第50話 追放幼女、噂をされる
2024/08/26 爵位と家系に関する一部表現を修正しました
2025/11/18 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
一方そのころ、ビッターレイにある場末の酒場ではまたしても男たちがエールを飲みながらオリヴィアの噂話をしていた。
「そういえばよ」
「うん?」
「お前、式典、見たか?」
「おう、見た見た。幼女男爵様だろ? マジで黒目黒髪だったな」
「ああ。だから追放されたんだろうなぁ」
「だろうなぁ。お貴族様の中には呪いを信じてるやつ、多いらしいしな」
「らしいなぁ。でも、黒目黒髪なんて割と普通にいるけどな」
「ま、お貴族様だし、それに何より、あの噂のサウスベリー侯爵んところだもんな」
「ちげぇねぇ」
男たちはそう言うと、ジョッキを傾ける。
「そういや、なんかねぇのか? 幼女男爵様の新しい噂」
「おう、もちろんあるぜ」
「おっ! なんだなんだ? どんなのだ?」
「今回も、またモーティマーズ情報だ」
「おお! たしかな情報源! そんで?」
「ミュリエルお嬢様がまたお茶会してたらしいんだけどよ」
「ほうほう」
「なんか幼女男爵様、魔物を倒せば倒すほど強くなるらしいぜ。大人になるころには万の軍勢すら敵わなくなるんじゃねぇかって」
「はあ? なんだそりゃ?」
「信じられねえよなぁ? でも、ミュリエルお嬢様たちがたしかにそう言ってたんだとよ」
「マジか……じゃあやっぱりサウスベリー侯爵は幼女男爵様の才能を恐れて……」
「ああ、魔の森で殺そうとしたんだろうな」
「つーことはよ」
「うん?」
「もしかしたら暗殺者も一緒に送られてたんじゃねぇか?」
「ああ、なるほど。あり得る」
「だろ?」
「だな。やっぱお貴族様は怖ぇなぁ」
男たちは再びジョッキを傾ける。
「でもよ」
「ん?」
「っつーことは、暗殺者も返り討ちにしたってことだよな?」
「ん? そういやそうだな」
「だろ? やっぱすげぇんだなぁ、天才ってのは」
「でも、やっぱあの演説もあったしな」
「だよな。まるで大人みたい、いや、大人以上にすごかったよな」
「ああ。やっぱあの長いのと比べちゃうとな」
「だよなぁ」
男たちはうんうんと頷き合い、またしてもジョッキを傾ける。
「にしても、サウスベリー侯爵も馬鹿なことをしたよなぁ。実の娘でそんだけ天才なら、家を継がせれば良かっただろうにな」
「な。暗殺者を使ってまで自分の娘を魔の森で――」
「失礼、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか?」
男たちの会話に一人の紳士が割り込んできた。
「あ? なんだ? お前? なんか文句でもあんのか? ああん!?」
「いえいえ。興味深いお話をされていたのでちょっと聞かせていただきたいと思いまして。あ! もちろんお好きなお酒を一杯ご馳走しますよ」
「お! アンタ話が分かるじゃねぇか。おーい! こっちに白ワインを持ってきてくれ」
「俺らもだ!」
男たちはすかさず、この酒場で一番高いお酒を頼んだ。しかし紳士はニコニコと微笑んだまま表情を崩さない。
「で、何が聞きてーんだ?」
「ええ、その幼女男爵様の話を教えてほしいんですよ。その幼女男爵様は、本当にサウスベリー侯爵の実の娘なんですか?」
「ああ、そうだぜ。間違いない。何せ、ハワード家のミュリエルお嬢様がそう言ってんだからな」
「ほうほう。そのような情報をご存じとは、ずいぶんと事情通でいらっしゃるのですね」
「おうよ」
露骨なヨイショに男はご満悦な様子だ。
「そんでな。幼女男爵様は超天才なんだが、黒目黒髪なせいで魔の森の奥地に一人で捨てられて、殺されそうになったんだよ。黒目黒髪の呪われた女なんて後継者にさせられるか! ってな」
男は芝居がかった様子で言い、ニヤリと不敵に笑った。するとちょうどそのタイミングで、中年のウェイトレスが白ワインの注がれたグラスを運んできた。
「はいよ! 白ワイン。お代は――」
「ここは私が」
紳士は小銀貨を一枚、直接手渡した。
「お釣りはチップということで」
「まっ! いいのかい!? 太っ腹だねぇ! 毎度♪」
ウェイトレスは満面の笑みを浮かべながら立ち去って行った。
ちなみに小銀貨一枚は1シェラングだが、それでもこの町の一般的な労働者の月給の倍以上だ。庶民たちが使うのはピニーという単位の銅貨や鉄貨で、1シェラングをピニーに換算すると1000ピニーとなる。
「おいおい、いくら出したんだ?」
「いえいえ、大した金額ではありませんよ。それより白ワインが来ましたよ」
「おっと、そうだった」
男たちは一斉にグラスに手を伸ばす。
「くぅぅぅ、うめぇ。やっぱ白ワインはうめぇなぁ」
「ははは、そうでしょう。さ、それよりも続きを」
「お? ああ、そうだな。どこまで話したっけ?」
「黒目黒髪の呪われた女なんか後継者にしたくない、と言って魔の森に捨てたというところまでです」
「おお、そうだったそうだった。そんでな。本当は追放するだけじゃなくて、魔の森で始末するつもりだったんだよ。魔物にやらせるつもりだったんだって最初は言われてたんだけどよ。実はこっそり暗殺者まで差し向けてたって話だ」
「へえ? 暗殺者を? では幼女男爵様は暗殺者すらも退けて?」
「おう。そういうことだろうよ。何せ天才だからな。しかも魔物を倒せば倒すほど強くなるっつー話だからな」
「倒せば倒すほど強くなる? どういうことですか?」
「さあな。ミュリエルお嬢様がご友人とのお茶会でそんな話をしてたらしいぜ。ミュリエルお嬢様は幼女男爵様と仲がいいっていうし、間違いねぇ」
「なるほどなるほど。さすが、お詳しいですね」
「だろう?」
「先ほど万の軍勢が、というようなことを仰っていませんでしたか?」
「ああ、それな。なんかそんなくらいは軽~く捻れるんじゃねぇかっていう噂だ」
「それもミュリエルお嬢様が?」
「ああ」
「なるほど。他には?」
「あ? あとはそんなに新ネタはねぇなぁ。なんかあったっけ?」
「どうだったかなぁ」
「魔物を殺しまくったとかは?」
「それは前の話だろ? 魔の森に捨てられたんだから、魔物なんて殺しまくってるに決まってんだろ? なんか演説でもそんなこと、話してたじゃねぇか」
「ああ、たしかに」
「っつーわけで、こんなもんだな。まだなんか聞きてぇことあるか?」
男はそう言ってグラスをゆらゆらと揺らした。
「いえ、もう十分聞かせていただきました。とても興味深いお話を聞かせていただきありがとうございました。とても楽しかったです」
「おう。いつでも聞きに来いよ」
「はい。それではまた」
こうして紳士は男たちのテーブルから離れていったのだった。




