第164話 追放幼女、要求を受け取る
2025/12/15 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
作付けが一段落したある日の午後、王都の連絡事務所からという手紙をマリーが持ってきてくれた。あたしはすぐにその内容を確認する。
「あー……、生物学上の父親が領境についての要求を出してきたみたい」
「そうでしたか。どのようなことが?」
「待ってね……は? どういうこと?」
あたしはあまりに突飛な要求に思わず声を上げてしまった。
「お嬢様?」
「これ、見て。おかしくない?」
差しだした手紙を受け取るとマリーはすぐにその内容を確認した。するとマリーの表情がみるみる曇っていく。
「これは……」
「おかしいでしょ? うちとサウスベリーとの領境はあの小川なのに、丘の向こうは水源まで全部サウスベリーだなんておかしいし、このダウベリー男爵領でも同じ要求をしてくるなんてあり得ないと思わない?」
「……そうですね」
「でしょ? しかも、街道があっちの領地を通るのを許さないとか言ってるんだけど、そんなことって有りなの?」
あんまり奥に入りたくないんだよね。だって、魔の森のどこかにはゴブリンキングがいるわけでしょ?
まほイケではニコラスを庇ったせいとはいえ、メレディスはゴブリンキングにやられてるのだ。そんな相手にわざわざこちらから戦いを挑むなんて無謀なことはやりたくない。
それにしても……。
「これ、やっぱり嫌がらせだよね」
「……そうかもしれません」
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
「そうですね……とりあえず交渉をしてみてはいかがでしょう?」
「それはそうかもしれないけど……でもさ。嫌がらせをしてくるくらいだし、交渉したらしたでなんか無茶苦茶な要求をされそうな気がしない? 例えば、あたしにサウスベリーに戻ってこい、とか」
「それは……そうかもしれません」
「でしょ?」
かといっていい手も思いつかないしなぁ。うーん……どうするのがいいんだろう?
あ! そうだ! どうせ考えたって分かんないんだし、うちの文官に聞けばいいじゃん。
「マリー、ジェイクとアンソニーを呼んできて。多分隣にいるよね?」
「かしこまりました」
マリーはそう言って退室すると、すぐにジェイクのみを連れて戻ってきた。
「お嬢様、アンソニーさんは外出中だったのですが、呼び戻しましょうか?」
「あ、それならいいよ」
「かしこまりました」
マリーはそう言って小さく礼を執った。
「閣下、いかがなさいましたか?」
「うん。あのね。ちょっと領境交渉のことで相談したいんだけど――」
生物学上の父親からの要求を説明すると、ジェイクはすぐに難しい表情になった。
「サウスベリー侯爵側の要求ですが、理屈は正しいですし理解もできます」
「え? どうして? こんなの滅茶苦茶じゃない?」
「いえ。サウスベリー侯爵は本来、こういった要求をすべきなのです」
「どうして?」
「あちらの要求は、あくまで領土ではなく水源の確保ですから」
うん? どういうこと?
「水は人が生活をしていくうえで必要不可欠です。それに農場でも工房でも、水は必ず使用します。その水源を敵対している相手に握られるということを避けたいと考えるのは当然のことです」
あ、なるほど。たしかに。うちだって川の上流に生物学上の父親の領地が出来たら困るね。
「ただ……」
「ただ?」
「今回の要求はあまりにも範囲が広すぎます。ですからその点は突けるでしょう」
「そっかぁ。どうにかなりそう?」
「どうでしょうか。まずは彼らに地図を出させるところから始めることとしましょう」
「地図? 地図ってあるの?」
「いえ。おそらく持っていないはずです。何せ、彼らが要求している地域はシルバーウルフの生息地だと広く知られていますので」
「だよねぇ」
「はい。私の読みでは彼らは水源がどこにあるかすら把握していないはずです。ですから、まずは相手の要求が過大であることを認めさせるところからですね」
「そっかぁ。でも上手くいくかなぁ? だってこれ、絶対嫌がらせだと思うんだよね」
「そうでしょうね。ですが、街道の建設は陛下の勅命でもあります。まずはそれを盾に交渉しつつ、臨機応変に交渉していくことが必要です。そもそもこちらの目的は街道を通すことであって領地を広げることではありません」
「うん。そうだね」
「ですから、こちらが最大限譲歩したとしても、街道を通す許可を出させることだけは呑ませます」
「え? でもそれじゃバクスリーのほうの領地が飛び地になっちゃうよ?」
「はい。ですがサウスベリーもそのような着地は望まないはずです」
「なんで?」
「その場合、街道を管理する責任がダウベリー男爵とサウスベリー侯爵に移るからです」
「え? でも管理とかしないで放置するんじゃない? 嫌がらせが目的なんだし」
「そのときは領地の割譲を迫れば良いのです」
「そっかぁ。でもさ、認められるかな?」
「国王陛下の勅命ですからね。陛下は裁定に動かざるを得ません」
うーん、あんまり借りは作りたくないけどなぁ。
「それでもサウスベリーが領地を譲らないのであれば、管理をせざるを得なくなります」
「……なんか、そうしたら通行料を取られそうじゃない?」
「……そうかもしれませんが、それは要するにサウスベリー侯爵とダウベリー男爵がそれぞれで宿場町を用意するということになります。であれば、必要経費と割り切るしかないでしょう」
「そっかぁ……」
なんか法外な値段を取られそうな気がするけどなぁ。
「分かった。ちょっとメレディスにも相談してみるね」
あたしがそう言うと、ジェイクは少し嫌そうな顔をした。
「え? ダメなの?」
「い、いえ。そのようなことはありません。ただ……」
「ただ?」
「戦争にならないかを危惧しています」
「え? 戦争?」
「はい。騎士団長に相談するということは、武力の行使を選択肢に入れているということです。いくらメレディス卿が強くとも、サウスベリー侯爵騎士団は国内でも最強とうたわれる騎士団です。その選択肢は最後の手段として残しておくべきでしょう」
「そっかぁ」
まあ、もう一回戦争しているようなものだけどね。
「分かったよ。なら、戦争にならない範囲でって相談する」
「はっ」
ジェイクはそう短く返事をすると、恭しく礼を執ったのだった。
◆◇◆
その夜、やってきたメレディスに領境の件を相談してみた。
「へぇぇ。面白いじゃないですか」
メレディスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あ、戦争とかはイヤだよ?」
「そうですねぇ。負けはしないと思いますよ?」
「えっ? そうなの? でもサウスベリー侯爵騎士団って、この国で最強なんでしょ?」
「……」
メレディスは真剣な目でじっとあたしを見つめてくる。
「メレディス?」
「ま、あちらは規模も装備の質も、国内最強とは言われていますね」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ええ。ですから、戦争なんてしないに越したことはないでしょうね」
「うん。そうだよね」
「……ええ」
なんだか妙に含みのある言い方だけど……ま、いっか。
「でさ。どうしたらいいと思う? さすがにこんな要求は無茶苦茶だと思うんだけど……」
「ま、とりあえず、放っておけばいいんじゃないですか?」
「えっ? 無視するってこと? でもそれじゃ道、通せないよ?」
「別に認めるわけじゃないですよ」
「どういうこと?」
「領地だと言うのなら、とりあえずシルバーウルフの駆除でも依頼しておけばいいんじゃないですか?」
「え?」
「領地の安全確保は領主の義務ですからね。一応王命で道を通すんですから、動かざるを得ないですよ」
「でも、イヤだって言われたら?」
「そのときは奪えばいいじゃないですか」
……ジェイクの言うとおりだったね。
「戦争はしたくないんだけど……」
「ま、あとはあのいけ好かない男にでも考えさせてください」
「え? いけ好かない男?」
「ジェイク・ガーランドのことですよ」
「あっ! うん。分かった」
「ええ」
メレディスは満足げに頷いた。
「ああ、そういえば」
「うん? 何?」
「そろそろ『すけ』たちも騎士団の指揮下に置きたいんですが、よろしいですかね?」
「あ、そっか。そうだね。どうすればいいの?」
「シルバーウルフ、クレセントベア、フォレストウルフは我が主の直属のものを除いてこちらに。それと駄獣と騎乗用のもの、連絡用の鳥すけ、あとは雑用係としてのゴブすけも少々いただけると」
「うん。分かった。明日の朝、集めておくね」
「ええ。それじゃあ、訓練を始めましょうか」
「うん」
こうしてあたしは魔力の訓練を始めるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/12/21 (日) 18:00 を予定しております。




