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第20話 追放幼女、商談をする

2024/09/26 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

 あたしたちはボルタを連れ、ゴブリンたちによって壊されてしまった水車小屋にやってきた。


「なるほど。これはこれは……」


 壊れた水車を一目見るなり、ボルタはそう言って深刻そうな表情で大げさに(うなず)いた。


「どうかしら?」

「そうですね。まことに申し上げにくいのですが……」


 ボルタは深刻そうな表情のまま、首を横に振った。


「直せないの?」

「直せないことはないのですが……」


 ボルタは回っていない水車に近づいた。


「いくつか問題があるのですが、まずはこの部分です」


 ボルタはそう言って、水車の軸と水を受ける輪っかを繋いでいる部分を指さした。


「ご覧のとおり、この部分が折れてしまっているのが問題なのです」

「どうして?」


「はい。水車というのは、この部分が破損してしまうと、この車輪の部分を丸ごと交換する必要があるのです」

「そうなんだ……」

「続いての問題は軸です」

「え? 軸? そこは壊れていないでしょう?」

「はい。ですが、こちらのタイプの軸ですと、現代の水車を使う際に強度が問題となります。おそらく、数か月で折れてしまうでしょう。ですからこちらも専用の部品に交換する必要があります」

「そうなの?」

「はい。そこまで交換するのであれば、もはや水車のシステム全体を新しいものに交換してしまうほうが安いでしょうな」

「そう……それで、いくらぐらいかかるのかしら?」

「そうですね。ざっくりですが、おそらく5000シェラングは掛かるでしょう」

「えっ!?」


 シェラングというのは通貨単位で、500シェラングで大金貨一枚だ。ちなみに銀貨一枚は5シェラングなので、とてもではないが手が出る値段ではない。


「そんな法外な!」

「法外ではありませんよ」


 ボルタはすっと真顔になり、あたしの目をじっと見つめてきた。 


「そもそも魔の森を通って荷物を運ぶのがどれほど大変か、お分かりですか? しかも魔物だけではありません。盗賊だって出るのです。去年の話ではありますが、隣町で光神教の司祭様が乗られた馬車が盗賊に襲われるという事件までありました。となれば、護衛をしっかりと雇わねばなりません」

「それは……」

「それに水車はただ品物を持ってきて終わりというわけではありません。設置するのにも熟練の職人が必要です。場合によってはこの場で改造する必要すらあるかもしれません」

「う……」

「そんな職人たちの日当と滞在費用も考えれば、5000シェラングくらい妥当ではありませんか?」


 あたしが言い返せずにいると、ボルタはにっこりと微笑んだ。


「ご理解いただけたようで何よりです。それでは、さっそく契約書に――」

「あ! ちょっと待って。いくらなんでもそんな大金は……」

「おや? 難しいですか?」

「うん。ゴブリンの襲撃も多いし、水車だけにそんな……」

「そうですか。それでしたらタークレイ商会がお貸ししましょう」

「えっ?」

「借用書にサインしていただければ、水車の設置はすべてタークレイ商会で手がけましょう。現金などなくても大丈夫です」

「で、でも借りちゃったら……」


 いくらなんでも、そんな大金を返せるとは思えない。


「大丈夫ですよ」

「え?」

「お嬢様は女性で、しかも爵位をお持ちです。あと数年でご結婚されたとしても不思議ではないでしょう。ですから将来、ご結婚なさったときにお返しいただければなんの問題もありません。我々タークレイ商会が、お嬢様にピッタリの結婚相手をお探しいたしましょう」


 ボルタは笑顔でそう言った。だが、あたしにはその笑顔がものすごく気持ち悪いものに見えてならない。


「おや? どうなさいましたか? お嬢様はご領主様で、貴族でいらっしゃいます。政略結婚は貴族の義務ではありませんか」


 う……こいつ!


「考えておくわ。もう用も済んだし、あたしは行くから。マリー、行くよ」

「え? はい。お嬢様」


 こうしてあたしはボルタから逃げるようにして自宅へと戻るのだった。


◆◇◆


 自宅の執務室に戻ってきたあたしにマリーがおずおずと切り出してきた。


「お嬢様、今の状況で借金は……」

「うん。分かってるって。貴族の家で働く使用人を千人、一か月雇える金額なんてどう考えても高すぎるでしょ?」

「そうです! そのとおりです! いくらスカーレットフォードが魔の森の中にあるとはいえ!」

「だよね。大丈夫。あいつが吹っ掛けてきてるって、ちゃんと分かってるから。それに、結婚して返すなんてことも考えてないから」


 あいつらの狙いは借金のカタにあたしの爵位を奪うことに違いない。だからこんな話に乗ればあたしの人生はお先真っ暗だ。


 あたしの返答にマリーは安心したような表情を浮かべたが、すぐにその表情は曇ってしまった。


「ですが粉ひきは……」

「うん。そうだね。だから、みんなで知恵を出し合ってなんとかしようよ。きっとなんとかなるから」

「……はい」


 マリーは不安げな表情で(うなず)く。


「ほら、ボルタはあんなこと言ってたけどさ。全部壊れてるわけじゃないでしょ? だからハロルドならなんとかしてくれるかもしれないよ?」

「そうでしょうか……」

「きっとそうだって」

「そうですね」


 マリーはそう言って、やや硬い笑みを浮かべたのだった。

 次回「第21話 追放幼女、水車問題に対処する」の公開は通常どおり、明日 2024/07/31(水) 12:00 を予定しております。

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