第138話 追放幼女、陰謀を聞きだす
「ジェイク、大丈夫?」
「……問題……ありません……」
「本当に?」
あたしはジェイクの表情を覗き込む。
うーん。これってやっぱりあれだよね。
「ねえ、ジェイク。魔の森でも苦しそうにしてたよね。そのときと同じ感じ?」
「……はい。閣下、何か心当たりが?」
「うーん。あると言えばあるかなぁ」
「そ、それは一体……」
それ、自分の胸に手を当ててみたほうがいいんじゃないかなぁ。
ま、いいや。ちょっと話を聞かせてもらおうかな。
「ねぇ、ジェイク」
「はい」
「あのね。マリーに行ってもらったところって、鍛冶屋なんだ」
「鍛冶屋……でございますか。それとこの症状に一体なんの関係が……」
ジェイクの表情が和らいだ。
「あのね。そこでは、うちで採掘した金の精錬もやってもらってるんだ」
「っ!?」
ジェイクは目を見開き、すぐに苦悶の表情を浮かべた。
「うっ……ぐぅぅぅぅ」
ジェイクはそのままがっくりと膝をついた。
はぁ。確定だね。
「ジェイク、正直に答えなさい。お前は騎士じゃなく、文官だよね?」
「い、一体何のうがっ!? くっ……そのとおりです。はぁっ、はぁっ、はぁっ」
絞り出すようにそう答えたジェイクはうなだれている。
「な……わ、私は一体……」
「じゃあさ。王様の狙いは何? わざわざ同行したのは王様の命令だよね?」
「そ、それ……は……ぐぅぅぅぅ」
ジェイクは床で身を縮め、懸命に言うまいと耐えている。
「やっぱり金鉱山を王様に渡すため?」
「ぐ……そ、その……とお、り……です……」
「他には?」
「……」
ジェイクは無言のまま、苦悶の表情を浮かべている。
「本当にそれだけ? 正直に話して」
「……サウ、ス……ベリ……侯爵家を……手に入れる……こと、です」
「あ、そういうことか。じゃあ、ニコラス殿下があんなにしつこく誘ってきたのも同じ理由?」
「その……とおり……です……」
なるほどね。で、ニコラスは失敗した、と。だからメレディスはあんなことを言っていたんだ。
「じゃあさ。もしかして騎士たちの中の誰かをあたしの夫にしようとしてたりする?」
「……はい」
「はぁ。やっぱりねぇ。他には?」
「いえ……ございません」
うん。思ったよりも単純だったね。もうちょっと色々と考えると思っていたけど。
「な、なぜだ……大事な密命を……私は……」
一方のジェイクは絶望しているのか、青い顔でそんなことを呟いた。
「はぁ。なんでって、当然でしょ?」
「当然? なぜ当然なのですか! 陛下を裏切るうっ!?」
ジェイクは再び苦しげな表情を浮かべた。
「あのさ。ジェイクは神様に誓ったでしょ?」
するとジェイクははっとした表情でまくし立ててくる。
「そ、そうか! やはりっ! あのとき! あの叙任式のときに呪いをう゛っ!?」
すぐにジェイクは苦悶の表情へと逆戻りした。
「呪いなんて掛けてないよ。そんなことするわけないじゃない」
「で、ではこれは一体……?」
「え? だからさ。ジェイクが自分で神様に誓ったんじゃない」
「は?」
今度は怪訝そうにあたしの顔を見つめてくる。
「自分が神様に誓ったことを破ろうとしたんだもん。そりゃあ、苦しくなるのは当然でしょ?」
「な……な……そんな……馬鹿なことが……」
「今、体験したでしょ?」
「う……」
「大体さ。あたしはちゃんと確認したよ。ちゃんと、ジェイクが自分の意志で忠誠を誓うのかって」
「それは……叙任式という儀式で……」
「それにさ。一回宣誓したらもう撤回できないけどいいのか、とも確認したよね?」
するとジェイクの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「ま、まさか……私は一生……」
「うん。そのまさかだよ」
「そんな……うっ!?」
ジェイクは再び表情を歪めた。
「だからね。悪いけどジェイクには、あたしとスカーレットフォードのために働いてもらうよ。それがたとえ王様を裏切ることになったとしてもね」
「く……」
先に乗っ取りを仕掛けてきたのはそっちだもん。あたしは大事なみんなを守るためなら容赦しないよ。
「主として命じます。ジェイク、あたしの忠臣として全身全霊を尽くしなさい」
「ぐ……かしこ……まり……ました」
ジェイクは苦悶の表情を浮かべたまま、絞り出すように返事をした。
「うん。じゃあ、よろしくね。そういえばアンソニーも文官なんだよね?」
「はい」
「じゃあ、メレディスに言っておくよ。二人は文官としてあたしのほうで引き取るって」
「……はい」
「じゃあ、隣の空き部屋を二人の執務室として使って。必要なものはサイモンかアンナに言えば手配してもらえるから」
「……かしこまりました」
「じゃ、今日の政務は終わり。下がっていいよ」
「……はい。失礼します」
そう言うと、ジェイクはフラフラと執務室から出て行った。それと入れ替わるようにマリーが戻ってくる。
「ただいま戻りました」
「おかえり。どうだった?」
「はい。想定したよりも産出量がかなり落ち込んでいました。冬の間に川が完全に凍ったことが原因だそうです」
「そうなんだ。薪で溶かすわけにはいかなかったの?」
「それをすると暖房用の薪が足りなくなるそうです」
「そっか。ならいっそのこと、冬の間はお休みにしてもいいかもね。シルバーウルフの毛皮もあるし、予算は当面大丈夫でしょ?」
「はい。そうですね」
「あ、そうだ。試しに一枚だけ、売りに出してみようかな……て、あれ? よく考えたら、王都に持って行って王妃陛下に献上すれば良かったね」
「そうですね」
マリーはそう言ってクスリと笑った。
あ……マリーのこの笑顔。久しぶりに見たかも……。
そう思ってじっと見ていると、マリーは不思議そうな表情になった。
「お嬢様? どうなさいましたか?」
「え? あ、ううん。なんでもない。なんとなくマリーの顔を見ていただけだから」
「そうでしたか。では、こちらが産出量のまとめです」
「ありがと」
あたしは書類を受け取り、目を通す。たしかに今までのペースと比べると月の産出量が三割ほど少ない。
「うーん。とりあえず、ビッターレイに連絡してみようかな」
「はい」
コンコン。
と、突然扉がノックされた。
「誰?」
「ローレッタです。本日の政務は終わったとお聞きして、参上しました」
「うん。どうぞ」
「失礼します」
すぐにローレッタが入ってきた。
「……マリーさんも政務ですか?」
素っ気なくそう聞いてきたので、あたしは思わず割って入る。
「そうだよ。マリーには留守の間のことを調べてもらっていたの」
「はて? 先ほどジェイク卿から、アンソニー卿と二人で政務に就かれるとお聞きしましたが?」
「え? あ、うん。それは手伝ってもらうつもり――」
「っ」
息を呑む音に、あたしはマリーのほうに慌てて顔を向ける。
「マリー?」
「いえ、なんでもありません。私はチャップマン商会のところに行ってまいります」
「え?」
「失礼します」
マリーはそう言ってそそくさと退室していってしまった。
「あ……」
「お嬢様、こんなことを申し上げるのは差し出がましいとは存じておりますが、あまりジェイク卿を信用しすぎるのは……」
……マリーはダメ、ジェイクもダメ。じゃあ誰ならいいわけ?
はぁ。きっと、いくらでも代わりがいるところで生きてきたんだろうね。だからきっと今いる人だけでどうにかしないといけないあたしの気持ちなんて分からないんだと思う。
「うん。でも大丈夫だよ。ジェイクたちはちゃんと仕事をしてくれるはずだから」
「……お嬢様」
ローレッタは困惑したような表情を浮かべている。
あーあ。本当に面倒くさいなぁ。だけど王様を牽制するには王妃陛下は必要だし……うん。とりあえずうまく誤魔化しながら付き合うしかないね。
そもそもローレッタは王妃陛下の侍女で、あたしに忠誠を誓っているわけじゃない。それにいつかはあちらに帰っていく人だから、騙して誓約させるわけにもいかない。
……うん。誓約のことは秘密にしておこう。
「分かってるから。でも、スカーレットフォードを大きくするにはジェイクたちの力だって必要なの。だから領地経営に口を挟んでくるのはもうやめて」
「……かしこまりました。では、明日より授業を入れてもよろしいですか?」
「うん。いいよ。でも午前中だけね。午後は領地を見て回りたいから」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
ローレッタはそう言うと、執務室から退出していった。
はぁ。面倒だなぁ。やっぱりローレッタたちも断ったほうが……ううん。違う。これは必要なことだ。頑張って勉強して、ちゃんとマリーを守れるようにならないと!
……はぁ。マリー、やっぱりお嫁に行っちゃうのかな?
引き留めたいけど……でもそれってあたしのわがままだよね? それでマリーが幸せになれるなら……。
憂鬱な気分になり、あたしは大きなため息をつくのだった。
次回更新は通常どおり、2025/06/29 (日) 18:00 を予定しております。