第171話 追放幼女、散歩をする
ジェイクを見送ったあたしは早速仕事に取り掛かる。といっても、最近は上がってきた書類に目を通してサインするだけだけど。
あたしは書類に次々とサインしていき、一時間と経たないうちにすべての決裁が終わった。
「マリー、全部終わったよ」
「どうでしたか?」
「バッチリ。直すところ、何もないと思う」
「そうでしたか。それでは、ジェイクさんたちに渡してきますね」
「うん」
マリーはあたしが決裁した書類を持って出て行き、それからすぐに手ぶらで戻ってきた。
「あれ? 今日は終わり?」
「はい。ジェイクさんはこれから金鉱山の改修工事の指揮に、アンソニーさんは街道建設の計画をまとめるそうです」
「そっかぁ。じゃあ、もしかして明日以降も?」
「はい。お嬢様の確認が必要なものはあまりないかと思います」
「そうなんだ。なんだか前と比べてすごく楽になったねぇ」
「そうですね。色々と整えていただいて助かりました」
「うん。やっぱりお城で文官をやっていただけはあるよねぇ」
「そうですね……」
マリーの表情が一瞬曇った。
「あれ? どうしたの?」
「いえ、何でもありませんよ」
「ホントに? この前みたいなすれ違いはイヤだよ?」
「……本当に何でもありませんよ。ちょっとジェイクさんとアンソニーさんがすごすぎると思っただけです」
「そっかぁ。やっぱり本職だもんね」
「はい。これまでずっとしっかりできていたつもりでしたが……」
「仕方ないよ。初めてだったんだもん。マリーのおかげだし、これからも頼りにしてるから」
「はい。お嬢様のご期待に沿えるように頑張りますね」
「うん!」
マリーの言葉にあたしは元気よく返事をした。
「ところで、余った時間はいかがなさいますか?」
「うーん、そうだねぇ……あ、ちょっと散歩にでも行こうかな。最近、村のみんなとあんまり話してないし」
「かしこまりました。それではお供します」
こうしてあたしは特になんの目的もなく、スカーレットフォードを散歩することにしたのだった。
◆◇◆
「あ! ひめさまだ! ひめさま~」
「ホントだ! 姫様~! こ~んに~ちは~!」
なんとなく裏門のほうへと歩いていると、畑仕事を手伝っているテッドとヘレナが大声で呼び掛けてきた。あたしは小さく手を振ってそれに応えてあげる。
すると畑の中で一緒に仕事をしていたピーターが二人を叱りつける。
「こら! 姫様はお仕事をしているんだ! 邪魔しちゃダメだろう!」
「え~?」
「でも姫様、困ってなさそうだよ?」
「姫様は忙しいんだ!」
「そうなの?」
「そうだ!」
「でも……」
あたしは彼らのほうに近づいていく。
「ピーター、そんなに怒らないであげて」
「あっ……姫様……すみません……」
「いいよ。お仕事中だよね? 邪魔しちゃってごめんね」
「そんなこと! 俺たち、姫様のおかげでこうして食べられてるんです!」
ピーターはそう言って跪いてきた。
「ほら! ヘレナ! テッドもちゃんとしろ!」
「え~? でもひめさま――」
「こら!」
テッドはあまり跪きたくないようだが、ピーターが無理やり膝をつかせた。ヘレナはカーテシーをしようとしているようだが、はっきり言ってまるでできてはいない。
直してあげる? いや、いいか。ちゃんとやろうとしているというだけで十分だ。
「うん。じゃああたし、行くね。三人とも、お仕事頑張ってね」
「はい!」
こうしてあたしは畑を離れ、そのまま裏門のほうへと向かう。そしてそのまま裏門と正門の間を一往復し、自宅へと戻ってきた。
その道中、村のみんなはあたしを見かけるなり笑顔で、姫様、姫様と声を掛けてくれた。
「ねぇ、マリー。みんな、すごく幸せそうだったね」
「はい。そうですね。すべて、お嬢様のおかげですよ」
「……この笑顔を守るのが、領主の仕事なんだよね」
「はい。そうですね」
うん。頑張ろう。この平和な暮らしがずっと続くように。
◆◇◆
一方、王都にいる王妃のもとにローレッタからの手紙を携えたクティが戻ってきた。早速手紙を読み始めた王妃だったが、すぐに怪訝そうに眉をひそめる。
「理解の速さも記憶力も魔法も、どれをとっても超一流の才能を持っている? 天才というのはオリヴィアのためにある言葉? この手紙、本物なのかしら?」
怪訝そうな表情のまま、王妃は二枚目の手紙を見る。
「……橋の構造計算? これをオリヴィアが質問してきたと?」
王妃の表情はますます険しくなったが、それでも三枚目の手紙を読み始める。だがその表情はさらに険しくなり、大きなため息をついた。
「ちょっと」
「はい」
王妃がそう言って片手を上げると、離れた場所で控えていた侍女の一人がすっと近づいてきた。
「大学の教授を呼び出しなさい」
「どの教授を呼び出しましょう?」
「建築、農業、法に明るい者よ。細かいことは分からないから、学長に人選を任せます」
「かしこまりました」
「あと、画家を呼びなさい。スカーレットフォード男爵の紋章を新しく作りたいそうよ」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
その言葉に王妃は小さく頷いた。すると侍女は一礼し、下がっていくのだった。
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