第43話 追放幼女、帰村する
2024/08/26 爵位と家系に関する一部表現を修正しました
翌日、あたしたちはビッターレイを出発し、行きと同じ時間をかけてスカーレットフォードに戻ってきた。
もちろん、サイモンがきっちり仕事をしてくれたので買い出しもバッチリだ。
特につるはしや斧などといった道を開削するために必要となる鉄製の道具がたくさん手に入ったので、本格的に工事を進めようと思う。
ルートは……とりあえずあたしたちが通ったルートでいいかな? そんなにアップダウンもなかったしね。
というわけで、あたしはさっそくゴブリンのスケルトンたちに命じる。
「G-18からG-89まで、ビッターレイに向かう道を開削して。道はあたしたちが通ったルートで。分からない場合はBi-6に確認すること」
カランコロン。
「はい。じゃあ作業開始」
カランコロン。
ゴブリンのスケルトンたちはそれぞれ斧やつるはしを手に、無言で仕事に向かうのだった。
◆◇◆
それからしばらくして、十二月がやってきた。
積もってこそいないが、最近は小雪がちらつくことも増えている。
村のみんなの話によると、十二月の終わりごろになると一気に冷え込み、年を跨ぐころには一面の銀世界になるらしい。
そうなるともう農作業はできないため、例年であれば今の季節は冬野菜の収穫で大忙しなのだというが、今年はかなり余裕がある。
その理由はもちろんスケルトンたちだ。
優秀なゴブリンのスケルトンたちはボブが教えたとおりにきちんと収穫してくれるし、たくさんいるうえに休みなく働いてくれるので収穫期を逃す心配もない。
はっきり言って、単純作業に限れば人よりもスケルトンのほうが優秀だ。
もちろん言われたことしかできないので、村人がいないとダメだけど。
ああ、そうそう。それと、ビッターレイとの間の領境も確定したよ。
その場所はラズロー伯爵からの提案で、ビッターレイから数キロの場所を流れる小川だ。
なんでも、その小川まではビッターレイの騎士たちが定期的に魔物の駆除を行っているのだそうで、そこから先は要らないのだという。
一見すると領地を広げるチャンスをふいにしたように見えるかもしれないが、実はそう単純な話でもないのだという。
なぜなら、領主には領地内を通る街道の安全を確保する責任があるからだ。そしてそれが領地間を繋ぐ街道ともなればなおのことで、管理を怠って魔物や盗賊が跋扈しているなどということになれば責任問題にも発展しかねない。
そうなったとき、国王陛下に陳情でもされてはラズロー伯爵の面子は丸つぶれとなる。
であれば、管理の大変な魔の森の中はできるだけ相手に押し付けてしまおうというのは合理的な判断だと思う。
あたしたちとしては開拓できる領域がかなり広くなるからありがたいけどね。もっとも、それがいつになるかはわからないけど。
ちなみに余談だけれど、その小川には名前が無かったため、ボーダー川という極めて安直な名前がつけられたよ。
あと、ありがたいことにスケルトンのレンタルの延長も決まった。しかもワイルドボアのスケルトンを追加で四体、さらに鳥のスケルトンが十羽欲しいそうだ。どちらも一体につきひと月あたり大金貨一枚、500シェラングという契約だ。
合計で月に7500シェラングということは、あたしの生物学上の父親のお屋敷の使用人を千五百人雇える計算になる。
あはは、一気にお金持ちになったなぁ。
それにしても、やっぱり貴族は裕福なんだねぇ。生物学上の父親はこの国でも屈指の名門貴族なくせして手切れ金に100シェラングしかくれなかったけど。
ま、いっか。これでもうサウスベリー侯爵領に頼る必要がなくなったしね。
あんな奴のことより、もっと楽しいことや領民のみんなのためになることを考えないと。
となれば、まずは道路の開削工事だね。
よーし! がんばろう。
といっても、あたしがやるのは指示を出すだけだけど。
◆◇◆
一方、ビッターレイではミュリエルがお気に入りのカフェに取り巻きの少女たちを呼び、お茶会を開いていた。
「ねぇ、聞いて下さる? わたくし、スカーレットフォード男爵のオリヴィア様とお友達になったんですのよ」
「えっ? スカーレットフォード……男爵? って、どちらにある領地のお方ですの?」
「魔の森の中にある男爵領ですわ」
「まぁ! 魔の森の中に? ということは、さぞ屈強な騎士様でらっしゃるのでしょうねぇ。もしやミュリエル様、もしかしてそのお方のことを……あら? 男爵様のお名前、なんとおっしゃいましたっけ?」
「オリヴィア様、ですわ」
「ええっ!? 女性でらっしゃるの!?」
「そうなのですわ。しかも、なんとまだ八歳でらっしゃるんですって」
「「「えええっ!?」」」
取り巻きの少女たちは一斉に驚きの声を上げる。
「どうしてそのお年で爵位を?」
「いえ、それよりどうしてそんな年齢のお方が魔の森の中の村の領主なんかに?」
「きっと代官の方が治めてらっしゃるのでしょう?」
少女たちはすぐにミュリエルを質問攻めにする。
「あらあら、落ち着いて下さいな。一つずつお答えしますわ」
「え、ええ」
「まず、オリヴィア様はなんと、あのエインズレイ家のお方なのですわ」
「ええっ!?」
「あの?」
「ええ、あの」
エインズレイ家の名前を聞き、少女たちは一斉に顔をしかめた。
「しかもなんと! オリヴィア様は黒目黒髪でらっしゃるのよ」
「あっ」
「エインズレイ家でそれは……」
「ええ、そうですわ。皆様の想像どおり、ずっと軟禁状態だったのだそうですわ」
「……あの家ならやりそうですわね」
「ええ。しかも、魔法を使われているところを見られたそうなんですの」
「まあ! 八歳で魔法を?」
「あら? でも、どうして魔法が使えるんでしょう? エインズレイ家なら黒目黒髪の子供に魔法なんて……え? もしや……」
「ええ、そのとおりですわ。オリヴィア様は誰にも習わずに、独学で魔法を使えるようになったのだそうですわ」
「そんなことができるんですの?」
「もしや、男爵様ってものすごい天才なんではなくて?」
「ええ、わたくしもそう思いますわ。それに受け答えもしっかりしていて、わたくしのほうが年上なのに、まるで姉と話しているかのような気分になりましたもの」
「そうなんですのね」
「それで男爵位を……」
「いえ、それは違いますわ。オリヴィア様のお父さまでいらっしゃるサウスベリー侯爵が、オリヴィア様を追放するために爵位を押し付けてきたのだそうですわ」
「ええっ!?」
「いくら黒目黒髪とはいえ、まだ八歳の、しかも実の娘を魔の森に追放したんですの!?」
「ええ。そうらしいですわ」
「まあ!」
「なんてひどいんでしょう!」
「さすが、エインズレイ家ですわね」
「ええ、ええ。そうでしょう? でも、わたくしがお話したオリヴィア様は本当に素敵なお方でしたわ」
「そうなんですのね」
「でも、どうしてエインズレイ家などからそのように素敵なお方が……」
それからミュリエルたちはエインズレイ家に対する悪口に華を咲かせる。
「それにしても、魔の森の中にある村での生活はやはり大変なのではなくて?」
「ええ。なんどもゴブリンの襲撃を受けているそうですわ」
「ええっ!?」
「ですが、なんとオリヴィア様が颯爽と魔法で退治されたのだそう」
「まあ!」
「やはり天才は違いますわね」
「もっとオリヴィア様のお話を聞かせてほしいですわ」
「もちろんですわ」
その後、ミュリエルたちはオリヴィアの話題で一時間以上おしゃべりを続けたのだった。
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