第161話 追放幼女、紋章について学ぶ
数日後、一気に暖かくなったスカーレットフォードはついに雪解けを迎えた。
去年よりも遅くて心配していたけれど、これでようやく畑仕事ができるようになる。きっと今ごろはスケルトンたちが土を耕したり種まきをしたりと大忙しなことだろう。
あたしはというと相変わらず毎日のルーチンを淡々とこなしているのだが……実は最近ローレッタの授業に飽きてきてしまっている。
その退屈な授業が今日も始まるわけだが……。
「お嬢様、今日は紋章の授業の続きをいたしましょう」
ローレッタはそう言って紋章図鑑を開いた。
そう! 特にこういった暗記科目! 特にこれは同じような紋章ばかり丸暗記させられ、とにかく退屈なのだ。
「ローレッタ、わたくし、もう紋章はすべて覚えましたわ」
「お嬢様? まだ半分しかお教えしていないはずですが……」
「別に予習してはいけないとは言われていませんわ」
「っ! お嬢様……!」
ローレッタは何を勘違いしたのか、感激した様子で口に手を当てている。
「テストしていただいても構いませんわ」
昨日、頑張って一夜漬けして覚えたからね。ここでテストをクリアすればきっと解放されるはず!
「かしこまりました。それでは……まずはこちらの紋章は?」
「これは国王陛下の紋章ですわ」
「はい。正解です。それではこちらは?」
「これはイーストウィッチ侯爵閣下の紋章ですわ」
「正解です。では……こちらは?」
「これはレディントン伯爵閣下の……三男の紋章ですわ」
「素晴らしい! 正解です。では……」
こうしてあたしは延々とテストを受け続けるのだった。
◆◇◆
「正解です。まさかこれほど早く……」
やった! これでこの丸暗記から解放される!
「主だった貴族家の紋章は覚えていただいたようですね」
え? 主だった? これで全部じゃないの?
「これからはより体系的に理解していただくため、このまま紋章学を覚えていただきます」
「紋章学? ってなんですの?」
「紋章学とは、紋章に関わるルールです。デザインの基本的なルールから派生のルールなど、様々なものがあります」
「そうなんですのね」
そういうのを先に教えてほしかったんだけど……。
「まずは基本的なことですが、紋章には大きく分けて二つの種類があります。それは爵位に紐づいたものと、そうでないものです」
「爵位に紐づかないものがあるんですの?」
「はい。ですがそれらを覚える必要はありません」
そうなんだ。なんで……あ、もしかして商会が使ってるとか、そういうのかな?
「さて、爵位に紐づいた紋章にも、王家とそれ以外のものにはデザインに違いがあります。それが何か、分かりますか?」
「王家とそれ以外……」
うーん? なんだろう……あ!
「王家の場合、王冠がデザインに入っている?」
「そのとおりです」
ローレッタは満足げな表情を浮かべた。
「また、紋章とは盾を中心としたデザインとなります。多くの場合は兜、台座があり、王家であれば王冠が、そうでない場合は爵位章があしらわれたクレストがあしらわれます」
なるほど。兜の上にあるこれ、台座だったんだ。
「このうち、兜と台座は省略することもできます」
あ、たしかに。そういうのも結構あったね。
「さらに台座にはマントがあしらわれるものもあります」
え? あのビラビラしているの、マントだったんだ。
「そして盾を左右から支えている動物をサポーターといいます」
うん。ただ、サポーターは動物だけじゃなくて竜とかユニコーンとか、色々なのがあったけどね。
「あとは家訓などを入れる場合もあります。例えば国王陛下の紋章には『神の名の下に』と、『悪に裁きを』の二つが神聖語で入れられています」
あ、あの読めない文字、そういう意味だったんだ。
それにしても、悪に裁きを、ねぇ。王様だって……ま、いっか。
「また、使用できる色にも制限があり……」
ローレッタはその後も紋章に関する細かいルールを説明してくれる。
「ところでお嬢様」
「なんですの?」
「お嬢様の紋章はどうなさるおつもりですか?」
「え? ……あ!」
忘れてた! 今のって代用紋なんだった!
「そ、そうですわね……」
「お忘れだったのですね?」
「はい……」
「……仕方ありません。ではすぐに考えましょう」
「ええ」
「一般的なやり方ですと、サウスベリー侯爵の紋章から派生させるのですが……」
「それは嫌ですわね」
「であれば、一からデザインしていただくことになります。画家の手配はお済みですか?」
「まだですわね」
「では、すぐに手配なさってください」
「ええ。分かりましたわ」
手配って言っても……どうすればいいのかな? サイモンに聞いてみる?
するとローレッタが小さく咳払いをした。
あれ? なんか怒っている……あ! 顔に出てた?
「伝手がおありではないのですね?」
「はい」
「だとしても顔に出してはいけません」
「はい……」
するとローレッタは小さくため息をついた。
「そのように気落ちしている様子を見せてもいけません」
う……。
「そうでしたわね」
「気をつけることです」
「はい」
「さて、画家については王妃陛下に相談すると良いでしょう」
「そうですわね。そのようにいたしますわ」
「はい。それでは、使用したいモチーフはございますか?」
「そうですわね……」
何がいいだろう?
スカーレットフォードといえば……魔の森、畑……スケルトンはさすがに違うかな?
あ! 花とか入れたら可愛いかも!
花……うちらしい花って何かあったっけ?
貴族だと薔薇とか百合のイメージだけど、うちにはそんなのないし……。
「あっ!」
「お嬢様」
「あっと、ごめんあそばせ」
「お気を付けください」
「ええ」
「それで、何を思いついたのですか?」
「ブラックベリーの花を入れたいと思ったのですわ」
「ブラックベリーですか。どのような意味が?」
「ブラックベリーはスカーレットフォードで採れる大切なベリーですわ」
「そうですか。ブラックベリーの花言葉は素朴な愛、人を思いやる心、そしてあなたと共に。お嬢様らしくて、良いかもしれませんね」
へぇ。そんな花言葉があるんだ。いいねぇ。気に入った。
「では、そうしますわ」
「あとは大まかなデザインを決めましょう。サポーターはどうなさいますか?」
「そうですわね……」
うちでサポートしてくれるのはスケルトンだけど……。
「狼と熊にしますわ。森の中ですもの。あとは……そうですわね。麦穂もあしらわれているといいかもしれませんわ」
「そうですか。それぐらい決まれば十分でしょう。あとは画家にそのようにお伝えください」
「分かりましたわ」
「それでは、授業の続きをしましょう。次は……」
こうしてあたしは引き続きローレッタの授業を受けるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/11/30 (日) 18:00 を予定しております。




