第132話 追放幼女、野営をする
何度となく丘を登っては川を越え、やがて空が徐々に暗くなってきた。
「我が主、そろそろ野営の準備をしたほうがいいでしょう」
「え?」
「テントを張ったり適地を見つけたり、時間がかかるんですよ」
「あ、そっか。行きと違って人数多いもんね。じゃあ、よろしく」
「了解です。全員! 止まれ! 夜営の準備をするぞ!」
メレディスの号令に隊列はピタリと止まった。
「ここで野営するの?」
「はい。ちょうど平地になってますからね」
「そっか。あたしはどこ?」
「どこでも大丈夫ですよ。我が主のテントが中心ですから」
「そっか。先に作ってもいいの?」
「作る?」
「うん。かまくらを作るの」
「かまくら? それはなんですかい?」
「え? うーん、雪で作った洞窟みたいな感じ? あの子たちにやってもらおうかなって」
「……それ、寒くないんですかい?」
「うん。毛皮があるから」
「なるほど……なら大丈夫ですよ」
「分かった。お前たち、そこにかまくらを作って」
カランコロン。
シルバーウルフのスケルトンが一体やってきて、みるみるうちに雪のドームを作り出す。
このくらいなら一体で大丈夫みたい。
「おおお……」
「すごい……」
「我が主、これって壁とかも作れたりしますよね?」
「え? うん。出来ると思うけど、防衛って意味ならいらないと思うよ。この辺はフォレストウルフとかワイルドボアとか、あんまり強くない魔物しかいないから」
あたしの言葉に周りの騎士たちからどよめきが起こる。
うん? どういうこと? そのくらい、騎士なら楽勝なんじゃないの? それとも別の意味?
「それもそうですね」
メレディスは涼しい顔でそう答えた。もう一度騎士たちの顔をよく見てみると、顔が引きつっている人とそうでない人がいる。
……あ! もしかして魔法が使えるかどうか?
「じゃ、後は任せるね。あ! マリーたちのかまくらはあたしが作るからテントは張らなくていいよ。ローレッタたちとフィオナの分は張ってあげて」
「はい。お任せください」
こうしてあたしはメレディスに任せ、かまくらの中へと入るのだった。
◆◇◆
それからすぐに日は沈み、あたりは真っ暗になった。
そんな中、夕食を食べたオリヴィアは「見張りは立てなくていい」と言い残し、早々にかまくらの中へと引っ込んだ。それはマリーたちスカーレットフォードから付き従っている者たちも同様で、そそくさと自分たちのかまくらの中に入ってしまう。
それを見た者たちは揃って眉をひそめる。
「……どういうことだ? 魔の森で夜に見張りを立てない、だと?」
「魔物が襲ってきたらどうするつもりだ?」
「……あのパトリックという男、自警団と言っていたな。まさか職務を放棄するとは……」
「まったくだ。よく魔の森を抜けて来られたものだ」
騎士たちの怒りは特に自警団のパトリックへと向かう。そんな彼らに不安そうな様子でカレンが声を掛ける。
「あ、あの……騎士様……」
「ご安心ください。レディのことは我々が責任をもってお守りいたします」
「はい……」
カレンとイヴァンジェリンはほっとした表情を浮かべた。一方、隣に立っているローレッタは厳しい表情でオリヴィアのかまくらをじっと見つめている。
「さ、レディの皆さん。我々に任せ、どうかお体をお休め下さい」
「ええ。感謝しますわ」
こうしてカレンたちはテントの中に引っ込み、騎士たちも一部はテントの中へと消えていく。
「アタシは深夜を担当するぜ。だがまずいと思ったらすぐに起こせ」
「はい」
「よろしくお願いします」
そうしてメレディスもテントの中に入り、やがて静寂があたりを包み込む。すると最初の見張りとして起きている二人の騎士のうちの一人が不安げな様子でもう一人に話しかける。
「なあ、ダレル」
「なんだ? アリスター」
「俺たち、大丈夫なのか?」
「それは……」
ダレルは口ごもる。
「あのお嬢様うっ……」
アリスターは突然顔をしかめる。
「どうした?」
「いや、なんでもない。ちょっと不快感が、な」
「不快感?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「そうか。ならいいが、体調が悪くなったらすぐに言えよ。ここは魔の森の中だからな」
「分かってるって。命に直結することくらい」
「ああ……」
ダレルは心配そうにアリスターを見るが、アリスターの様子は普段どおりに戻っている。
と、突然ちらちらと小雪が舞い始めた。
「……雪か。崩れなければいいが」
「そうだな」
「とりあえず、歩き回るか」
「ああ」
こうして二人はゆっくりと歩きだし、野営地の周囲の警戒を始めるのだった。
◆◇◆
ふと目が覚めると、既に外は少し明るくなっていた。
もう朝かぁ。よく寝たなぁ。
……って、あれ? なんだか外が騒がしいような?
一度伸びをしてから外へ出ると、なぜか十人ほどの騎士たちが集まっていた。
「おはよう。何かあったの?」
「あっ!? おはようございます。それが、その……」
うん? 何?
「いつの間にか不審物が閣下の寝所の前にあったのですが……」
「不審物って?」
「その、とてもお見せできるようなものではないのですが……ただ、排除しようとすると閣下のスケルトンに邪魔をされてしまいまして……」
「ああ、そういうこと。大丈夫だからちょっとどいて」
「は……」
騎士たちは困惑した様子で道を開けた。するとその先にはシルバーウルフのスケルトンたちがおり、その合間から三つの骨といくつかの凍った肉の塊があった。
「へぇ。ワイルドボア一頭にフォレストディアが二頭かぁ。お肉もちゃんと氷漬けにしてくれたし、バッチリかな」
「へっ?」
「どういうことでしょう?」
「どういうことって、何が?」
「いえ、ですから、なぜそのようなものが……」
「うん? なんでって、なんで?」
すると困ったような表情で騎士たちは顔を見合わせている。
あれ? どういうこと?
うーん……ま、いっか。
「とりあえず、さっさとスケルトンにしちゃおうか」
あたしはすぐさま三体のスケルトンを作り出した。すると困惑したような騎士たちの声が聞こえてくる。
あ、そっか。これを見ると、彼らは初めてだもんね。
「マリー、あとは……じゃなかった。えっと、そのお肉は調理担当に渡しておいて」
「「「……」」」
しかし騎士たちはポカンとした表情でこちらを見ている。
「ちょっと、聞いてる?」
すると騎士たちはビクンとなり、大声で返事をする。
「「「かしこまりましたッ!」」」
う、うるさい……。そんな大声出さなくても聞こえるのに。
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