第36話 追放幼女、スカーレットフォードへと向かう
あたしたちはスカーレットフォードへと向かう小道との分岐にやってきた。もう空は明るくなっており、助けた人たち全員の顔がよく見えるようになっている。
……うん。本当にみんな美人さんばかりだ。これ、絶対狙ってやってるでしょ。
「ええと、それじゃあみんな。とりあえず自己紹介するね。あたしはスカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイ。一応サウスベリー侯爵アドルフ・エインズレイの娘だけど、サウスベリー侯爵とはもう絶縁してるからそっち方面のつながりはないよ。それとスカーレットフォードを知らない人のために一応説明しておくと、スカーレットフォードは魔の森の中にある開拓村だよ」
すると女性たちがざわついた。
「だから、スカーレットフォードに行ったらもう自分一人で出るのは無理だと思うよ」
そう言うと、女性たちはお互いの顔を見合わせている。
「それでね。やっぱり一緒に行くのは止めるっていう人はここで降ろしてあげる。今ならクラリントンに歩いて戻れるし、上手くいけば他の町に自分で行くこともできるから」
一応念を押してみたが、降りたいと名乗り出る者はいない。
「うん。わかった。じゃあ、これからスカーレットフォードに向かうよ。馬車の中はかなり狭いけど、森の中は魔物も出るからね。休憩の時間もなるべく外に顔を出したりはしないでね」
すると女性たちは神妙な面持ちで頷いた。
「おっけー。じゃあ、行こうか。アンナ、出発して」
「はい」
御者台のアンナに声を掛けると、馬車はゆっくりと動き出す。
「それじゃあお互いに自己紹介をしちゃおうか。まずはうちの人たちから。こっちがマリー。マリー・パーシヴァル。ラグロン男爵のパーシヴァル家の出身で、あたしの乳母だよ。水の精霊魔法が使えるから、清潔な水が必要なときはマリーにお願いして」
あたしが紹介するとマリーは小さく手を挙げて挨拶した。
「で、外で警備をしてくれてる若い男がパトリック。彼はスカーレットフォードの自警団のメンバーで戦闘要員だよ。あと牛と一緒に歩いているのがトニーとハロルド。ぼさぼさ頭のほうがトニーで、もう一人のおじさんがハロルド。二人は職人だからあんまり戦うのは得意じゃないかな」
するとクレアが手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「護衛は一人だけということでしょうか?」
「うーん、人でいうと一人だけど、あたしも戦うから二人かな」
「……男爵様が戦われるんですか?」
「うん。あたしは闇の神聖魔法が使えるからね。それとあとで見せるけど、あたしが直接戦うんじゃなくて、スケルトンっていう骨の兵隊に戦わせる感じ」
「???」
クレアたちは何を言っているのか分からないといった表情で顔を見合わせている。
そうしていると、一人の茶髪にヘーゼルの瞳が特徴の綺麗な女性が手を挙げた。彼女は赤ちゃんのお母さんでもある。
「あの……」
「はい、どうぞ」
「わ、私はデリア。デリア・ポーターと言います。娘のリリー共々、助けてくださりありがとうございます」
「どういたしまして」
「あの、ご無礼を承知でお聞きしたいのですが……」
「うん。何?」
「夫のジェームズ・ポーターは無事なのでしょうか?」
「うん? 旦那さん? 誰それ? 知らないよ?」
「その、夫のジェームズは少し前にボルタと一緒に仕事でスカーレットフォードへ向かったのです。ただ、そこで大変な罪を犯したと聞き……」
「あっ! もしかして旦那さんって、あのジェームズ?」
「あの、というのはやはり……」
「ああ、そうじゃなくってね。そのジェームズがもしボルタと一緒に来てたっていうジェームズだったらあたしは一度も会ってないから知らないし、罪人かどうかもまだ決まってないよ。だって、本人が行方不明なんだもん。本人がいないんじゃ裁判もやりようがないでしょ?」
「えっ!?」
デリアさんはショックを受けた様子だ。
「それよりどういうこと? そもそも、あそこってボルタの息のかかった組織なんでしょ? なんでそんなところにタークレイ商会の関係者がいるわけ?」
「……夫が重罪を犯し、男爵様に対して五百シェラング賠償金を支払わなければいけないと言われたんです。身売りしなければ夫は処刑されると……それで……」
「うわぁ……」
それはひどい。あたしはそんな話は何も聞いてないし、きっと身売りで得たお金は自分の懐に入れるつもりだったんだろうなぁ。
「とりあえず、さっきも言ったけどそんな判決は下してないよ」
「では夫は! ジェームズは……」
「うーん? どうだろうね。ただ、少なくともスカーレットフォードにはいないよ。狭い村だし、全員顔見知りだから潜伏なんて絶対に無理だしね。特にタークレイ商会はウチの水車を燃やした犯人だって思われてるし、見つけたらすぐに連れてこられると思うよ」
「えっ? 水車を!?」
「うん。ボルタがやったって証拠はないけど、ボルタたちが来たら火の気のまったくない水車小屋が火事になったからね。そうやってうちに高い水車を押し売りするつもりだったみたい。だからジェームズの行方を知ってるとしたらボルタなんじゃないかな」
「そんな……」
「どうする? 今からでも降りて町に戻る? ギリギリ間に合うと思うけど」
「……いえ。夫は多分もう……」
うん。そうだよね。やり口からして、とっくに殺されてるんだと思う。ここにいる人たちの家族を殺したみたいに。
「うん、分かったよ。えっと、じゃあ、次の人、自己紹介して」
「はい。私は――」
こうして話している間も馬車はがたがたな道をスカーレットフォードへと向け、ゆっくりと進んでいくのだった。
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