第143話 追放幼女、貴族流のおもてなしをする
自室に戻ると、カレンとイヴァンジェリンが準備をして待っていた。用意されていたのは鮮やかなレッドのドレスで、アクセサリもずらりと並んでいる。
「男爵閣下、お帰りなさいませ」
「ええ」
あたしが腰かけようと椅子のほうに歩いていくが、なんとイヴァンジェリンがそれを制止してくる。
「いけませんわぁ。まずは、湯あみをなさらないと」
え? 今から湯あみ? さすがにそんな悠長なことをしている余裕はないと思う。
「イヴァンジェリン、わたくし、すぐに出頭するように命じてしまいましたわ」
「ええ。マリーさんより伺っておりますわぁ」
「じゃあ!」
「あら、その者たちを追い出すおつもりですはないんですのぉ?」
「え、ええ。そうですわね」
「しかも相手は騎士爵と平民だと伺っておりますわぁ。それなら、たっぷり待たせてやったほうが良いですわぁ」
「え?」
「先触れもなく、男爵閣下のご都合も考えぬ連中など本来は相手にする必要などございませんわぁ」
そ、そうなの?
そりゃあ、セオドリックたちが押しかけて来たときはそうやって嫌がらせをしてやったけど、今回はあたしが呼び出したんだし……。
「閣下はお優しすぎですわぁ」
そう、なのかな?
あたしはちらりとカレンのほうを見る。
「わたくしもイヴと同じ意見ですわ。無礼にも程がありますもの」
「……」
うーん。たしかに勝手に来て、侍女を押し付けようだなんて無礼ではある。
……うん。そうだね。これは二人が正しいのかもしれない。
「ええ、そうですわね。そうしますわ」
「はぁい。では、こちらですわぁ」
こうしてあたしは浴室へと向かうのだった。
◆◇◆
オリヴィアがゆっくりと身支度をしているころ、屋敷を訪ねて来たアナベラたち五人は応接室に案内されていた。
「男爵閣下は今、身支度をしています。こちらでお待ちください」
案内をしたフィオナはそう言い残し、部屋から退出していく。扉が閉まったのを確認すると、すぐにジャネットとクロエが口を開く。
「あーあ。やっと?」
「ね。ホント長かったわ。あとは気に入られればいいのよね?」
「ジャネットさん、クロエさん、なんですか? その言葉遣いは」
いきなり愚痴をこぼした二人をアナベラが鋭い目つきで窘める。しかし二人は相変わらずだ。
「事実じゃないですか~」
「そうですよ~?」
「ここはお嬢様の、男爵閣下のお屋敷なのですよ? どこで誰が聞いているか!」
「大丈夫ですって。人がいないのなんて分かりきってるじゃないですか~」
クロエが小馬鹿にしたようにそう反論した。
「そもそも、すでに侍女の方がいらっしゃるのですよ? そこに割って入る――」
「はぁ? そんなの知らないですよ。大体、アナベラさんが一人で会いに行って失敗したせいなんじゃないんですか?」
「そうですよぉ。アナベラさんの失敗をこっちに押し付けないでくださいよ」
クロエとジャネットは二人でアナベラを馬鹿にする。
「あの、二人ともそのくらいに――」
「アシュリーは黙ってて」
「う……」
仲裁に入ろうとしたアシュリーだったが、クロエにぴしゃりと言われて噤む。すると見かねたハーマンが止めに入る。
「二人ともいい加減にしなさい。お嬢様はエインズレイ家のご息女だ。その侍女になろうとする者がそんな態度でどうする」
「はーい」
「ごめんなさ~い」
二人の軽い返事に、ハーマンは大きなため息をつくのだった。
◆◇◆
それから一時間ほどが経過した。オリヴィアがやってくる気配はまるでない。
最初は文句を言っていたクロエたちだったが、今は木の椅子の硬い背もたれに寄りかかってぐったりしている。
「はぁ。いつまで待たせる気?」
「いくらなんでも、失礼すぎじゃない?」
「もう! こんな奴ならパパに言って潰――」
「クロエさん?」
ハーマンが低い声で呼び掛け、ギロリと睨んだ。
「ひっ!?」
「今なんと?」
「い、いえ……何でもないです」
「そうですか。それなら良かったです」
「は、はい……」
クロエは硬い表情で俯く。
「クロエさんの役目は何か。覚えていますね?」
「も、もちろんです」
「しっかり、頼みますよ」
「はい……」
クロエはそのままじっと自分の手元を見つめる。
それから一時間ほどが経過すると、じっと押し黙っていたクロエが急にもじもじし始めた。
「う……あの……」
「どうしましたか?」
「ちょっとお手洗いに……」
「私も……」
クロエがそう言って立ち上がると、ジャネットもそれに同調した。
そうして部屋から出て行こうと入口のほうへと向かったちょうどそのとき、扉がノックされた。すぐにフィオナの声が聞こえてくる。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイ閣下がいらっしゃいました」
すると、アナベラとハーマン、そしてアシュリーはすぐに立ち上がり、扉に向かって礼を執った。一方のクロエとジャネットは小さく「うわっ、最悪」と呟くが、それでも慌てて礼を執る。
ゆっくりと扉が開かれ、メレディスにエスコートされた赤いドレス姿のオリヴィアが入ってきた。その長い黒髪はしっかりと結い上げられ、上品なアクセサリと相まってまさに小さなお姫様といった表現がぴったりだ。
それを見たクロエとジャネットは眉を顰める。
その後ろには胸元にブローチを付けたカレンとイヴァンジェリンが付き従い、さらにその後ろからは帯剣したレスリーとロイドが続く。
五人が入室したのを確認し、フィオナはすぐに部屋から出て行った。
一方のオリヴィアはというとアナベラたちには目もくれず、そのまま自分のソファーに腰かけたのだった。
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