第131話 追放幼女、再び魔の森を行く
翌朝、あたしたちは小雪がチラチラと舞う中バクスリーを出発した。
もと来た道を帰るだけだけど、それにしても随分と大所帯になったものだ。騎士たちとローレッタたち、さらにはフィオナまで一緒なんだものね。
ちなみにフィオナは馬に乗れるそうなので、荷物を運んでいるワイルドボアのスケルトンの背中に自分の鞍を取り付け、そこに一人で乗ってもらっている。
さて、あたしたちは今、最初の峠を越え、馬が通れそうな道を選びながら慎重に斜面を下っている。
そうして水面から一メートルほどのところまで降りて来た。
「うーん……あ、あそこなら渡れそうだね。じゃあやってみようか」
あたしはシルバーウルフのスケルトンたちに命じてみる。
「川の水を使って、水面からちょっとの高さのところに厚い氷の平らな道を作って。場所はそこからあそこ」
すると五体のシルバーウルフのスケルトンが歩み出て、魔法を使った。すぐに川の水が五ヵ所から凍りつき始め、少しずつ盛り上がっていく。
そのまま待っていると、幅二メートルほどの立派な氷の橋が完成した。
うん。ぶっつけ本番だったけど大丈夫だね。スケルトンたちもピンピンしてる。
「お! すげぇ! やっぱりスケルトンになってもシルバーウルフは氷の魔法が使えるんだな!」
メレディスがキラキラした目でスケルトンたちを見ている。
「うっ……」
うめき声が聞こえ、おもわず振り向くとなぜかジェイクたちが顔をしかめていた。
「どうしたの?」
「……い、いえ。なんでもありません」
「そう。体調が悪いなら早めに言ってね」
「はい。問題ありません」
「うん。じゃあ、進もうか」
あたしたちは氷の橋を通って対岸へと渡る。
……って、あれ? 騎士たちが手間取ってる?
「ねぇ、メレディス。どうなってるの?」
「ああ、馬が怖がっているようですね。適当に雪で地面が見えやすいようにすれば大丈夫ですよ」
「そうなんだ」
「はい。ちょっとやってきます」
メレディスはそう言って手間取っている騎士たちのところへと向かう。そしてすぐに雪を橋の上に載せていく。
やがて真っ白になった氷の橋の上を騎士たちが渡り、三十分ほどで全員が渡り切った。
ううん。思ったよりも時間がかかるね。
「じゃあ、出発――」
「我が主、この橋は壊しておいたほうがいいですよ」
「え?」
「このままじゃ、バクスリーが魔物に滅ぼされるかもしれませんよ」
すると息を呑む音が聞こえてきた。振り返ると、フィオナが青い顔をしている。
「あ、うん。そうだね。じゃあ壊さないとだけど……」
シルバーウルフのスケルトンって、作った橋を壊せるのかな?
「お任せください」
そう思って逡巡していると、メレディスはそう言って楽しそうに歩み出た。そして剣を抜き、その切っ先を橋のほうに向ける。
すると赤い球が現れ、徐々にその大きさを増していき、やがてその直径一メートルほどになったとき!
「オラッ!」
その赤い球は目にも止まらぬ速さで橋の中ほどに着弾する!
ブシュゥゥゥゥゥゥ!
激しい音と共に水蒸気がもうもうと立ち上がり、橋は袂付近を残して跡形もなく消滅した。
うわぁ、すごい。これがメレディスの魔法かぁ。
「このくらいなら連発できますんで、お気軽にご命令ください」
「うん。いざというときはよろしくね」
こうしてあたしは再び丘を越えるべき斜面を登り始め、やがて峠の頂上へとやってきた。どうやらこの峠のほうが領境の峠よりも少し低いらしい。
「あ、そうだ。ねぇ、ジェイク」
「はい、なんでしょう?」
「ジェイクって、建設とか詳しい?」
「設計ができるほどではありませんが、それなりには」
「そうなんだ。じゃあさ。ここから向こう側の峠まで橋って掛けられる?」
「この高さにですか? そのような高い橋は見たことがありませんね」
「そっかぁ。じゃあ、何メートルくらいの高さならできる?」
「そうですね。王都周辺ですと五メートルほどですが、サウスベリーやサウスポートには数十メートルの高さの水道橋があると聞いたことがあります。馬車が通れるのかは分かりませんが……」
「へぇ。そうなんだ。作り方って分かる?」
「いえ。どうやら秘伝の技術のようでして……」
「そうなんだ。うちにもそういう技術、欲しいねぇ」
「閣下は本来、その秘密を知り得るお立場のはずですが……」
「うーん。でももう親子の縁、切られてるしねぇ」
「……」
ジェイクは複雑な表情を浮かべている。
「別に悲しいとか特にないから気にしないで。あたしにはマリーがいてくれるだけで十分だから」
「……はい」
そう答えたジェイクは再び顔をしかめる。
「あれ? やっぱり体調悪いんじゃないの?」
「いえ、問題ありません」
「そう? 体調悪いなら早めに言ってね」
「はい」
そんな会話をしつつ、あたしたちはスカーレットフォードへと歩を進めるのだった。
◆◇◆
ここはサウスベリーの侯爵邸。そこで執務をしているブライアンはオリヴィアに関する報告を受け、勢いよく立ち上がった。
「王都に現れた!? しかも昨年のうちに!? 一体どうやって!」
「王宮からの情報によると、魔の森を抜けて来たとのことです」
「はぁぁぁぁ!? そんな馬鹿な! シルバーウルフがいるのですよ!?」
「ですが、国王陛下にもそのように説明したそうです」
「……」
「どうやら『すけ』と呼ばれる黒い骨に騎乗してきたそうで、王都では神の使いを従えていると話題になっております」
「神の使い?」
「はい。クラリントンの司祭様が、騎士たちの遺体を運んだ黒い骨を奇跡と認定したそうで……」
それを聞いたブライアンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「また、スカーレットフォード男爵は王妃の後ろ盾を得ました。その証拠に自らの専属侍女であるローレッタ・リンスコット・ワイアットを女家庭教師として付け、さらにベルバリー伯爵令嬢カレン・クローブとリントン男爵令嬢イヴァンジェリン・フライを侍女として与えました」
「ぐ……」
「さらに国王が孤高の女騎士メレディス・ワイアットをはじめとした数十人の騎士を与え、その中にはジェイク・ガーランドも含まれていました」
「何ぃ!? それは本当か!?」
ブライアンは大声で聞き返す。
「は、はい。間違いありません。国王が大々的に騎士の叙任式を行ったのですが、そこにジェイク・ガーランドが含まれていました」
ブライアンは顔を歪め、あいつは騎士じゃないだろうが、と小さく呟いた。
そのまましばらく沈黙が流れ、報告に来た男は沈黙に耐えられなくなったのか恐る恐る口を開く。
「あ、あの……」
「なんですか? 他に報告は?」
「い、いえ! 以上です!」
「そうですか。下がりなさい」
「はっ!」
男はそそくさと退室していった。
ブライアンは険しい表情で窓際へと歩いていく。眼下に広がる広い庭園には、除雪された道を妻と寄り添いながらゆっくりと散歩をするアドルフの姿があった。
「回復してくれているのはいいが、このままでは……」
ブライアンは険しい表情のまま、ぼそりとそう呟いたのだった。
お知らせ:
追放幼女の領地開拓記の書籍版が 6/20 にTOブックス様より発売となります。Web版では描かれなかったボルタや人身売買組織の者たちに身に起きた因果応報のざまぁストーリーやマリーがオリヴィアの乳母になった背景など、大幅増量してのお届けとなります。
Web版をお読みいただいた読者様にもご満足いただける内容となっているかとおもいますので、是非ともお買い上げいただくことで応援いただけますと幸いです。
また、書籍版の発売を記念して、本日より 6/22 までは毎日 18:00 に更新をいたします。