第42話 追放幼女、お茶をする
「オリヴィア様、着きましたわ」
あたしたちがまずやってきたのは、町長の館から真っすぐに伸びる大通りを百メートルほど進んだところにある中央広場だ。
中央広場にはいくつもの屋台が出ており、野菜や果物を買うお客さんで結構賑わっている。また、広場の中央には馬に乗った騎士の銅像が台座の上に鎮座している。
「あの銅像はわたくしの祖父、ブラッドリー・ハローズですわ」
「へぇ。あれがラズロー伯爵……」
あたしは立派な騎士の銅像をまじまじと眺める。
「あれ? ってことは、ラズロー伯爵がビッターレイを開拓したの?」
「いいえ、違いますわ」
ということは、ラズロー伯爵って割と体面とかにこだわる人なのかな?
「祖父はビッターレイの近くから魔物を駆逐し、元々は小さな開拓村だったビッターレイに今の街壁を築いた英雄なのですわ」
「ああ、そういうこと」
じゃあ、実質的に開拓したようなものだね。
「マーケットは毎日やってるの? 売り物は野菜と果物ばかりみたいだけど……」
「ええ。毎日やっておりますわ。それに届け出をすれば、町の住民であれば誰でも商売ができるのですわ。普段はああして畑で収穫されたものが多いですけれど、行商人が来たときはもっと色々と並びますわね」
「そうなんだ」
これはうちでも参考にできる制度かもしれない。
ま、もっと村が大きくなったらの話だけどね。
「オリヴィア様、もっと見て回りましょう?」
「うん」
こうしてミュリエルと一通り中央広場のお店を見て回ったところで、ミュリエルが切り出してくる。
「オリヴィア様、この広場にはわたくしのお気に入りのカフェがあるのですわ。さあ、参りましょう?」
「え? この格好で大丈夫かな?」
「大丈夫ですわ。それに男爵であるオリヴィア様に不敬な真似なんてさせませんわ」
「うーん、まあいいか。じゃあ行ってみよう」
「ええ!」
あたしはミュリエルに連れられて広場の一角にある建物に入る。
「いらっしゃいませ、ミュリエルお嬢様。おや? そちらのお嬢様は?」
店員の男が訝し気な視線を送ってくる。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア様ですわ」
「えっ!? 男爵様でいらっしゃいますか!? お出迎えができず、大変失礼しました。直ちに支配人を――」
「いいよ。気にしないで。ミュリエルの案内で来ただけだから。ね?」
「ええ。ところで、早くわたくしの席に案内してくださる?」
「はい。ご案内いたします」
使用人の男に連れられ、あたしたちは二階にあるテラス席へと案内された。
「ここはわたくし専用の席ですの」
「そうなんだ」
「どうぞお掛けになって」
「うん」
ミュリエルに促され、広場が見下ろせる席に着いた。するとすぐにお茶、そしてサンドイッチやスイーツが乗ったケーキスタンドが運ばれてくる。
ケーキスタンドなんて実物を見るのは初めてだけど、見ているだけでも美味しそうだね。
メニューは上から洋ナシか何かのタルト、サンドイッチ、スコーンかな?
紅茶は……あれ? なんだかすごくいい香りがする。
「ねぇ、この香りって……」
「そうですわ。こちらのお茶は、ベルガモットで香り付けをしていますの」
「へぇ」
お茶の注がれたカップを手に取り、そっと匂いを嗅いでみる。すると爽やかな香りがスッと抜けていく。
うん。あたし、この香り、好きかも。
「いい香りだね」
そのまま一口いただく。
苦すぎず、薄すぎず、ちょうどいい感じ。香りも強すぎないし、いいお茶だね。
「うん、美味しい。お土産に買って帰りたいくらい」
「まあ! そんなに気に入っていただけるなんて嬉しいですわ。わたくし、このお茶が大好きですの」
「そうなんだ」
「ええ。お友達と気が合うなんて」
ミュリエルはそう言って嬉しそうに微笑む。
それからお菓子を摘まみながら話に花を咲かせていると、やがて話題は将来のことへと移っていく。
「わたくし、デビュタントが待ち遠しいのですわ」
デビュタントというのは、結婚適齢期になった少女が社交界にデビューするイベントのようなものだ。
各地で開催されていて、中でも国王陛下が年に一回、王都で主催するものが一番格式が高いらしい。それ以外にも領主が主催しているものや裕福な商家がやるものもあるが、どれも目的はできるだけ条件のいい結婚相手を探すことだ。
あたしはもう領主になっているので、あまり関係ないけれど。
「そうなんだ」
「ええ。素敵な殿方に出会って、素敵な結婚をしたいんですの」
「そうだねぇ。でもミュリエルは美人だし、きっといい男が見つかると思うよ」
「でも、わたくし、魔力が低くて……」
「そうなんだ。でも魔力は毎日使って鍛練するしかないよね?」
「ええ。でもわたくし、火属性ですの。ですからお父さまが万が一事故が起きて、火傷でも残ったらって……」
「ああ」
たしかに、上流階級の女性は政略結婚して子供を産むのが仕事みたいなもんだしなぁ。もし顔に火傷が残ったらって考えると、エドワード卿の言い分も分からないでもない。
「あたしは何も言われなかったけど、普通はそうだよね」
「え? 何も言われなかったんですの?」
「うん。あたしはネグレクトされてたから」
「ネグレクト?」
「育児放棄のこと。乳母だけつけてあとは死なない程度に放置。だから父親に初めて会ったのだって追放を言い渡された日だし」
「えっ? そ、そんな……ごめんなさい」
「いいよ。別にアレは一応父親ってだけで、情とか一切ないから」
「そ、そうなんですの?」
「うん。だから気にしないで。それに、おかげで今は自由だから」
こうしてしゅんとなってしまったミュリエルを宥めつつ、ダラダラとおしゃべりを続けるのだった。
※ベルガモットとは常緑低木の柑橘類で、これで香りをつけた紅茶は一般にアールグレイと呼ばれます。
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