第133話 追放幼女、再びシルバーウルフに襲われる
バクスリーを出発してから四日後、あたしたちはシルバーウルフの生息地にやってきた。
「みんな、ここからはシルバーウルフが出るエリアだよ」
するとメレディス以外の騎士たちの表情が強張る。
「へぇぇ。いよいよアタシの出番ってわけか」
「え? うーん、たぶんないんじゃないかなぁ」
「えっ!?」
「だって、スケルトンたちが先に見つけて倒しちゃうから」
「そんな……」
シルバーウルフと戦えるのを期待していたのか、メレディスはがっくりとうなだれた。
「メレディスさん、ダメだよ。私たちの仕事は閣下をちゃんとスカーレットフォードまで安全に送ることなんだよ?」
「そりゃあ分かってるけどよ……」
よほど戦いたかったらしい。
あたしたちはもう見慣れちゃったけど、そういえばものすごく珍しいんだっけ。
「まあ、警戒網を抜けてくるかもしれないし、そのときはよろしくね」
「ええ! ぜひともお任せください!」
メレディスは途端に笑顔になり、元気よく返事をしたのだった。
◆◇◆
それから少し進むと徐々に起伏が激しくなってきた。行きよりもかなり積もった雪に馬を連れていることも相まって、想定よりもかなりペースが落ちてしまっている。
と、そのときだった。チラチラと白いものが舞い始める。
あ、また降り始めた。
ガサガサガサ!
そう思ったのと同時にスケルトンたちが一斉に動き始める。
こんな風に一斉に動くってことは、やっぱりシルバーウルフの群れかな?
周囲の様子を確認してみる。
二十体ほどのシルバーウルフのスケルトンたちが南西へと向かって散開しながら一斉に走り出しており、さらに五体ほどが西へと向かっている。
「ふうん。あっちが本隊で、向こうは陽動かな? やっぱりシルバーウルフかな?」
「「えっ?」」
「シルバーウルフが!?」
「だ、大丈夫なのか……」
「そうか。この妙な気配がそれだったのか」
騎士たちは表情をこわばらせているが、メレディスだけは真剣な眼差しで西のほうを見ている。
「あれ? どうしたの? 数は南西のほうが多そうだけど?」
「あいつがさっきからずっとこっちを遠巻きに監視してたんですよ。偵察役なのかもしれませんね」
「そうなんだ……」
「ええ。多分あっちのは逃げるんじゃないですかね……あ、ほら」
メレディスはそう言ったが、もうスケルトンたちの姿は見えないのであたしにはさっぱりわからない。
そんなあたしをよそにメレディスは南西のほうに視線を移した。向こうは戦闘になっているのか、時おりシルバーウルフらしき悲鳴が聞こえてくる。
だがその悲鳴もすぐに聞こえなくなり、スケルトンたちが倒した獲物を咥えて戻ってきた。
相手は……やっぱりシルバーウルフだ。数は……あれ? 三頭だけ?
「あっちも逃げたみたいですよ」
「えっ? シルバーウルフって逃げるの?」
「アタシも初耳ですがね。気配は森の奥のほうへと向かったんで、そういうことかと」
「はぁ。ま、いっか。とりあえずスケルトン、作ろうか。あ! メレディス」
「はい」
「悪いけど、ちょっとこいつらを溶かしてくれる? シルバーウルフのスケルトンが倒すとカチコチに凍っちゃうんだよね」
「へぇ。そのへんもシルバーウルフと同じなんですね」
「そうみたい」
「じゃ、やりますよ」
そう言ってメレディスがいきなり巨大な炎を作り出した。
「あ! ちょっと待って!」
「おや? 何か?」
「毛皮は売るし、お肉も食べるから焦げないようにして」
「……なら今じゃないほうがいいと思いますがね。何か急ぐ理由でも?」
「え? うーん、特にないけど戦力は多いほうが安心かなって」
「なら野営のときにしましょう。これだけ凍っていればそう簡単には腐りませんよ」
「そっか。分かった。そうしよう」
「はい」
こうしてあたしたちは再び険しい道を進むのだった。
◆◇◆
その夜、オリヴィアたちが寝静まったころ、ジェイクとロイドは深刻そうな表情でたき火を囲んでいた。
「ジェイク殿、あの力は……」
「ええ、ロイド卿。分かっていますよ。ただ、運よく通り抜けられただけと聞いていましたが、まさかあそこまでとは……急ぎ陛うっ!?」
ジェイクは突然、苦悶の表情を浮かべた。
「ジェイク殿?」
「……」
ジェイクはがっくりとうなだれ、苦し気に胸を押さえている。
「大丈夫ですか? どこか痛むのですか?」
そう心配するロイドもどこか不快そうな表情を浮かべている。
「……はぁっ。はぁっ。はぁっ」
ジェイクは肩で大きく息をしている。
「ジェイク殿……」
「……大丈夫です。ところでロイド卿」
「なんでしょう?」
「ロイド卿は突然得も言われないほどの不快感に襲われることはありませんか?」
「え? それは……食べ過ぎたときなどはありますが……」
「そうではなく、何か特定のことを考えたときなどで、そういったことはないかと聞いているのです」
「それは……ジェイク殿の病気と何か関係が?」
するとジェイクは小さくため息をついた。
「では単刀直入に言いましょう。ロイド卿は陛下に閣下を、オリヴィア・エインズレイ閣下を斬れと命じられたらどうしますか?」
「それはもちろんうっ!?」
ロイドは突然苦悶の表情を浮かべ、胸を押さえた。それをジェイクは表情一つ変えずに見ている。
「がっ……なん……だ、これ、は……」
「……やはり」
「う、ぐ……」
ロイドはしばらく苦悶の表情を浮かべていたが、突然表情が緩んだ。
「あ、あれ?」
「どうでしたか?」
「ジェイク殿、あれは一体……?」
「恐らくですが、我々は閣下に呪いうっ……」
ジェイクは再び苦悶の表情を浮かべた。ロイドは先ほどのことを思い出したのか、その顔には恐怖の色が浮かんでいる。
しばらくすると、普段の表情に戻ったジェイクが話し始める。
「おそらく、あの叙任式のときでしょう。我々は騎士として、完全なる服従を宣言しました。おそらくそのときの言葉に反することを考えただけで、今のような状態になるのだと思います」
「そのようなことが……」
「俄かには信じがたいことですが、これまでのことを振り返ればそうとしか考えられません」
「なんと……」
「私たちはまんまとしてやられたのですよ。考えるだけでもここまでということは、それを行動に移したら……」
その言葉にロイドは引きつった表情となった。
「私たちはもはや、閣下の意に反することなどできません。ましてや任務を遂行するなどとても……」
「そんな! せめてこのことを陛下にうっ!?」
ロイドは再び苦悶の表情を浮かべ、うなだれる。
「ロイド卿、まずは魔の森を抜けることが最優先です。どのみち今は閣下が命綱なのですから」
「……そう、ですな」
ロイドは苦し気な声で絞り出すようにそう返事をしたのだった。
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