第135話 追放幼女、部屋に案内する
2025/06/20 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
あたしはまず、ローレッタを部屋に案内する。
「ここがローレッタのお部屋。自由に使っていいよ」
「ありがとうございます」
「うん。必要なものはさっきのアンナかその旦那のサイモンに言って。そうすればビッターレイまで買い出しに行ってきてくれるから」
「かしこまりました」
「じゃあ、今日はゆっくり休んでね。次は三人のお部屋だね」
あたしが回れ右をしようとしたのだが、ローレッタが慌てて呼び止めてくる。
「お嬢様、お待ちください!」
「何?」
「明日のご予定は? すぐにでもお勉強を始めていただかないと」
「え? もう?」
「当然です。急いで遅れを取り戻していただかないと」
「うーん、それもそうか。でも明日はさすがに無理かな」
「なぜでしょう?」
「だって、例のお客さんの対応もしないといけないし、あたしが留守にしてた分の決裁もしないと」
「えっ?」
「それにアンナじゃできなかった分もたくさんあるだろうからさ。マリーと手分けして確認しないと」
「お嬢様、それは一体どういうことですか? まさか、マリーさんが政務に口出ししているのではないでしょうね?」
「えっ? 口出しも何も、マリーがいないとウチ、回らないんだけど……」
するとローレッタは眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。
「よろしいですか? 乳母が政務に関わるなど論外です。乳母の仕事はあくまで、子供を養育することです。それ以外のことに口出しをしては領地が乱れてしまいます」
「そうなんだ。でも他に読み書きや計算ができる人がいないんだから仕方ないと思うんだけど?」
「そうかもしれませんが、それでも乳母はいけません。私情が挟まることで正しい判断ができなくなります」
「……そう。分かったよ。でも、今マリーに外れてもらうなんて無理だから」
「ですが!」
「じゃあさ。もしマリーに外れてもらったとして、スカーレットフォードの経営がガタガタになったらどうするの?」
「それは……」
「ローレッタが保証してくれる? それとも王妃陛下が?」
「そのようなことは……」
「でしょ? だったら領地経営には口出ししないでほしい。そもそもローレッタはあたしの先生だけど、それは淑女としての先生であって領地経営の先生じゃないでしょ? 乳母が政治に口を出すのがダメなら淑女の先生が政治に口を出すのもダメなんじゃないの?」
「それは! 私は一般常識の話を――」
「もういいよ。大体、ここは開拓村なんだよ? 人がいない状態でなんとかやり繰りしてきたんだから、いきなり変えられるわけないでしょ。貴族の常識かもしれないけど、そのせいでスカーレットフォードがダメになるなら、そんなのいらない。そもそも民を守るのが領主で、そうするから貴族なんでしょ?」
「っ!」
「じゃ、そういうことだから。カレン、イヴァンジェリン、フィオナ、行くよ」
あたしは絶句しているローレッタを置いて、自室のほうへと向かうのだった。
はぁ。もしかしてローレッタを受け入れたの、失敗だったかな?
でも王様はもっと信用できないし、そんな状況で王妃陛下とまで敵対したら交易が全部止まって干上がっちゃうもん。
はぁ。どうにか上手くやらないと。
◆◇◆
オリヴィアは食事を済ませ、そのまますぐに眠りについた。向かいの部屋にいるカレンたちもベッドに潜り込んでいるのだが、なんと掛け布団の上に持参した毛皮のコートまで掛けている。
「ううっ寒いですわ。なんなんですの? この部屋」
「まさか暖炉もないとは思いませんでしたわぁ」
カレンとイヴァンジェリンはそう愚痴をこぼす。
「フィオナは寒くないんですの?」
「え? あたしは別に……」
「そう。慣れてらっしゃるのね。そういえばお宅も似たような感じでしたわね」
「苦労を感じないで済むなんて、羨ましいですわぁ」
「え? そんなに羨ましいんですか? でもこれが普通でしたし……」
「はぁ。フィオナはとっても素直でいらっしゃいますわね」
「はい。よく言われます」
するとカレンとイヴァンジェリンは同時にため息をついた。
「え? ど、どうしたんですか?」
「イヴ、わたくし、ダメかもしれませんわ」
「カレン、しっかりなさって。わたくしがついていますわぁ」
「ありがとう存じますわ。わたくし、イヴがいてくれて心強いですわ」
「わたくしもカレンと一緒なら頑張れますわぁ」
カレンとイヴァンジェリンはそうしてお互いを励まし合っている。一方のフィオナは目をぱちくりさせてはいたものの、やがてそのまま目を閉じたのだった。
◆◇◆
一方、ハーマンたちが宿泊している宿のダイニングルームにはハーマンとアナベラの姿があった。
「アナベラさん。アンナ殿より、明日男爵邸に出頭するようにとの命令がありました」
「そうですか。いよいよですね」
「上手くいきそうですか? ウィル殿の話によると、お嬢様は王都でかなりの人数をリクルートしてきたそうです。その中にはメイドもいたとか」
「そうですか。それは困りましたね」
「ですが、お嬢様がマリーお嬢様と一緒にいないことに首を傾げていました。きっと侍女をつけ、乳母離れを始めたのでしょう。チャンスはそこにあるかもしれません」
「そうですか。それはいい話を聞きました」
「よろしく頼みますよ」
「……最善を尽くします」
アナベラは険しい表情でそう答えると、小さくため息をついたのだった。
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