第157話 追放幼女、魔力の訓練をする
「初日で出来るとは……素晴らしいですね」
「えっ? そうなの?」
「ええ。普通ですと、最短で半年はかかると言われていますね」
「そうなんだ。じゃあメレディスも半年かかったの?」
するとメレディスはどこか困ったような表情を浮かべた。
「いえ。アタシは三日でできて当時は天才と騒がれたんですが……我が主は新記録でしょうね」
メレディスはそう言うとニカッと笑った。
「そうなんだ……あ! でもほら、あたしは最初から魔法が使えたけど、メレディスはそうじゃなかったんだよね?」
「それはそうですが、ここが一番苦戦するところなんですよ」
「そうなんだ……」
「さあ、そんなことよりも続けましょうか」
「うん。何すればいい?」
「次は変質させずに循環する練習をします。器から出来るだけ少ない魔力を取り出し、体のあちこちに移動させましょう」
「わかった」
あたしは器の中からほんの少しだけ魔力を取り出し、頭に移動した。そしてそれを左の膝に移動させてみる。
う……やっぱり引っかかっちゃう。
「器から取り出したばかりの魔力と変質した魔力の違いを意識してみてください」
「え? うん……」
あたしは新たに少し魔力を器から取り出してみる。
うーん? 特に違いはないような気がするけど……。
でも二か所にあるとちょっと感じづらいし、膝にある魔力をこっちに……あ、あれ? ちょっと待って。これ、ちょっと違うかも?
って、あれ? 違いが分からなくなっ……あ! 膝から持ってきた魔力と混ざっちゃった。
それならもう一回器の中から……あ! ああああ! 違う! 全然違うじゃん! どうして同じだって感じてたんだろう?
ん? これってもしかして!
「メレディス、ちょっと魔法を使ってみてもいい?」
「ええ、もちろんです」
「うん!」
あたしは誓約魔法を展開してみた。続いて葬送魔法を窓に向かって放ってみる。
あ! 違う! 全部違うじゃん! 分かった!
ということは、これに気を付けてやればいいんだよね。
あたしはもう一度器から魔力を取り出し、頭を経由して膝へと魔力を移動させる。
「あ、あれ? なんで? 気を付けてたのに……」
なぜか魔力は変質してしまった。
「我が主、変質した魔力は身体強化になっているのでは?」
「え? 身体強化? あたし、そんなつもりじゃ……」
「今朝、微弱な微弱な身体強化を無意識に掛けていましたしね。魔力を循環させることが無意識に身体強化に繋がっているのかもしれません」
「そっかぁ……でもあたし、その身体強化をしてるって感覚がないんだよね」
「……なるほど」
メレディスはまた少し悩んだような素振りを見せる。
「メレディス?」
「まずは身体強化のやり方を教えましょう」
「うん」
「ただし!」
メレディスは真剣な目であたしのほうを見てくる。
「た、ただし?」
「絶対に使ってはいけません」
「え? なんで?」
「我が主の肉体の成長を阻害し、最悪のケースでは体を壊すことにも繋がるからですよ」
「う……で、でも、自然に使っちゃってるのは……」
「今朝も言いましたよね? 訓練で使ってはいけない、と」
「うん……」
「それにここまで上達が早いと自然に使ってしまっている身体強化がどんどん強力になっていくはずです。なので、意識的に使うかどうかを切り替えられるようにしておいたほうがいいんですよ。わかりましたね?」
メレディスは有無を言わせぬ強い目であたしを見てくる。
う……なんかマリーをすごく力強くしたみたい。でも、あたしのことを考えてくれてるっていうのはひしひしと伝わってくる。
「うん。分かった。使わないようにする」
「よろしい」
メレディスはそう言うと、ニカッと笑った。
「もちろんずっと禁止というわけではありません。我が主の肉体の成長に合わせて、身体強化も適宜指導します」
「うん!」
「いい返事です。ではその身体強化ですが、今回は基礎のみ教えます」
「基礎ってことは、応用もあるの?」
「ええ。ですが応用は実戦と組み合わせて使うものなので、まだ関係ありません。追々、体の成長と戦闘技術の向上に合わせて教えますよ」
「そっか。わかった」
「で、その身体強化ですが、その名のとおり体を強化するものです。腕の力を強化して重い物を持ち上げたり、足の筋肉を強化して速く走れるようにしたりといったものですね」
「うん」
「その方法は単純で、自身の筋肉に魔力を集め、その動きを助けるのです。たとえば、そこのテーブルを片手で持ち上げようとして見てください」
「え? うん」
あたしは右手でテーブルを持ち上げようとしてみるが、当然のことながらテーブルはビクともしない。
「そのとき、力が入った箇所がありますね。特に腕から肩にかけて、それから背筋も使っていたでしょう。そこに魔力を集め、筋肉の動きを補助するのです。
筋肉に魔力を集めて……補助……こうかな?
「あっ!?」
先ほどまでビクともしなかったテーブルをいとも簡単に持ち上げられてしまった。
「嘘……すごい……」
「それが身体強化ですよ。テーブルはもう下ろしてください」
「あ、うん」
あたしはテーブルを床に降ろし、メレディスを見上げる。するとメレディスはなぜかものすごく険しい表情をしていた。
「あれ? メレディス?」
「いえ。なんでもありませんよ。では、循環に戻ってみましょう」
「うん」
さっきの筋肉を補助するときの魔力の……ううん、違うね。きっと筋肉に集めるときだ。
……あ、うん。やっぱり! たしかに魔力の質が変わってる。
ということは、頭から膝に移動させるときも……あ! うん! わかった!
なんだ。コツさえ分かれば簡単じゃない。
あたしは器から取り出した魔力を頭を経由して膝、つま先、さらに指先まで移動してからお腹に戻した。
うん! バッチリ! 器から取り出したのと同じで変質していない。
あれ? これってこのまま器の中に戻せば再利用できたりしないかな?
「できたようですね」
「え? あ、うん。できた。ありがとう、メレディス」
「ええ。おめでとうございます」
メレディスはそう言ってくれたが、その表情は険しいままだ。
「メレディス? どうしたの?」
「いえ、なんでもありませんよ……あ、いえ」
「えっ? どっち? 何かあるの?」
「……ええ、そうですね。我が主はいずれ、自分で気づいてしまうでしょうから先に教えておきましょう」
「何を?」
「絶対にやってはいけない、魔力を伸ばす訓練の方法です」
「え? でも、知らないほうがいいんじゃ……」
「そうかもしれませんが、我が主の場合は知らずにやってしまう可能性が高いかな、と」
「そうなの?」
「ええ」
メレディスは険しい表情のまま、あたしの目をじっと見てくる。
「我が主は、その訓練とはどのようなものだと思いますか?」
「え? うーん……魔法をとにかくたくさん使うとか?」
「そうですね。それでも魔力は伸びますが、それは自然な伸び方です。よほどの無茶をしなければ問題ありません」
「じゃあ、違うんだ」
「ええ」
「何か思いつきますか?」
なんだろう? よほどの無茶をしなければってことは、無茶をすればそうじゃないってことだよね。
うーん……?
「あ! もしかして、魔力をギリギリまで使い切る、とか?」
前世の病室で読んだ漫画にもそういうの、あったしね。
「試したことが?」
「え? ないよ。一回、そうなっちゃったことはあるけど……」
「絶対にやってはいけませんよ。命に関わります」
「う、うん。マリーにも叱られたし、それにわざとじゃ……」
「わざとじゃなくてもやってはいけません。いいですね?」
「うん……」
でも、こんなに言ってくるってことは、もしかして魔力をギリギリまで使い切るのがその方法なのかな?
メレディスは相変わらず、険しい表情のままだ。
「……やはり気付いているのですね」
メレディスはまるで苦笑いをしているかのような微妙な表情になった。
「魔力を増やす方法で最も効果があるのは、魔力をギリギリまで枯渇させることです。そうして命の危険に陥った人の肉体はそのような事態を避けるため、より多くの魔力を溜められるように器を拡大します」
「そうなんだ……あ! つまり、器を手っ取り早く大きくするには魔力を器からたくさん取り出しちゃえばいいんだよね?」
「そういうことです」
「あれ? これってさ。ギリギリまで取り出した魔力をそのあと器に戻せばいいんじゃない?」
「ええ、そのとおりです。それこそが、魔力の器を上限まで拡大させる方法です」
「そうなんだ……」
それ、さっきやろうとしてたね。
「この訓練は、体が大人になってから行わなければなりません。本来であれば身長の伸びが完全に止まってからやるのが理想ですが、魔法学園を卒業し、騎士となったころから少しずつやることが多いですね」
「そっか……」
「ですから、くれぐれも! 勝手にこの訓練をしてはいけませんよ」
「うん。分かってるって。メレディスがいいって言うまでやらない。約束する」
「ええ」
メレディスはそう言って大きく頷いたのだった。
次回更新は通常どおり、2025/11/02 (日) 18:00 を予定しております。




