第153話 追放幼女、技術の壁に直面する
2025/10/06 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
金鉱山の視察を終えたあたしはその足でウォルターの工房にやってきた。
「ウォルター! いる?」
「は、はい。どうなさいましたか?」
声を掛けると、慌てた様子でウォルターがやってきた。
「あのね。トロッコ列車を作りたいんだけど、できる?」
「え? トロッコ……? 列車? とはなんでしょうか?」
「トロッコ列車っていうのはね。こんな感じで鉄のレールが二本あって、その上を鉄の車輪を持つ車両がずらっと列になってるの」
あたしは身振り手振りで説明するが、ウォルターはポカンとした表情を浮かべている。
どうしよう。通じていないみたい。ええと……そうだ!
「馬車は分かるでしょ?」
「はい」
「その、馬が引いてる車両のほう。あれが連結されてるの」
「車両を連結? それでまともに動くのですか?」
「だからさ。そのためにレールがあるの」
「???」
ウォルターは眉間にしわを寄せている。必死に理解しようとしてくれてはいるようだが、想像がつかないらしい。
「何か描くものない?」
「ええと……あれでもよろしいでしょうか?」
ウォルターはそう言ってこんもりと盛られた砂の山を指さした。
「うん。じゃあそれでいいや。ほら、こんな感じで……」
あたしはそこに絵を描いて説明する。
「ほら。こんな感じで鉄のレールと鉄の車輪を組み合わせて、ちゃんと走れるようにするの」
「はぁ……」
「ねぇ、できそう?」
「……申し訳ございません。こういったものは作ったことがなく……」
ウォルターはそう言葉を濁した。どうやらトロッコ列車を作るのは普通の鍛冶職人の仕事ではないらしい。
「そっか……ウォルターだってなんでも作れるわけじゃないもんね」
「申し訳ございません」
「ううん。いいよ。それとさ。金の精錬なんだけど」
「はい」
「今って鉱石をこっちまで運んでから砕いてるでしょ?」
「はい」
「それを、鉱山のほうでしたほうがいいってジェイク……王都から連れてきた文官が言ってるんだけど、どう思う?」
「そうしていただけるならありがたいです」
「そっか。わかった。ありがと。また来るね」
「あ、あの!」
出て行こうとするあたしをウォルターが呼び止めてきた。
「何?」
「その……採掘はいつ頃再開するのでしょうか? 今はゴブすけとボアすけが何もしていない状態でして……」
「えっ? どういうこと?」
「ゴブすけは精錬と選鉱を、ボアすけは鉱石の破砕を担当しているのですが、今は仕事がなく……」
「ならその間は別の仕事をやらせといてよ」
「それが……工事の仕事をお願いしてもやってくれず……」
そう言ってウォルターは困った表情であたしをじっと見つめてくる。
あれ? なんで? ウォルターの命令に従うはず……って、当たり前か。
「ごめん。それ、あたしが工房でウォルターの仕事を手伝えって命令したからだね」
「そういうものなんですね……」
「うん」
どうしようかな? このまま貸しててもいいけど……でも今って人手、いや、骨手不足だしね。遊ばせておくのはもったいないかな。
「今必要なのは何体?」
「現状ですとゴブすけが一体いれば十分です」
「なら残りは回収して、鉱山の工事をさせることにするよ。で、採掘が再開したらまた貸してあげる」
「かしこまりました」
こうしてあたしはウォルターのところからスケルトンを回収し、家へと向かうのだった。
◆◇◆
執務室に戻ったあたしは早速マリーに相談する。
「ねぇ、マリー」
「なんでしょうか?」
「ウォルターのところに行ったんだけど、仕事がなくてスケルトンが遊んでたんだよね」
「どういうことでしょうか?」
「それがね――」
あたしは状況を説明した。
「なるほど。お嬢様の命令に反することはできないのですね」
「うん。今って仕事のほうが多くてスケルトンが足りないでしょ? だからもっと効率的に働かせられないかなって思って。ねぇ、マリー。何かいいアイデアはない?」
「そうですね……」
マリーはじっと考える。
「毎月、何をしたかを貸し出している先に報告させるというのはどうでしょうか?」
「そっかぁ。やっぱりそれしかないよね」
「はい」
「でも、うちの住民ってほとんど字が書けないでしょ? 報告を聞くだけで一日潰れちゃわないかなぁ」
「それはそうですが……管理をしたいというのであれば仕方がないと思います」
「うーん……それもそうだね。じゃあ、ちょっと状況の調査をしてきてもらえる?」
「はい」
「あ! そうだ!」
「なんでしょうか?」
「ついでだから、アンソニーも連れて行ってよ。あの人もうちの文官なんだし、色々と村の状況を知っておいたほうがいいでしょ?」
「かしこまりました」
「うん。お願いね」
「はい。ところでお嬢様。モールトン子爵からの親書が届いたようです」
マリーはそう言って、一通の封筒を差し出してきた。
「え? モールトン子爵から? なんだろう」
あたしは封筒を受け取ると、ペーパーナイフで封筒を開けて中身を取り出す。
「……なんか、ミルンデール男爵との領境交渉で向こうの条件をまとめてくれたみたい」
「それはどのような条件で?」
「なんか、領都のミルンデールから西に十キロぐらいのところに小川が北北東に向かって流れてて、そこを領境にしてほしいんだって」
「それは……大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫って、何が?」
「魔物です。いくらお嬢様のスケルトンがいるとはいえ、すでに不足気味なのですよね? 駆除が追いつくのか……」
「うーん、でもさ。バクスリーの隣まで広げちゃうんだし今更じゃない?」
「それはそうですが……」
マリーは心配そうな表情を浮かべている。
「なんとかなるって。どのみちメレディスたちと一緒に魔物退治には出なきゃいけないんだし」
「何もお嬢様が直接出向かなくてもよろしいのではありませんか? もう騎士団がいるのですし……」
「え? うーん……それはそうだけど」
「ならば!」
「でもさ。あたしがいたほうが途中で戦力を増やせるんだし、そのほうが犠牲が少なくて済むと思うんだよね」
「ですが……」
マリーはなおも心配そうにあたしを見てくる。
うん、マリー。心配してくれてありがとう。でもさ。メレディスをそのまま魔の森に送り出すのって逆に心配なんだよね。
だって、まほイケでは好き勝手に暴れ回ってゴブリンキングを刺激しちゃったんだよ? 今のうちにゴブリンキングと戦う余裕なんてないからね。
「大丈夫だよ。無茶はしないから。あくまで道を通すために追い払うだけなんだし」
「……そうですね」
マリーはいまだに心配そうな表情ではあるが、納得してくれたのだった。
書籍版第二巻が 10/10 (金) に発売となります。それに伴い、次回更新は同日 18:00 を予定しております。