にある高級ホテルの前に一両の馬車がやってきていた。そこへ昨晩、場末の酒場で酔っ払いたちに話を聞いていた紳士が乗り込む。
すると御者台に座った少年と言っても差し支えないほど若い男が話しかける。
「旦那様、どちらに行かれます?」
「そうだねぇ。まずはラズローに行って、支部に顔を出そうかな。それからサウスベリー経由で王都だね」
「王都へですか?」
「そうだよ。中々面白い噂を聞いてね」
「噂ですか?」
「うん。スカーレットフォード男爵閣下についての噂だよ」
「ああ、それなら僕も聞きましたよ。なんだか可哀想ですよねぇ。よりにもよって実の娘を魔の森に捨てるなんて」
「そうだね。でも、こんな場所で大声で話してはいけないよ」
「あっ! そうでした。すみません」
「いいよ。話題を振ったのは私だしね」
「はい……」
御者の男は小さくなったが、紳士は気にした様子もない。
「ほら、早く出発して」
「はい。わかりました。発車します」
こうして馬車はゆっくりと動き出し、南へと向かうのだった。
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