第167話 追放幼女、買い出しの結果を聞く
メレディスたちが魔の森の調査に出掛けて数日後、ラズローへ買い出しに行ってもらっていたサイモンが大量の荷物を買い付けて戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、サイモン。どうだった?」
「はい。必要な資材はすべて契約できました」
「そっか。あれで足りた?」
「はい。シルバーウルフの毛皮がとんでもない高値で売れましたので」
「そうなんだ。いくらで売れたの?」
「五千万シェラングです」
「えっ!?」
今、いくらって言った?
「ですから、五千万シェラング、大金貨十万枚分です」
……聞き間違いじゃなかったんだ。
「ねえ、それってちゃんと払ってもらえたの?」
「はい。もちろんです」
「うわぁ。大金貨を十万枚も……」
一体どれくらいの山になるんだろう?
「いえいえ、金貨で取引をしたわけではありませんよ」
「え? そうなの?」
「もちろんです。金貨を大量に持ち運ぶなんて危ないこと、誰もやりたがりませんから」
「なら、どうやったの?」
「もしかしするとご存じかもしれませんが、市井での大口の取引には小切手というものが使われているのです」
「小切手? 何それ?」
もしかして手紙を出すときに貼るあの切手を小さくした奴……なわけないよね?
「小切手とは支払いを円滑に行うためのものでして、支払人が口座から宛名人に対して支払いをすることを保証する証券です」
「へぇぇ。そんなのがあるんだ……って、あれ? 口座?」
「おや? 口座をご存じなのですか?」
「うん。銀行でお金を預けるときに使うやつだよね?」
「銀行? 銀行とは何ですか?」
「え? だからお金を預けるところ?」
するとサイモンは困ったような表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「いえ。ただ、その銀行とやらがサウスベリーにはあるということなのですよね?」
「え? 知らないよ」
「えっ?」
「ほら。あたし、屋敷から出たことなかったし」
「あっ! 申し訳ございません!」
サイモンは慌てて謝ってきた。
「いいよ。別に気にしてないし」
「ありがとうございます」
そう言いつつも、サイモンは申し訳なさそうな表情をしている。
それにしても、銀行ってないんだ。あれ? じゃあ一体どこにお金を預けるの?
「あのさ。その口座っていうのはどこで作るの?」
「大抵はその領地の領主様が出資されている商会の貸金庫です」
「へぇ。貸金庫で?」
「はい。元々は、貸金庫で預かっている金塊の預かり証からスタートしたものなのです」
「そうなんだ」
「はい。タークレイ商会が先代サウスベリー侯爵閣下の時代に、その預かり証を決済手段の代わりに使えるようにしたそうです。それがとても便利だということで、あっという間に全国に広まりました」
「そうなんだ……」
タークレイ商会にいい印象はまったくないけど、それまで金貨だけで取引をしていたんだとするとすごく便利そうだということは分かる。
「あれ? ということは、うちにもそういうのがいるってこと?」
「スカーレットフォードではあまり大きな取引もありませんし、あっても使う者は限られているんじゃないでしょうか? 取引と言ってもほとんどうちの商会だけですし」
「あ、そっか。それもそうだね」
……でもなぁ。なんだかこう、放っておいたら良くない気がする。
よし。あとでジェイクに相談してみよう。
「それで……あれ? なんの話をしてたんだっけ?」
「シルバーウルフの毛皮の件です」
「あっ! そうだった。シルバーウルフの毛皮って、そんなに高いものなの?」
「どうでしょう。そもそも市場に出回るような品ではありませんから、目安となる価格がありません。ただ、なんとなく高かったのではないかという気はしています」
「そっかぁ。なんで高かったの?」
「オークションでの販売にしたのですが、今回はどうしても落札したいと考えている商会がいくつかあったのです。それで入札価格がどんどん吊り上がっていきました。オークションを主催していただいたケインズ商会の方も喜んでいましたよ」
ケインズ商会はラズロー伯爵のお抱えの商会だっけ。そういうのもやってるんだね。
「そうなんだ」
「はい」
「じゃあさ。そのお金はもう全部使ったの?」
「いえいえ。とても使い切れる金額ではありません。使ったのは五百万シェラングにも満たない程度です」
「そっかぁ。あとは、頼んでおいた本は? どのくらい買えた?」
「入手できるものは一通り買い付けておきました。残りも写本の依頼を出してありますので、来月には手に入るかと」
サイモンはそう言って持ってきていた大きな鞄を開いた。その中にはみっちりと大量の本が詰め込まれている。
「やったぁ! ありがとう!」
「いえいえ。当然のことですから」
「ううん。ありがとう。助かったよ」
「恐縮です」
こうしてサイモンは自宅へと戻っていったのだった。
◆◇◆
サイモンを見送ったあたしは自分の執務室を出て、ジェイクの執務室へとやってきた。
「ジェイク、聞きたいことがあるんだけど」
「は。なんでしょうか?」
「サイモンが、シルバーウルフの毛皮の代金を小切手で受け取ったんだって」
「……それはそうかもしれません。相当な金額になったでしょうから」
「うん。それでさ。うちでもその口座が開けるようにしたほうがいいと思う? サイモンは自分たち以外誰も使わないからいらないんじゃないかって言ってたんだけど、なんとなく嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感ですか……」
するとジェイクは険しい表情になり、じっとあたしの目を見てきた。
「たしかにサイモンの言うとおり、現時点ではほとんど使われることはないでしょう」
「そっか。じゃあ、ジェイクもやっぱりいらないと思う?」
「……」
ジェイクは難しい表情のまま、腕組みをして何かを考え始めた。
「いえ、やっておいたほうが良いかと思いますが……結構な赤字は覚悟していただく必要があります」
「そうなの?」
「はい。貸金庫にはかなりの警備体制が必要となります」
「そっか。お金が保管されてるもんね」
「はい。貸金庫があると知られれば、盗賊を呼び寄せる可能性すらあります。ですから開拓村のような場所で貸金庫を開くということ自体が非常識なのです」
「ならどうしてやっておいたほうがいいの?」
「それは、スカーレットフォードには金鉱山があるからです。どのみち精錬した金を保管する場所が必要なのですから、その倉庫に貸金庫の機能を持たせてしまえば良いでしょう」
「ああ、それはそうだね。じゃあその貸金庫、作っちゃおうよ」
「は」
「名前は……スカーレットフォード銀行でいいかな」
するとジェイクは一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに真顔に戻る。
「かしこまりました。ではそのように」
「うん。よろしくね! あ! それと資材の手配も全部できたって」
「かしこまりました。サイモンに状況を確認し次第、鉱山設備の改修から進めさせていただきます」
こうしてジェイクに仕事を任せると自分の執務室へと戻り、買ってきてもらった本に目を通していくのだった。
明けましておめでとうございます。本年もお付き合いのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
なお、次回更新は 2026/01/02 (金) 18:00 となります。




