第139話 追放幼女、授業を受ける
翌朝、あたしは約束どおりローレッタの授業を受けることになった。
「お嬢様、本日より授業を始めます。言葉遣いも含め、今後は気を付けていただきます」
「うん」
「お嬢様! なんですか? その言葉遣いは。レディがそのように乱暴な言葉遣いをしてはなりません」
「う……そうですわね。気を付けますわ」
「よろしい。では、まずはお嬢様の現在の進み具合を確認させていただきます。文字の読み書きと計算については問題ないとは思いますが、念のために基礎問題から解いていただきます」
「……ええ」
思わずうんと言いかけたのをなんとかこらえ、あたしは問題に取り掛かる。
さすがにこんなのは簡単だよ。
「終わりましたわ」
「……完璧です。では、次のレベルを解いてみてください」
こうしてあたしはローレッタの用意した問題を次々と解いていく。
やっぱり簡単すぎるね。論説文の読解なんて普通に読めばわかるレベルだし、計算問題は前世でいうところの小学生くらいなんだもん。
前世は病院暮らしだったけど、ベッドの上でちゃんと授業を受けていたからね。
「……完璧です。まさか学園卒業レベルの基礎学力をお持ちとは……」
「え? そうなの?」
「お嬢様!」
「……ごめんあそばせ」
「……お嬢様、言葉やマナーには常にお気を付けください。そうでないといつか、大事な場面でミスをすることになります」
それ、マリーにも同じこと言われたね。気を付けないと。
「気を付けますわ」
「そうなさってください」
ローレッタはそう言って表情を緩めた。
「次は歴史と正統性についてです。こちらの問題を解いてください」
「ええ」
あたしは順番に問題を解いていく。
これも大体知ってるかな。サウスベリーにいたころに読んだ本に書いてあったね。
「できましたわ」
「……素晴らしいです」
へへっ。常識問題な気もするけど、それでもテストでいい点が取れると嬉しいよね。
「家系と紋章についてです」
ううん。それは自信ないなぁ。そういうのはサウスベリーにいたころに読んだことなかったし。
あたしは知っているものだけを答えた。
「……なるほど。貴族家については重点的に学習していただきます。次は外国語ですが、習ったことのある言葉はございますか?」
「ありませんわ」
「なるほど。では、次は……」
それからあたしは神学、音楽、ダンス、刺繍、さらには礼儀作法に至るまでみっちりとテストされたのだった。
◆◇◆
午後になり、ようやく授業から解放されたあたしは村の巡回に出掛けることにした。
今日はウィルも来る予定になっているので、自室で待っているのだが……。
コンコン。
「我が主、お待たせしました」
「あれ? メレディス? 入っていいよ」
「はい」
扉が開き、メレディスが入ってきた。
「どうしたの?」
「ウィルを連れてきましたよ」
「ありがとう。カレン、イヴァンジェリン、わたくしは巡回に行ってまいりますわ。夕方まで戻りませんから、それまでは好きにしてちょうだい」
「かしこまりました」
「いってらっしゃいませぇ」
あたしは二人に見送られ、自室から出る。するとそこにはなぜかまるで生まれたての小鹿のように足をプルプルさせているウィルの姿があった。
「……ウィル、どうしたの? 何かあった?」
「い、いえ……なんでもないっす」
「そう? なんか足、震えてない?」
「それは……その……」
「我が主、それはこいつが軟弱だからですよ」
「へ? 軟弱? ウィルが?」
あたしはまじまじとウィルの顔を見上げた。するとウィルは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「自警団の連中もちゃんと使えるようにしないといけませんからね。スカーレットフォード騎士団の団長として、みっちりしごいてやっただけですよ」
「そ、そうなんだ……」
「ええ。どうもこいつらは我が主に甘えて、ろくに訓練もしてなかったようでしてね。そのおかげでこのザマです」
「……メレディス。あのさ」
「はい。なんですか?」
「一体どんな訓練をしたの?」
「おっ? 興味がおありで!? ならばぜひ、明日の訓練を視察してください。朝練、午前練、午後練とやってますよ!」
えっ!? 一日に三回も!? すごいハードなんだね。
「うーん、でも午前中はローレッタの授業があるし、午後は政務があるから……」
「なら朝練ですね! 明日、日の出と共にお迎えに上がりますよ!」
「う、うん……」
「いやぁ、我が主に見ていただけるなら、きっと連中の士気も上がりますよ」
「そうなの?」
「もちろんですよ。それより、巡回でしたね! さあ、参りましょうか!」
こうしてあたしたちは歩き出したのだが……やっぱりウィルの足取りがおかしい。
「ウィル? 大丈夫?」
「へ、へい。大丈夫っす」
「でも……」
「我が主、心配は無用ですよ。単にへばってるだけですから」
「そうなんだ」
あんなに逞しいのに、それでもこんなにへばっちゃうなんて……ホントにハードな訓練をしてるんだね。
「大丈夫ですよ。すぐに慣れますから」
「そうなの?」
「はい。そういうものです」
「そっか。ウィル、頑張ってね」
「へ、へい……」
ウィルは引きつったような表情でそう答えたのだった。
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