第148話 追放幼女、木剣を握る
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裏門から正門まで走り、元の空き地に戻ってきたところであたしはランニングを終えた。もう足がパンパンで、一歩も歩ける気がしない。
ただ驚いたことに、騎士たちはなんと十往復以上していたのだ。
実はずっと先頭で走っていたレスリーは九往復しかしていないのだが、それはあたしがちょうど正門に着いたあたりであたしの伴走を代わったからだ。そのあとメレディスはものすごいペースで走り始め、あたしが戻ってくるまでになんと七往復もしていた。
もちろんあたしが完全にばてていたせいでゆっくりだったのもあるかもしれないけれど……。
ちなみにウィルたちはまだ戻ってきていない。彼らは十往復しないと終わりにならないのだそうだ。
「ようし! それじゃあ素振りだ。各自、既定の回数をこなすように!」
騎士たちはぴんぴんした様子で各々、素振りを始めた。
「さあ、我が主。次は素振りですよ」
「う……」
もう立ってるのも辛いんだけど……。
「さあさあ、慣れるまでの辛抱です。それに領主たる者、後方に下がって命令をするだけでは務まりません。自ら先頭に立ち、範を示すことで部下がついてくるようになるのです」
「あ……」
たしかにそうだ。安全な後方から命令だけする奴の言うことなんて聞きたくないよね。
それにだ。いくら誓約魔法を使えば言うことを聞かせられるとはいえ、そうして自らの手を汚さないのであれば悪役令嬢オリヴィアと変わらない。
あたしはちゃんとした領主になるって決めたんだから、みんなのお手本になれるように頑張らないと!
「うん。わかった。頑張る」
「いいでしょう。さあ、こちらを」
あたしは差し出された木剣を握ってみる。ずっしりとした重みがあり、これを振り回すなんてとても考えられないけど……。
「まずは、構えてみましょう。左手と右手でこのように握ってください」
「こう?」
「いえ、違います。左手は柄頭の部分です。右手はもっと優しく」
「や、優しく?」
「力が入りすぎています。それだとスムーズに振れなくなってしまいます」
「こ、こうかな?」
「今度は肩に力が入っています」
「う……」
「背筋はもっと伸ばしてください」
メレディスはそう言うと、あたしの姿勢を矯正してきた。
……あ、あれ? なんだか真っすぐに立ててる!?
け、けど……重い!
「ああ、筋力が全体的に足りていませんね」
「じゃ、じゃあもっと軽いののほうが……」
「それで最小サイズですよ」
「えっ?」
「大丈夫です。すぐに慣れますから?」
「……」
本当に? それよりもハロルドにお願いしてもうちょっと軽いのを作ってもらったほうが……。
「我が主、軽いものを作らせようなんて、まさか考えてはいませんよね?」
「えっ?」
「ああ、よかったよかった。前に、どこぞの弱虫お坊ちゃまの指南役を依頼されたことがあるんですけどね」
「う、うん……」
「そいつはアタシが渡した瞬間に落とした挙句、すぐにそんなことを言い出しましたからね」
「そ、そうなんだ……」
ちょ、ちょっと考えてたけど……。
「さすがは我が主、根性もしっかりしている。これは将来有望ですね」
「う、うん。あたし、頑張るから」
「ええ。期待していますよ」
メレディスは真っすぐな目でそう言ってきた。
……腕、ちょっときつくなってきたんだけど。
「あ、あのさ。いつまでこの格好で……」
「まだです。いいと言うまでそのままの姿勢でいてください」
「う、うん……」
メレディスはそう言うとあたしの正面で屈み、視線を合わせてじっと見ている。
それから一分ほどが経過した。
ま、まだなの? もう限界なんだけど……。
しかしメレディスはじっとあたしのほうを見ている。
さらに一分ほどが経過した。もう腕がプルプルと震えている。
「メ、メレディス……?」
しかしメレディスは首を小さく横に振り、じっとあたしのほうを見続ける。
あ……も、もう、無理!
徐々に木剣が下がってきて――
「まだです!」
「っ!」
メレディスの鋭い声に、あたしはハッとなって立て直す。
それから一分ほどが経過し、いよいよ木剣を握っていられなくなってき――
「いいでしょう」
その声にあたしは思わず木剣を落としてしまうが、気付けばメレディスが落下する前にそれをキャッチしていた。
「あ……ありがと……」
「いえ。よく頑張りました。これだけ耐えられるなら、訓練はこの木剣で十分でしょう」
「えっ? どういうこと?」
「木剣は多少重いと感じる程度のほうがちょうどいいんですよ」
「あ、そうじゃなくって、軽いのを作らせるのってダメなんじゃないの?」
「そんなわけないじゃないですか。重すぎても軽すぎてもダメなんですよ」
「そ、そうなんだ。じゃあさっきのお坊ちゃまがダメだっていう話、もしかして勝手に重すぎるって判断するのがダメだってこと?」
「ええ、そういうことです。ちょっと辛いからって勝手なことを言うような弱虫お坊ちゃまに教えることは何もないですからね」
……そういうこと。でも、そんなことがあったのにどうしてまほイケだといい師匠をしてたのかな?
うーん? でも、そういえばニコラスって、まほイケだとメレディスのスパルタ教育のせいで自信喪失気味だったんだっけ。
ということは、メレディスってやっぱりなんだかんだ優しい人なんじゃないかなぁ。
「それじゃあゆっくり振ってみましょうか」
え? まだやるの?
「最初は速く振るのは禁止です。我が主は体がまだできていませんから、ゆっくりと。形から覚えましょう」
「う、うん」
あたしはメレディスから剣を受け取り、ゆっくりと素振りを始めるのだった。




