第40話 追放幼女、外交をする
2024/08/08 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
「貴女がスカーレットフォード男爵閣下ですな?」
町長の館に到着すると、体が大きくてひげ面の厳つい茶髪の男を先頭に使用人たちがあたしを出迎えた。
この大男が町長らしく、あたしを疑っているのか表情はかなり硬い。
「ええ。スカーレットフォード男爵のオリヴィアと申しますわ。あなたは?」
「私はエドワード・ハローズと申します。ビッターレイの町長を任されております」
「ハローズ……ということはラズロー伯爵の?」
「はい。ラズロー伯爵は私の父でございます」
「そう。お目にかかれて光栄ですわ、エドワード卿」
「こちらこそ、男爵閣下にお目にかかれて光栄でございます」
エドワード卿はそう言うとあたしの前で跪いてきたので、あたしは右手を差し出した。するとエドワード卿はその手の甲にキスをする仕草をする。
「このままご案内しても?」
「ええ、喜んで」
こうしてあたしはエドワード卿に連れられ、建物の中へと向かう。
内部の印象は……質実剛健という表現がピッタリかな?
領主の一族が暮らす館といえば美術品やら高級な調度品やらがありそうなイメージだったけど、そういった類いのものは一切ない。
所々に花が飾られているけど、逆に言えば彩りがあるのはそれぐらいだ。もちろん手入れはしっかりされているので清潔感はあるけれど……。
「さあ、どうぞこちらへ」
「ええ」
あたしたちは応接室らしい部屋に案内され、ソファーに腰かけた。するとすぐにメイドさんがお茶を出してくれる。
「して、男爵閣下。わざわざ先触れもなく我が町を、しかも魔の森を抜けてまでいらしたのはどういうことでしょう?」
「ええ。先触れもなく訪れたご無礼については謝罪いたしますわ。ですが、わたくしたちにも事情がありましたの。実は――」
あたしはクラリントンからやってきたタークレイ商会という商会とトラブルになり、クラリントンから物を買いたくなくなったことを説明した。
「……なるほど。ですが、スカーレットフォード男爵はサウスベリー侯爵の保護を受けていたはずですが? 貴族である男爵閣下と平民である商人のどちらを優先するかなど――」
「それはもちろん、商人ですわ」
「なんですと?」
「ああ、わたくし、申し遅れましたわ。オリヴィア・エインズレイと申します」
「なっ!? エインズレイ家ですと!?」
「ええ。そしてわたくしの父はサウスベリー侯爵アドルフですわ。一応、ですけれど」
「なっ!?」
「一応、ですわ」
「一応?」
「ええ。父はわたくしのこの髪と瞳の色が大層お気に召さなかったそうですの」
「……黒、ですか」
「ええ。呪われている、と。だからわたくしが父に会ったのは追放を言い渡されたときが最初で最後ですわ」
「そのようなことが……。いくら呪わ……失礼、黒が気に食わぬからといって実の娘を魔の森に追放するなど……」
「ええ。その証拠に、わたくしが赴くまで村は管理がされていたとはとても言えないような状態でしたわ。わたくしが死ぬことを遠まわしに望んでらしたのでしょうね」
「……にわかには信じがたい話ですな」
「ええ、そうかもしれませんわね。ですが、そのあたりの事情はラズロー伯爵閣下に調べて頂けばよろしいのではなくて?」
「……そうですな」
「それで、わたくしがわざわざエドワード卿に会い来た理由ですけれど」
「はい」
「わたくし、こことスカーレットフォードを結ぶ交易のための道を魔の森の中に通す予定ですわ。それで、そのご挨拶に参りましたの」
「はぁっ!? そのようなことが!」
「あら。わたくしたちは現に、魔の森を抜けて来たでしょう?」
「それは……」
「それに道ができれば、ビッターレイのみなさんも魔物への対処をしやすくなるのではなくて?」
「……ですが魔の森に道を通すなど、本当に可能なのですか? 魔物の襲撃ですぐに使い物にならないと思いますが」
「地道に魔物の駆除を続ければいずれは安定しますわ」
「ですから、それを誰がやるのかという話です!」
「それはもちろん、領地の境界でどちらが担当するかが決まるのではなくて? ラズロー伯爵領内はそちらで、スカーレットフォード男爵領の領内はもちろん、わたくしたちが担当しますわ。問題は、どこを境界とするかということだけですわね」
「……領地の境界を決めるということについて、私の権限ではお答えしかねる。ラズロー伯爵に確認してからとなりますが、よろしいですか?」
「ええ。もちろんですわ。今日明日にでも道ができるという話ではありませんもの」
「わかりました。では確認しておきます」
「ええ。お願いしますわ。交易については問題ないんですの?」
「それについては問題ありません。我が町としても通行税と取引税を得られますからな。それに、断ったところで他の町にこの話を持ちかけられるのでしょう?」
「ええ、そうですわね」
「であればなおのこと、我々としてもお断りする理由はありません」
「それは何よりですわ」
「ところで、何をお売りになるご予定ですか?」
「……そうですわね。木材や炭、余った作物、あとは魔物の素材かしら?」
「なるほど。ですがそれですと我が町でも十分に手に入りますな」
「それもそうですわね。あとは、わたくしのスケルトンたちを労働力としてお貸しできますわ」
「ん? すけ? それは一体なんですかな?」
「あら、報告を受けていらっしゃらないんですの? わたくしが乗ってきた動く骨ですわ」
「む? 動く骨?」
「ええ。わたくしの魔法で動物や魔物の骨を動かしているのですわ。命令すればある程度はきちんと理解しますし、一晩中、文字どおり休みなく働いてくれますわ」
「一晩中? 休みなしで?」
「ええ。といってもあれはわたくしが乗ってきたのはフォレストディアの骨ですから、あまり複雑なことはできませんわ。でも荷物を運んだり、あとは畑を耕すくらいなら得意ですわよ」
「ほほう。それは興味深いですな。では魔物退治をさせることも?」
「スケルトンだけでは無理ですわね。ただ、警戒や補助はできますわ」
「それは素晴らしい! 特に危険な夜警を任せられるのは助かりますな。他には何が?」
「あとは、そうですわね。鳥の骨を使ったスケルトンは伝書鳩の代わりになりますわ」
「むむむ? 鳥の骨? が飛ぶのですか?」
「ええ。不思議ですけれど、飛びますわ。ほら、このとおり」
あたしは袋の中から連れてきた鳥のスケルトンを出した。
「……動いている」
「Bi-2、この部屋を飛んで一周なさい」
カランカラン。
Bi-2はぱたぱたと飛び立ち、部屋を一周して戻ってきた。その様子を見たエドワード卿は目をまん丸にして驚いている。
「な、な、な、な……」
「ご覧のとおりですわ。こういったものの貸出なら商売になるんじゃなくて?」
エドワード卿は目を丸くしたまま、何度もがくがくと頷くのだった。
……そこまで驚かなくてもよくない?
次回更新は通常どおり、本日 20:00 を予定しております。




