第137話 追放幼女、溜まった執務をこなす
最初の書類は作付けの計画のようだ。メレディスたちが来たし、人数が増えてるけどこの計画で大丈夫かな? あとでボブに確認しないと。
次は……メレディスたちの家の建設の報告書だ。
へぇ。とりあえず突貫工事で木造の小屋を建ててくれたんだ。それから要望を聞いて、どういう家を建てるのかを相談するって感じにしてくれたみたい。
それと水堀の工事は難航中みたい。担当はウィルだし、現地を見ながら説明してもらう。
あ! 水道も拡張しないといけないのか。これは気付かなかった。たしかに人口が増えたら水汲み場も混みそうだし、いっそのこと各家庭に引き込んじゃったほうが良かったりするのかな?
前世では蛇口をひねると水が出たけど……あれ? そういえば蛇口って見たことないような?
王都にもなかったし……あ、でもサウスベリーには水道があるって言ってたね。
「マリー、サウスベリーの水道って」
……そうだった。
なんだか調子が出ないなぁ。はぁ。
小さくため息をつくと、突然扉がノックされた。
「誰?」
「閣下、ジェイクでございます」
「入っていいよ」
「失礼します」
扉が開き、すぐにジェイクともう一人の若い男が入ってきた。
えーっと……たしか、アンソニー、だったかな。
「どうしたの?」
「はい。閣下が政務を行われているとお聞きしまして、何かお手伝いができないかと参上しました」
「そういえばジェイクは詳しいんだったね」
「はい。実はアンソニーも書類仕事が得意でして、お役に立てるかと」
アンソニーは胸に手を当て、頭を下げる。
「そっか。うん。分かった。じゃあ、そっちの机に積み上がっている書類を確認して、内容別に分類してくれる? あたしがサインするだけのやつと、考えないといけないやつ。あ、あと陳情も別にして」
「かしこまりました。お任せください」
二人は立ったまま書類を確認していき、あっという間に分類を終えた。あたしはその間に、サインするだけでいいものの中身を確認し、サインしていく。
そうしてすべての書類にサインしたところでジェイクが声を掛けてくる。
「閣下、帳簿はございますか?」
「これだよ」
あたしは自分の執務机の中から帳簿を取り出した。
「拝見しても?」
「いいよ。でも、誰かに教えちゃダメだからね」
「もちろんです」
ジェイクはあたしから帳簿を受け取り、パラパラと確認していく。
「閣下、帳簿の記帳が追いついていないようですが……」
「それはあたしたちが出掛けていたからだね」
「なるほど。予算はどのように管理なさっていますか?」
「その都度かな。まだ税とかも安定していないし」
「……そうですか。ですがこれですと、かなりの赤字を計上することになりそうですね」
「ん? どういうこと?」
「はい。たとえばこちらをご覧ください」
ジェイクはそう言って、バクスリーへと向かう街道の建設計画書を出してきた。
「チャップマン商会という商会からかなりの物資を購入する計画になっています。ですが、その費用はどこから出す予定なのでしょうか?」
「え? ああ、そういうこと。それは大丈夫だよ。チャップマン商会はあたしの商会だから」
「へ?」
「ほら。サイモンっていたでしょ? 王都まで連れて来た」
「はい」
「彼がチャップマン商会の会頭なの。それと、ジェイクたちを家まで案内したアンナがサイモンの奥さん」
「なるほど。ですが、会計は独立しているのですから、支払いは発生しているのでは?」
「うん。それはそうだけど、チャップマン商会にはあたしに支払うべきお金もあるからね。わざわざお金のやり取りをする必要もないから、そこで相殺してもらってるよ」
「なんと! 閣下、商人をそのように信用されては!」
「だから、大丈夫だって」
サイモンもアンナも誓約をしているんだもん。詐欺も持ち逃げも横領もできないよ。
「……閣下」
そう言ってジェイクは小さく眉をひそめた。
「うっ……」
気付けば、アンソニーがなぜか苦し気に胸を押さえている。
「あれ? 体調悪いの?」
「……う……ぐ……」
何やらアンソニーの額から汗がダラダラと噴き出している。
「アンソニー、下がりなさい。その様子じゃあ、手伝うも何もないでしょう?」
「……はい。かしこまりました」
アンソニーはそう言って、よろよろと立ち去っていった。
「閣下、商会のことは……」
「大丈夫だよ。ちゃんとできてるから。それより――」
コンコン。
あ! この感じ、たぶんマリーだ。
「入って」
「失礼します」
扉が開き、マリーが入ってきた。
「おかえり」
「ただいま戻りました。お嬢様、ありがとうございます。おかげで久しぶりに話すことができて嬉しかったです」
マリーは晴れやかな顔でそう言った。
「それでは、すぐに仕事に取り掛かります。まずは書類の整理を……あれ? 私の机に書類が積まれていたの思うのですが……」
「うん。そうなんだけど、ジェイクとアンソニーが手伝ってくれたんだ」
「そうでしたか……」
マリーはそう言うと、寂しげな表情を浮かべた。
「あのさ、マリー」
「はい。なんでしょう?」
「書類の整理はいいから、ウォルターのところに行って留守の間の記録を貰ってきてくれない?」
「はい。かしこまりました。失礼します」
マリーは普段どおりの表情に戻り、頭を下げるとすぐに退室していった。
……あれ? なんであたし、またモヤモヤしてるの?
「閣下」
「何?」
「マリー嬢は閣下の乳母だと記憶しておるのですが……?」
「うん。そうだよ」
「では、なぜ乳母が文官のような仕事を?」
「だって、他に文字を書ける人がいなかったんだもん」
「なるほう゛っ!?」
ジェイクは突然苦し気に顔を歪めた。
「……ジェイク。大丈夫?」
「は、はい……」
そう言いつつも、ジェイクの表情は苦し気なままだ。
……あれ? さっきのアンソニーといい、これってもしかして!?
次回更新は明日 2025/06/22 (日) 18:00 となります。
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