第154話 追放幼女、交渉状況を気にする
「あ、そうだ。そういえば、サウスベリー侯爵のほうってどうなってる? 何か返事はあった?」
「いえ。特に連絡はありません。ジェイクさんもこちらは時間がかかるだろう、と言っていました」
「そっか。ということは、ダウベリー男爵だっけ? そっちも?」
「はい。そうなるかと」
「そっか。さすがにそんな無茶なことは言ってこないとは想いたけど……」
うーん、どうしようかな。気にせずに道を開削してもいいけど……後から領有権を主張されてまた攻めて来られるなんてのは避けたい。
何しろ今回はうちにも騎士団があるのだ。そうなるとメレディスたちが出ることになり、うちにも怪我人や下手をすると死者が出る可能性だってあり得る。
かといって、あんまりダラダラしてるわけにもいかないし……。
「ねぇ、マリー」
「はい。なんでしょう?」
「サウスベリー侯爵騎士団って、やっぱり強いんだよね?」
「そうですね。国内でも屈指の規模と人員を擁しており、最強とも言われています」
「そっかぁ。じゃあ、前に襲ってきたセオドリックも大したことないってこと?」
「詳しくは存じ上げませんが、おそらくは……」
そっかぁ。やっぱり名門貴族なだけあって人材が豊富なんだね。
「ってことはさ。難癖をつけられてまた攻められたら、今度は危ないってことだよね?」
「かもしれません」
ううん。そうなると、いくらメレディスたちとシルバーウルフのスケルトンが加わったとはいえ、犠牲が出るのは間違いなさそうだ。
でも、血が流れないほうがいいに決まっている。
「あの、お嬢様。さすがにまた攻められるということは、すぐにはないと思います」
あれ? そんなすぐに攻められるなんて話、してたっけ?
「わざわざアナベラたちを送り込んで来たのですから、あちらもまずは内情を探ることにしたのだと思います」
「うん。そうだね。アシュリーっていうスパイを送り込むのには成功してるしね」
といっても、そのスパイはもうとっくに寝返ってるんだけど。
「でも、いつかはバレるでしょ?」
「はい。そうですね」
「で、そのときに道が開通してて、難癖付けられて攻められたらやだなって思ったの」
「まぁ、そうでしたか」
マリーは少し恥ずかしそうにしつつも何やら優しい目であたしのほうを見てくる。
「え? どうしたの? あたしの顔に何かついてる?」
「いいえ」
マリーはそう言うと、嬉しそうに微笑んだのだった。
◆◇◆
一方、サウスベリーにある侯爵邸の執務室には政務に復帰したサウスベリー侯爵の姿があった。その侯爵に対し、ブライアンが一通の手紙を差し出す。
「旦那様、スカーレットフォード男爵閣下より手紙が届いております。代理で開封し、目を通しておりますが、どうか直接ご確認ください」
「……」
サウスベリー侯爵は不快気に表情を歪める。
「お気持ちは分かりますが、王命も絡んでおりますので」
「王命だと?」
サウスベリー侯爵は訝しげにしつつも、封筒から便せんを取り出す。
「……領境画定の申し入れ? しかもダウベリーも含めてとはどういうことだ?」
「実は――」
ブライアンはオリヴィアが王都に行き、魔の森を突っ切る道の開削を命じられたことを説明した。
「なんだ? 王は正気なのか? シルバーウルフの巣があるのだ。あそこに道を通すのは不可能だろう」
「はい。仰るとおりです」
するとサウスベリー侯爵は大げさにため息をつき、便せんを指ではじいた。便せんはひらひらと舞い、執務机の上に落ちる。
「ならばそんな無駄な交渉をする必要などないだろう」
サウスベリー侯爵は呆れたような表情でそう言うと、やや顔をしかめる。
「大体、どうしてアレをみすみす王都に行かせた? なぜ海上封鎖をして捕らえなかったのだ?」
「海上封鎖は行いました」
「何? では取り逃がしたと言うのか?」
「いえ、そうではなく……」
「誰だ!」
サウスベリー侯爵は顔を真っ赤にし、いきなり大声で怒鳴った。
「え? 旦那様?」
「誰が海上封鎖をしたのかと聞いているのだ! 」
「アーノルド卿です。私が直接命じました」
「アーノルド?」
「バートンマス伯爵の四男の、アーノルド・フェアフィールド卿です」
「なんだと!? ちっ。フェアフィールド家にも失敗作がいたのだな」
サウスベリー侯爵は吐き捨てるようにそう呟いたが、困ったような表情を浮かべながらブライアンがそれを訂正する。
「恐れながら、アーノルド卿は失敗しておりません」
「だが! 取り逃がしているではないか!」
再びサウスベリー侯爵の顔は真っ赤になっている。
「落ち着いてください。どうやら海路は使わず、魔の森を通ってバクスリーという開拓村に行ったようなのです」
「は? シルバーウルフはどうした?」
「分かりません。ですが、状況から判断するにお嬢――」
「ブライアン!」
「し、失礼しました。スカーレットフォード男爵がかなりの力を、シルバーウルフの住む森を通り抜けるだけの力を持っていることは間違いありません」
その言葉にサウスベリー侯爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「ならば更なる力をつける前に――」
「なりません。スカーレットフォード男爵は王都でメレディス・ワイアットを手に入れました。武力による制圧を試みれば、こちらもただでは済まないでしょう」
サウスベリー侯爵は小さく舌打ちをした。
「ですが、乳母の乳母を差し向けました。乳母を引き離せるかは分かりませんが、側仕えであればきっと送りこめるはずです。そうすれば……」
「……上手くいくのだろうな?」
「昨年のうちにスカーレットフォードに到着したという報告を受けております。近いうちに結果は届くかと」
「……そうか」
サウスベリー侯爵はそう言うと、深いため息をついた。
「まあ、いい。で、次はなんだ?」
「え? 領境の件はいかがいたしましょう?」
「ん? そんなものはどうでもいいだろう。どうせシルバーウルフの……いや、いいことを思いついたぞ」
サウスベリー侯爵はそう言って悪い笑みを浮かべるのだった。
本日10月10日に書籍版第二巻が発売となりました。今話で突然出てきたアーノルド卿が海上封鎖に出発するシーンや、報いを受けるセオドリックやクラリントンの様子なども描写されており、今後の展開に繋がる実家側の内部事情も一部、透けて見えるようになっております。
今後の続刊のためにも、ぜひお手に取っていただけますと幸いです。
また、次回更新は通常どおり、2025/10/12 (日) 18:00 を予定しております。