第158話 仕える者たち
「それでは失礼します」
メレディスがオリヴィアの部屋を出ると、なんと正面にフィオナが青い顔でへたり込んでいた。そんな彼女にメレディスは無表情のまま近づく。
「フィオナ・フリートウッド、どうした? こんなところで」
「ひっ」
フィオナは小さく悲鳴を上げた。フィオナはカタカタと小さく震えており、一方のメレディスはまるで獲物を見つけた狩人のような鋭い目つきで見下ろしている。
「誰の指図だ?」
メレディスは低い声でそう詰問した。
「え? さし……ず?」
「バクスリー男爵か? それともあの侍女どもか?」
「あ、あの……」
「誰に言われて主の部屋を盗み聞きしたのかと聞いているんだ」
メレディスが腰の剣にそっと手を伸ばすと、フィオナが慌てて口を開く。
「ふ、二人です! カレン様とイヴァンジェリン様が、夜でもお呼び出しがあるかもしれないから控えていろって……」
「ふぅん……」
メレディスは鋭い目のまま、じっとフィオナを見下ろし続けている。一方のフィオナは怯えた様子で視線を逸らした。
「で? どこまで聞いた?」
「な、何も……」
「へぇ。まあいい。ならどう報告するつもりだ?」
「ほ、報告だなんて……」
「まあいい。くれぐれも、仕える主を間違えないことだ。何せ、ここは魔の森の中だからなぁ」
メレディスはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げたフィオナは顔面蒼白となっている。
「そんなわけだ。我らが主はもうお休みの時間だぞ。挨拶ぐらいはしておいたほうがいいんじゃないか? なぁ、そこで聞いてるお二人さんもよ」
「「っ!」」
フィオナたちの居室の扉の向こうから息を呑んだような音が小さく聞こえてきた。
「挨拶をするなら早くすることだな」
そう言い残し、メレディスはすたすたと立ち去っていくのだった。
◆◇◆
翌日、メレディスはレスリーと昼食の食卓を囲んでいた。メレディスは白パンをちぎって塩漬け肉のスープに浸し、テキパキと口に運んでいく。一方のレスリーは何を考えているのか、じっとメレディスを見つめている。
「ん? どうした? 何かあったか?」
「……ううん。なんでもないよ」
「なんでもなくはないだろう?」
「うん……そうだけど……」
「なんだ? 気になることでもあるのか?」
「ううん。ただ、メレディスさ……隊長、最近大人しいなって」
「なんのことだ?」
そう言ってメレディスは怪訝そうな表情を浮かべる。
「だって、ニコラス殿下の家庭教師を辞めたのって――」
「別に家庭教師になんかなってないぜ」
「あ、うん。断ったんだったよね」
「ああ」
「でもさ。それって強い相手と戦いたかったからじゃないの?」
「そうだな」
「だから、すぐに魔物狩りに行くって言いだすかと思ってたんだけど……」
「ん? ああ。最初はそう思ってたんだけどな」
「だよね。ならなんで?」
「ま、ちょっとしたやりがいを見つけたからかな」
「やりがい?」
「ああ。我らが主だよ」
「え? どいうこと?」
「一体どこまで伸びるか」
メレディスは満面の笑みを浮かべながらそう言った。レスリーは訳が分からないようで、ポカンとした表情でメレディスの顔を見つめている。
「我らが主にはな。天才という言葉すら陳腐だよ」
「そこまでなの? そりゃあ閣下はあのご年齢なのに見事に魔法を使いこなしてらっしゃるけど……誰かが無茶して教えたからでしょ?」
「いいや、違う」
「どういうこと?」
「誰にも教えてもらっていないんだとよ」
「え?」
レスリーはスッと真顔に戻った。
「そのうえ器の上限はまるで見えない。飲み込みの速さもあり得ないほどだ。アタシたちはとんでもないお方に仕えているぜ」
メレディスはやや興奮した様子でそう語る。
「で、でもメレディスさんのほうが――」
「いいや、そんなことはないな」
「そ、そうなの?」
「ああ。アタシなんざ足元にも及ばないな」
「そんなになの?」
「ああ」
メレディスは満足げな表情で大きく頷いた。一方のレスリーは理解が追いついていないのか、すっかり困惑しきっている様子だ。
「ま、とりあえずこの話は誰にも言わないほうがいいぜ」
そう言った後、メレディスは聞き取れないほど小さな声で、やろうと思ってもできないだろうがな、と呟いた。
だがレスリーはメレディスのそんな呟きには気付いていないようで、やや悲しげな様子で答える。
「しないよ。そんなこと……」
「ああ、そうだな。悪い悪い」
「うん……」
レスリーは沈黙して視線を泳がせたが、すぐに口を開く。
「閣下のご成長が楽しみだね」
「ああ。とにかく楽しみだよ。それに剣の才能も悪くなさそうだしな」
「あ! それは私も思った!」
「だろ? きっと魔の森を統べるにふさわしいお方になるだろうよ」
そう言ってメレディスはニヤリと笑った。
「そうだね。それにとてもお優しいお方だし、民もきっと喜ぶね」
その言葉にメレディスは小さく頷いた。
「ま、だから魔の森の征伐は我が主の成長を待ってからだな」
「う、うん。そうだね」
レスリーはそう言って見るからにホッとしたような表情を浮かべた。
「ああ、楽しみだなぁ」
だがメレディスにそんなレスリーの様子を気にする様子はなく、再び誰にも聞こえないような小さな声で、どうせ道づくりでシルバーウルフと戦えるしな、と呟いたのだった。
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