第168話 追放幼女、質問をする
翌朝、ローレッタがあたしの自室にやってきた。いつもならこの講義の時間は退屈で仕方がないのだが、今日は違う。なぜなら昨日目を通した本の内容で分からなかったことを質問できるからだ。
「お嬢様、ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう。ローレッタ」
あたしの様子がいつも違うことに気付いたのか、ローレッタがあたしの目をじっと見てくる。
「お嬢様、何か良いことでもありましたか?」
「ええ。そうなんですの」
「それはそれは。では、良い気分の中今日もセルティア語のレッスンを始めましょう」
「ええ。ただその前に、いくつか質問したいことがございますわ」
するとローレッタは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。語尾の変化についてですか?」
「ああ、授業じゃなくて、自習をしたものだけれど、よろしいかしら?」
「ええ。構いませんが、どういった内容ですか?」
「内容はいくつかありますわ。昨日、サイモンといううちの商人が戻ってきたのはご存じかしら?」
「ええ。伺っております」
「その彼に買ってこさせた本の内容ですの」
「専門外かもしれませんが、私で分かることでしたらお答えします」
ローレッタがそう答えてくれたので、あたしは持ってきた鞄の中から三冊の本を取り出した。
「まずはこの橋の建築に関してですわ。この石造アーチ橋の橋長の限界に関する計算式が分からなかったのですけれど……」
そう言ってあたしはちらりとローレッタの表情を見た。すると明らかに困惑の色が浮かんでいる。
やはり専門外だったらしい。
「ごめんなさい。専門外ですわよね?」
「はい。申し訳ございません」
「それでしたら、この農学書にある肥料の使い分けについては……」
「申し訳ございません。私はそういった学問には疎く……」
「あっ……そうですわね。ごめんあそばせ」
「いえ、お力になれず申し訳ございません。他にはどのような?」
「橋の建築技法に関する疑問があと三つ、農学は八つ、あとは法についてその趣旨がよく分からないものが七つありますわ」
「そ、そうですか。それだけの量を一日で?」
ローレッタはやや引きつったような表情でそう聞いてきた。
「ええ。正確には執務の合間ですから、一時間ほどしか読めなかったのですけれど」
ローレッタはなぜか困ったような、それでいてどこか喜んでいるようにも見えるなんとも不思議な表情を浮かべている。
「分かりました。学ぶ意欲があることは素晴らしいことですので、専門家をご紹介いただけるよう王妃陛下にお願いしておきます。そろそろお嬢様の学習の進捗状況を王妃陛下に報告しようと、ちょうど思っていたところでしたから、そのついでです」
「いいんですの?」
「もちろんです。私は王妃陛下に、お嬢様の女家庭教師を任されたのですから」
「ありがとう存じますわ」
「お安い御用です」
ローレッタはそう言ってニコリと微笑んだ。
「そういえば、最近はメレディス卿に魔法を習っているそうですね」
「ええ。ここ数日はレスリーに教わっていますけれど、ずっと制御の練習だけをしておりますわ」
「そうでしたか。初期の訓練としては適切ですが、お嬢様はすでに魔法を使えるのではありませんか?」
「メレディス卿が、万が一にも暴走しないように、と」
「そうでしたか」
それからローレッタは小声で「まさかあのメレディス卿が……」と呟いた。
やはりお城での評判はかなり悪かったらしい。
「あら、メレディスはきちんとわたくしを見てくださっていますわ。だからわたくし、メレディスのおかげで魔力の制御がとても上手くなりましたのよ。ほら、このように」
あたしは普段どおり、できるだけ少ない量の魔力を循環させた。
ローレッタは怪訝そうに眉をひそめたものの、すぐにハッとしたような表情になる。
「お嬢様、もしや今、魔力循環をしていたのですか?」
「ええ。そのとおりですわ」
「そうでしたか……」
ローレッタの表情はほとんど変わっていないが、その声色に動揺が滲んでいる。
「ローレッタ、驚いているんですの?」
「いえ……はい。そうですね。驚きました。お嬢様の年齢でそこまで緻密が制御をできる者を私は存じ上げません」
「えへへ。レスリーにも同じように褒められましたわ」
「そうでしょうね。ぜひ、このまましっかり訓練を続けてください」
「ええ。もちろんですわ」
「さて、それではセルティア語のレッスンを始めますよ」
「ええ」
「まずは昨日の復習から――」
◆◇◆
その後、授業を終えたローレッタは自室に戻るとすぐさま筆を走らせた。そしていつの間にか飛来していたクティの足にその手紙を括りつけると、王都へと飛ばすのだった。
次回更新は通常に戻り、2026/01/04 (日) 18:00 を予定しております。




