第44話 追放幼女、サプライズをされる
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2025/05/23 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
十二月の中ごろになり、スカーレットフォードは一面の銀世界となった。例年よりも少し早いが、これだけの雪が積もってしまうともう春まで溶けることはないらしい。
そうなるとスカーレットフォードは完全に外界と遮断されることとなり、村人たちも春になるまでは家でできる手仕事をして過ごすことになる。
ただ、サイモンとアンナには手仕事をするのではなく、あたしがお給金を支払うかわりに村の子供たちに読み書きと算数を教える先生をしてもらっている。
だって、この村から単純な肉体労働しかできない人の仕事はなくなりつつあるからね。
スケルトンの産業革命、特にゴブリンのスケルトンが本当にヤバいと思う。
農作業も建設も鍛冶も食品加工も紡績も、ある程度単純な仕事は一度教えればなんでもできてしまう。しかもどうやらスケルトン同士で知識を教え合っているようで、一つの個体にしか教えていないはずの仕事をいつの間にか別の個体ができるようになっているのだ。
こんなの、すごすぎるでしょ!
とはいえ、もちろんゴブリンのスケルトンだけですべての仕事が完結するわけではない。
やはり手先がそこまで器用ではないという弱点は克服できていない。そのため、たとえば布地に繊細な刺繍を入れるといった作業はあまり得意ではないし、建設関係でもミリ単位での細かい寸法だしなども苦手なのだという。
おそらくだけれど、元々ゴブリンの肉体ができないことはスケルトンもできないということなのだと思う。
ということはつまり、人をスケルトンにすると……。
あっと、良くないことを考えちゃったね。そんなことをしてたらまほイケの悪役令嬢オリヴィアみたいになっちゃうじゃん。
ダメダメ!
それはさておき、そんなゴブリンのスケルトンたちを使ってうちの庭に作っておいた設備がある。ようやく雪がたっぷり降ったので、今日はそれを試験稼働させてみようと思う。
「G-119、G-120、雪を運び込んで」
カタカタカタ。
二体のスケルトンは家の裏庭に積もった雪を布袋に入れ、運んでいく。運んでいく先は庭に建てた小さな小屋の中だ。
小屋の中に入っていったスケルトンはしばらくすると空になった袋を持って出てきた。そして再び袋に雪を詰め、小屋の中に入っていく。
それを繰り返しているうちに、庭の雪がかなり少なくなった。
うん。除雪にもなったし、ちょうどいいね。
え? 何をしているのかって?
もちろん、雪を運び込ませたんだよ。といっても雪を保管するのが目的じゃなくて、保冷するため。
つまり、天然の雪を使って冷蔵庫を作ってみたってわけ。
ほら、この世界には電気がないから冷蔵庫がないでしょ?
でも、やっぱり冷蔵庫がないと食べ物の保存とかに困るんだよね。だから地面に深い穴を掘って地下室にして、そこに冬の間に降った雪を入れて保管しておこうっていうわけ。
ただ、どのくらい深く掘ればいいのかは分からなかったから適当に掘らせておいたよ。それで来年の秋になっても雪が残っていたら、同じものを村のあちこちに作るつもり。そうすればお肉とかをちゃんと保存できるからね。
そうして雪を運び込み終え、家に入るとマリーが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「お嬢様!」
「あれ? マリー、何かあったの?」
「今までどこに行ってらしたのですか! さあ! 早く! もう始まってしまいますよ!」
「え? え?」
なんのこと? 何も聞いてないんだけど?
そうしてマリーに手を引かれ、あたしは正面玄関から外に出た。するとそこにはなぜか村中の人が集まっており、しかもなぜか豚の丸焼きまで作られているではないか!
「えっ? 何これ? 何かのお祝い?」
「当然です! 皆さん、せーの!」
「「「「姫様! お誕生日おめでとうございます!」」」」
「えっ!?」
突然お祝いをされ、あたしはそのまま固まってしまった。
あ、あれれ? 今日って、もしかして十九日?
「お嬢様、なんて顔をなさっているんですか。今日はお嬢様のお誕生日ではありませんか。もしや、お忘れだったのですか?」
「あ、あはははは。忙しくてすっかり忘れてた。それに今まではマリーが夜にお祝いしてくれてたしさ」
「お嬢様は、スカーレットフォードの民にとってかけがえのない大切なお方なのですよ。皆でお祝いするに決まっているではありませんか」
「そうっすよ。マリーの姐さんが教えてくれて、俺らが全員で準備したんすから」
「ウィル……」
なんだか、嬉しいな。こんな風にたくさんの人に誕生日を祝ってもらえるなんて夢みたい!
「みんな、ありがとう! これからも村を良くするために、一緒に頑張ろうね!」
「「「「はい!」」」」
こうしてあたしは村のみんなから誕生日を祝ってもらったのだった。
◆◇◆
一方そのころ、ビッターレイのとある場末の酒場ではその日暮らしをする男たちがエールを片手に管を巻いていた。
「なあ、知ってるか?」
「ん? 何をだ?」
「サウスベリーの」
「ああ、俺も聞いたぜ。なんか、サウスベリー侯爵がこーんなちっこい実の娘を殺して、魔の森に捨てたとかいうやつだろ?」
男はそう言うと、自分の椅子の座面ほどの高さを手振りで示す。
「そうそう、その話な。実はな。まだ続きがあったんだよ」
「続き?」
「おうよ。なんでも、その殺されたはずの娘がまだ生きてるんだってよ」
「は? じゃあ、魔の森に捨てたってのが嘘だったってことか」
「いや、そうじゃなくて、魔の森で生きてるんだってよ」
「おいおい、そんなわけねぇだろ。いくらお貴族様だからって、そんなチビが生きていけるわけねぇだろうが。魔の森だぞ? ゴブリンどもに食われるか、ワイルドボアに潰されて終わりだろうよ」
「それがな。なんかその娘って言うのが、とんでもない魔法の天才らしいんだよ」
「ほぉん? まぁ、魔法なんざ俺らにゃ縁のねぇ話だけどよ。その魔法ってのは、そんなにちっこいうちから使えるのもんなのか?」
「いや、そんなことはねぇらしいぜ。だから天才なんだってよ」
「なるほどなぁ。ってことはもしかして、魔物を殺して食ってたりして」
「ははは、そりゃねぇだろうよ。お貴族様のお嬢様だぜ?」
「でも、面白そうじゃね? 捨てられた娘が魔物を食って、自分も魔物になって復讐に……」
「おいおい、どこの三流吟遊詩人のホラーだよ」
「ダメかぁ」
「全然ダメだって」
「いいと思ったんだがなぁ」
それから二人はガハハと笑い合い、ジョッキを傾ける。
「でもよ。そのお嬢様が生きてるってのは本当なのか? 本当なら大スクープじゃねぇか」
「おうよ。それは間違いないぜ。俺がこの話を誰から聞いたと思うよ?」
「お! 誰だ? 誰なんだ?」
「中央広場にモーティマーズってカフェがあるだろ?」
「ああ。ミュリエルお嬢様御用達の、あの超高級店だろ?」
「そうそう。で、俺が聞いたのは、そこのウェイトレスたちのしていた噂話を聞いたってやつからなんだよ」
「ほうほう。それで? どんな噂話だったんだ?」
「なんでもよ。ミュリエルお嬢様が、その噂の捨てられたお嬢様と会ったって話をしてたんだってよ。魔法の天才ってのもそこで出てた話らしいぜ」
「マジか! なら間違いないな!」
「だろ?」
「でもよ。だとするとなんでそんなすげぇ娘を魔の森に捨てたんだ? 実の娘なんだろ? うちの国は女だってご当主様になれるじゃねぇか。そもそも前の王様は女王様だったしよ」
「さあな? お貴族様なんだし、やっぱ娘の才能を恐れてとかじゃねぇか? ほら、後継ぎ争いとかあるんだろ? なんだかんだ言っても、当主は男が普通だしな」
「あー、たしかになぁ。でも男親ってのは娘が可愛くて仕方ねぇもんだと思ってたがなぁ……」
「ま、お貴族様の考えることは俺らにゃよく分からねぇからなぁ」
「だなぁ」
そう言って男たちは再びジョッキを傾けるのだった。




