第142話 追放幼女、事情聴取をする
一通りの視察を終え、執務室に戻ってしばらくするとマリーとアナベラがやってきた。
「男爵閣下、お召しによりまして参上しました」
「ええ。それじゃあさっそくだけど、すべて話してちょうだい」
「かしこまりました。ご承知のとおり、私はラグロン男爵閣下のご命令でマリーお嬢様の縁談を持って参りました」
「ええ。でも、それだけではありませんわね?」
「はい。マリーお嬢様が離れた場合、男爵閣下の身の回りのお世話をする者がいなくなってしまうため、侍女候補の側仕えを三名、パーシヴァル家より連れて参りました。ただ……」
「ただ?」
「こんなことを私が申し上げるのは心苦しいのですが、二名は少々資質に欠けるかと……」
はい? どういうこと? 侍女候補として連れてきていながら、資質に欠けるって……さすがにあたしのことを馬鹿にしすぎじゃない?
「そんな者たちをわたくしに?」
「申し訳ございません。私は人選には関与出来ておらず。ただ、魔の森の中の開拓村と聞いて人材が集まらなかったようでして……」
「そう」
ま、それはそうかもね。実際、あたしが来るまでは滅びかけてたわけだし。
「では、その騎士というのは?」
「彼の名はハーマン・ルーワース、サウスベリー侯爵騎士団の騎士爵です」
「騎士爵ということは、貴族ですの?」
「はい。フラトン男爵のご次男で、土属性の精霊魔法をお使いになります」
「そう。では、彼をわたくしの護衛騎士に?」
「いえ。ハーマン卿の任務は私とマリーお嬢様をラグロンまで無事に送り届けることと聞いています」
「そう……」
なるほどね。要するにマリーを体よく引きはがして人質にして、その代わりにあたしの側にはスパイを置いておこうってわけだ。
騎士を置こうとしなかったのは、前回やられて懲りたのかな?
それとも身の回りを固めれば必要ないって思われたのかな?
いずれにせよ、かなり舐めた提案なことは間違いない。
「それはラグロン男爵閣下の指示ですの? それとも、サウスベリー侯爵からの?」
「私が受けた指示はすべてラグロン男爵閣下からです。サウスベリー侯爵閣下からのご指示があったかどうかまでは存じ上げません」
「そう……」
そりゃそうだね。
「マリー、どう思う?」
「はい。ほぼ間違いなく、サウスベリーからの指示だと思います。ただ、その指示を出したのが本当にサウスベリー侯爵なのか、それともブライアンなのか、それともまた別の誰かなのかまでは分かりません」
「そっか……ところでブライアンって誰だっけ?」
「エインズレイ家の家令で、サウスベリー侯爵領の代官も兼任しています」
「あれ? ……ああ、どこかで聞いたことあると思ってたけど、身代金の受け取りのサインをしたときの相手方の名前がブライアンだったね。フルネームは……たしかブライアン・ラス、だっけ?」
「はい。よく覚えてらっしゃいましたね」
「うん。差出人がアドルフ・エインズレイじゃなくて不思議に思ってたんだ。だから記憶に残ってたんだよね」
「左様でしたか。ちなみに、お嬢様はブライアンと一度だけ、直接お会いになられたことがあります」
「そうなの?」
「はい。お嬢様に爵位譲渡証明書を持ってきた男がブライアンです」
「ああ、あの執事っぽいおじさんね」
なるほどねぇ。
ま、ブライアンが誰かはともかくとして……うん。さすがにこれは断ろうかな。
「アナベラ、わたくしには王妃陛下よりお貸しいただいた侍女がいますから、侍女は必要ありませんわ。もちろん女家庭教師も」
「……はい」
アナベラは複雑そうな表情で俯いた。
あれ? これってもしかして、あたしが受け入れないと何か困るのかな?
……ああ、うん。そりゃそうだよね。あいつら、何をしでかすかわからないし。
どうしよう。マリーが悲しむ姿は見たくないけど……かといって……うーん。もう少し話を聞いてみようかな。
「アナベラ、その三人はどういった素性の者たちですの?」
「三人とも平民ですが、サウスベリー侯爵領にある商会長や商会幹部の娘などで、身元は確かです」
「商会……タークレイ商会ですの?」
「そうではないと聞いていますが、サウスベリー侯爵領の商会であれば大抵はタークレイ商会かその系列の商会と取引がございます。ですので無関係ということはないでしょう」
「そう……」
どうしようかな。タークレイ商会の関係者ってことは、明らかに敵側の人たちだよね。
とはいえ、マリーの乳母がひどい目に遭って、マリーが悲しむ姿は見たくないし……。
「要するにアナベラは、なんとしてでもその者たちをわたくしの侍女にしろと、そう命じられているんですのね?」
「……はい。仰るとおりです」
アナベラは苦々し気な様子でそう答えた。
「そして、それができなければ何かしらの不利益があるのですわね?」
「……」
アナベラは答えず、さっと視線を逸らした。
ああ、そっか。これ、もしかするとクラリントンのようなことがあってもおかしくないといってことだよね?
だったら!
「……仕方ありませんわね。チャンスを与えます。その三人に、今すぐ出頭するように命じなさい。その場にはハーマン卿も同席すること。いいですわね?」
「感謝いたします」
「では下がりなさい」
「はい。失礼いたします」
アナベラはマリーと同じ礼を執り、執務室から出て行った。
「お嬢様、なぜ騎士まで同席させるように命じられたのですか?」
「うーん、根拠はないんだけど、なんとなく全員いたほうがいい気がしたんだよね。とりあえず、マリーはカレンとイヴァンジェリンに、ドレスの準備をするように伝えてきて」
「かしこまりました」
マリーはそう言うと、執務室から退出していく。あたしは急いで手紙を書いてBi-61に括り付け、メレディスのところへと飛ばすのだった。
次回更新は通常どおり、2025/07/27 (日) 18:00 を予定しております。