第166話 見え始めた綻び
2025/12/29 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
「もう一つは?」
サウスベリー侯爵は不機嫌そうな様子でそう聞き返した。
「国王陛下が本気で道を通そうとしているという見方です」
「何? 王は魔の森に関心がないのではなかったのか?」
「はい。ですが、金と国内の政治には強い関心があります」
「……」
「そのうえ、国王陛下は強いサウスベリーを良くは思っていません」
「……」
「ですからスカーレットフォードを影響下に置くことで西にバイスター公爵とラズロー伯爵、北は国王陛下が、そして北西にメレディス・ワイアットとジェイク・ガーランドを置くことで包囲網を敷こうとしているとも見ることができます」
「……」
サウスベリー侯爵は苦々しげな表情を一瞬浮かべたが、すぐに真顔に戻る。
「だが、それでは我々は魔の森から隔離されることになる。そうなれば魔物どもに対する備えをせずとも良くなり、逆に強くなれるではないか」
「それはそうですが……サウスポートの代替となる港を求めてテイルベリーのような条件の悪い場所を整備をしているほどです。物流の迂回路を求めていると考えれば、長期的には我々に対する締め付けの一環と考えることはできるかと」
「……」
サウスベリー侯爵は難しい表情を浮かべた。
「ならば時間稼ぎをすればいいのではないか?」
「その場合、我々に領地を管理する意志がないと見なされ、国王陛下は我々の領地の拡張を認めないでしょう。そうなった場合、領地戦を仕掛けなければならなくなります」
「ちっ。面倒だな。ならば今のうちにアレを暗殺してしまえばいいのではないか?」
「ですが……」
「スパイは送りこめたのだろう?」
「はい。ハーマン卿が側仕えを一名送り込むことに成功しました」
「ならばそいつに毒を盛らせればいい」
「まだそこまで内側に入りこめてはいないようです。乳母の引き離しも縁談を断られて失敗したようで……」
「乳母? そんなものはどうでもいいだろう」
「ですが……」
「口うるさい乳母なんぞより年の近い、面倒なことを言わぬ者に懐くに決まっているだろうが」
ブライアンは困ったような表情を浮かべた。そしてすぐに真剣な表情でサウスベリー侯爵の目を見る。
「恐れながら、これまでの経緯を考えれば油断すべきではありません。王妃の後ろ盾を得ており、ジェイク・ガーランドも送り込まれているのです。はっきり申し上げて、多勢に無勢な状況です」
するとサウスベリー侯爵は深いため息をついた。
「ならばもういっそ、騎士団を送ってねじ伏せてしまえばどうだ?」
「それをして、前回手痛い目にあっているではありませんか。しかも今回はメレディス・ワイアットがいるのですよ? あの化け物を相手にしたら一体どれほどの犠牲が出るか……」
「ふん。ならばメレディス・ワイアットを引き離してしまえばいいのだろう?」
「ですが……」
サウスベリー侯爵は再び深いため息をついた。
「大体、いくらメレディス・ワイアットが化け物とはいえ、たった一人だろうが。一人を相手に何をそんなに怯えている?」
「旦那様! 相手はメレディス・ワイアット一人ではありません! お嬢様はすでに確実な脅――」
「黙れ! あれを娘などと呼ぶな!」
「先代の閣下がなぜ、わざわざ――」
「黙れ!」
「お嬢様はし――」
「黙れと言っている! アレは娘でもなんでもない!」
サウスベリー侯爵は顔を真っ赤にして激昂する。
「……アドルフ、私は友人として――」
「ならばなおのことだ! あんな女を無理やり娶らされた俺がどれほど惨めだったか!」
「……」
「今日はもう下がれ。それと騎士団長を呼べ!」
「お待ちください! まだ領境交渉の件が終わっていません!」
その言葉にサウスベリー侯爵はわざとらしく舌打ちをした。
「ダウベリーの西に開拓村を作れ。それならば文句ないだろう」
「……ですが、ダウベリー男爵にその余裕はないはずです。そもそもダウベリー自体が開拓村なのですよ?」
「だからなんだ!」
「あれ以上魔の森の奥に踏み入るのは自殺行為です。あそこの西にはシルバーウルフの生息地があるのですよ?」
「……ならば騎士団を派遣しろ。開拓に必要な資金も援助してやる。それでいいな?」
サウスベリー侯爵はイラついているのを隠す様子もなく、投げやりにそう言った。
「ですが今の財政状況では……」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろう!」
サウスベリー侯爵は顔を真っ赤にし、大声でそう怒鳴りつけた。
「……かしこまりました」
ブライアンは渋々といった様子で了承した。
「よし。ならば今日は下がれ。執務はこれで終わりだ」
「かしこまりました。失礼します」
こうしてブライアンは礼を執り、執務室から退室した。するとそこにはアーノルドの姿があった。
「アーノルド卿? どうしてここに?」
「どうしても何も、代官様のせいで無駄骨になったどころか、危うく戦争になりかけたんでね。閣下に直接、ご報告に参上したのですよ」
「なっ!? そのような報告は!」
「ですから、直接ご報告に参上したのですよ」
「……」
「ま、そういうことで」
アーノルドは不敵に笑うと、執務室の扉をノックするのだった。
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