第147話 追放幼女、朝練に参加する
翌朝、日の出前にやってきたメレディスによってあたしは叩き起こされることとなった。
「我が主、おはようございます」
「うーん、メレディス、何? こんな朝早くから」
「そりゃあもちろん、朝練に決まっているじゃありませんか」
そう答えたメレディスの表情はキラキラと輝いている。
「朝練? こんな早くにやってるの?」
「もちろんです。早起きは三ピニーの得と言いますよね? 早起きすれば修行の時間が増え、より強くなれます。そうすれば我が主の仕事もはかどって、結果的に得をするというわけです」
「へ、へぇ、そんなことわざがあるんだ」
前世にも似たようなことわざがあった気がするけど、この世界だとちょっと意味合いが違うみたいだね。
「はい。ですから早くご支度をなさってください。遅刻なさっては示しがつきませんよ」
「……わかったよ」
時間を聞かされていないのに遅刻も何もない気がするけど……ま、いっか。そもそもこの村には時計自体がないんだしね。
「メレディス、悪いけどカレンとイヴァンジェリンを呼んできて」
「かしこまりました」
そう言ってメレディスは二人の部屋へと向かうと、まだ眠っていたらしい二人を叩き起こしてきたのだった。
◆◇◆
動きやすい服装に着替えたあたしはメレディスに連れられ、騎士団が訓練をしているという広い空き地にやってきた。するとそこには連れてきた騎士たちだけでなく、ウィルたち自警団の面々も集まっている。
彼らはあたしたちがやってきたのを見るや否や、一糸乱れぬ動きで敬礼してきた。
あ、ちょっと違うや。ウィルたちはバラバラだったけど、後ろのほうにいたからあんまり目立っていなかっただけだね。
「メレディス、もしかしてウィルたちに敬礼教えたのって最近?」
「そうですね。スカーレットフォードに着いてからですよ」
「そっかぁ。でも、やっぱりまだまだだよね?」
「そんなに目立っていましたか?」
メレディスは少し驚いた様子で聞き返してきた。
「ううん。あんまり目立ってはいなかったけど、でも動きはバラバラだったよね?」
「そうですねぇ。なるほどねぇ」
メレディスは何やら満足げな様子でそう答えた。
え? 何? どういうこと?
そんな会話をしているうちにあたしたちは整列し、敬礼している彼らの正面にやってきた。メレディスが手で小さく合図をすると、彼らは敬礼するのを止めた。
「お前たち! 本日より我らが主、オリヴィア・エインズレイ閣下が朝練にご参加くださる! より一層奮起するように!」
メレディスがものすごい大声でそう訓示した。
「我が主、何かお言葉をいただけますか?」
「え? えーと、うん」
どうしよう。何にも考えていないけど……領主としてってことだからよそ行きモードでいいのかな?
「ごきげんよう。朝からわたくしとスカーレットフォードの民を守る頼もしい皆の顔が見られ、わたくしはとても嬉しく感じていますわ。一日の始まりに良い汗をかき、充実した日を送りなさい」
あたしはそう言って、ニコリとほほ笑んだ。すると騎士たちが一斉に敬礼をしてきた。そして少し遅れてウィルたちも敬礼をする。
「ありがとうございます」
「ええ」
あたしが一歩下がると、メレディスが朝練の開始を宣言する。
「ようし! お前たち! 朝練の開始だ! ランニング!」
「「「はっ!」」」
メレディスの号令で、騎士たちは一斉に走り出した。そしてそのまま空き地の外へと向かったかと思うとそのまま右折する。
「あれ? どこ行くの? あっちは畑しかないよね?」
「見回りも兼ねて、裏門と正門の間を往復します。さあ、我が主も参りましょう。今日は私がご一緒しますよ」
「う、うん……」
あたしは軽く体をほぐし、ゆっくりと走りだした。隣にはメレディスが涼しい表情でぴったりとついて走っている。
ふう、ふう、ふう。こんな風にランニングするなんて初めてだけど……意外と楽しいかもしれない。
って、あれ? 正面から騎士たちが走ってきてる! しかも先頭がレスリー!?
レスリーたちはものすごいスピードでこちらに迫ってきたかと思うと、小さく敬礼してそのまま正門のほうへと走っていった。
す、すごい。
それからしばらく走っていると、ウィルを先頭に自警団のメンバーたちが走ってくる。
「遅い! もっとペースを上げろ!」
「へ、へいっ!」
メレディスに怒鳴られ、ウィルたちのペースが上がった。そしてあたしたちとすれ違――
「おい! 主君に敬礼しないとはどういうことだ!」
「も、申し訳ありやせん!」
ウィルたちは立ち止まり、あたしに向かって敬礼した。
「え? いい――」
「我が主、いけません。こういうところからきちんとしておかないと規律が保てなくなります」
「あ……そうだね」
「はい」
そうだった。騎士団もできて、文官も来て……いくらウィルたちが裏切れないとはいっても、もう今までのような関係じゃいられないんだった。
寂しいけれど、仕方がない。
あたしは雑念を振り払い、裏門に向かって必死に走る。それからしばらくして、ようやく裏門が近づいてきた。
はぁっ、はぁっ、はぁっ。
やっぱり歩くと遠いね。スケルトンに乗っていればあっという間なのに。
「閣下、失礼します」
突然背後からレスリーの声が聞こえてきた。
「失礼します!」
「「「失礼します」」」
続いて他の騎士たちの声も聞こえてくる。
「はぁっ、はぁっ。 もう、正門、行ったの?」
「「「はっ」」」
レスリーたちはそう言うと、追い抜きざまに敬礼をして裏門へとものすごいスピードで走っていった。そしてすぐに戻ってきて、すれ違いざまに敬礼をしていく。
は、速すぎる……!
って、ちょっと待って! レスリーたち、全然息が切れてなかったんだけど!?
あたしなんてもうへとへとなのに!
そうこうしているうちに、あたしはなんとか裏門にたどり着いた。
「ごめん、ちょっと休憩。足が……」
「……我が主、少々運動不足なようですね」
「……うん。そう、かも……」
「ですが、体の使い方は悪くありませんでしたよ」
「え? そう?」
「はい。体の軸は全くブレていませんでしたから、すぐにでもきちんと走れるようになるでしょう」
「そっか……」
「あと、呼吸もすぐに整っていますので、慣れの問題ですね」
言われて気付いたが、なぜかもう息は切れていない。
「さあ、休憩は終わりです」
「う、うん」
こうしてあたしは正門へと向かって走り始めるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/08/31 (日) 18:00 を予定しております。