第129話 追放幼女、バクスリーを再訪する
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来るときよりも少し時間がかかってしまったが、あたしたちは再びバクスリーへとやってきた。今回はきちんと先触れを出していたため、村の入口でジェラルド卿が迎えてくれる。
「男爵閣下、ようこそお越しくださいました」
「ええ、ジェラルド卿。ご無沙汰しておりますわ」
あたしはフォレストディアのスケルトンの上からニコリと微笑んだ。
「はい。それにしても、随分と人数が増えましたな」
「ええ。これも両陛下のおかげですわ」
「なるほど。それで女性の騎士を……」
ジェラルド卿はメレディスのほうをちらりと見た。
「ジェラルド卿、彼女はわたくしの騎士メレディス・ワイアットですわ」
「えっ!? メ、メレディス卿!? もしやあの……」
「ええ。そうですわ。スカーレットフォードに戻ったら騎士団を立ち上げ、彼女に騎士団長を任せるつもりですの」
「な、なるほど……」
「メレディス」
「はい」
メレディスはフォレストディアのスケルトンからひらりと飛び降り、ジェラルド卿の前に降り立った。
「メレディス・ワイアットだ。以後、お見知りおきを」
「ジェラルド・フリートウッドと申します」
二人は握手を交わした。じっとジェラルド卿の目を見るメレディスだったが、すぐにメレディスのほうから手を放す。
「ジェラルド卿、そろそろ案内してくれるか? 我が主にこんなところでの立ち話をさせるわけにはいかん」
「おお、そうでしたな。男爵閣下、こちらへどうぞ」
こうしてあたしたちはバクスリー男爵邸へと向かうのだった。
◆◇◆
バクスリー男爵邸の応接室へとやってきた。さすがに今回はフィオナさんやリオ卿が食事をしようとしているようなことはなく、すぐに会談ができるように男爵が待っていてくれている。
「バクスリー男爵閣下、ご無沙汰しておりますわ」
高齢の男爵の許へ近づき、あたしは礼を執る。
「おお、スカーレットフォード男爵閣下。よくぞお戻りになられましたのう」
男爵が跪こうとしてきたので、あたしはそれを止める。
「男爵閣下、礼は不要ですわ。さ、お掛けになって」
「おお、かたじけない」
男爵はリオ卿に支えられ、よろよろとなんとか着席した。その左右の席にジェラルド卿とリオ卿が座る。
あたしは男爵の正面の席に座り、ジェイクとメレディスが左右に座る。
「早速ですけれど、領境の件でお話ししたいのですわ」
あたしが話を切り出すと、ジェラルド卿がそれに応えて口を開く。
「ええ、伺っております。お恥ずかしい限りですが、バクスリーとしてはこれ以上魔物と戦う余力はありません。ですので、出来る限り近い場所としていただきたく」
「そう。ジェイク、どう思う?」
「私から質問しても?」
「ええ。お願い」
「かしこまりました」
ジェイクはジェラルド卿の顔を見る。
「スカーレットフォード男爵閣下の補佐を務めておりますジェイク・ガーランドと申します」
ジェイクが自己紹介をした途端、男爵とジェラルド卿が目を見開いた。
あれ? もしかしてジェイクって有名人?
「ジェラルド卿、出来る限り近くと仰っていましたが、それはどの程度を指しておられるのでしょうか? よもや、街壁の手前までなどとは言いますまい?」
「そ、それは……」
ジェラルド卿の目が泳いでいる。
「なるほど。そのつもりだった、と」
「はい……」
「冗談はやめていただきたい。それではスカーレットフォードがバクスリーの防衛に手を貸すようなものではありませんか。同じ開拓村に助力を願うなど、一体どういうおつもりですか?」
「う……」
ジェラルド卿は気まずそうに視線を逸らした。一方のジェイクは表情を変えず、淡々と話を続ける。
「防衛が出来ぬのであれば、陛下に助力を願い出るべきでしょう」
「それは……」
ジェラルド卿の表情が曇る。
ま、そうだよね。あの強欲な王様にそんなお願いをしたら最後、とんでもないことになるのが目に見えてるもん。
「領境の話に戻しますが、こういった場合は地形によって決めるのが道理でしょう。まずは南西方面の地図をお見せいただきたい」
「それは……」
「道の開削は国王陛下の勅令です。それでも開示は難しいと?」
「そ、その……」
「ジェイク殿、違うのですじゃ」
「男爵閣下、どういうことですか?」
「見せたくないのではなく、存在しないのですじゃ」
男爵の答えにジェイクは眉をひそめた。
「男爵閣下は開拓以来、長きにわたって王国から支援金を受け取っていたはずです。にもかかわらず、防衛に必要な地図すら作られていない、と?」
「そのとおりですじゃ」
「ですが、南西にはシルバーウルフの生息地がありますよね?」
「丘を越えた先には谷筋がいくつもあり、その谷に阻まれてシルバーウルフがこちらに来ることはない。じゃから南西方面は考える必要がなかったのじゃ」
「……なるほど」
「じゃから、その丘の稜線を領境とするのはどうじゃろうか。どのみち、儂らではその先を維持することなどできぬ」
「……」
ジェイクはじっと考えている様子だ。
「何かまずいの? あたしはそれでいいと思うけど」
あたしはそっとジェイクに耳打ちをする。
「あまりにも領地が広くなりすぎます。シルバーウルフの生息地すべてを管理するなど、いくらメレディス・ワイアットがいるとはいえ無謀です」
「他には?」
「他に? それは一体どういうことでしょう」
「だから、領地が広くなりすぎて困る理由は他にあるの?」
「……領地を管理するには人手が必要です。領地を広げ過ぎれば魔物の駆除が追いつかなくなります。しかもシルバーウルフの生息地域なのですよ? 一体どれほどの犠牲を払うことになるか、見当もつきません」
「じゃあ、つまりシルバーウルフが問題で、他にはないってことでいい?」
「……はい」
ジェイクは怪訝そうな表情でそう答えた。
「なんだ。それなら大丈夫だね」
「どういうことですか?」
「だって、シルバーウルフは全部駆除しちゃうつもりだから」
「へ?」
「男爵閣下、それでわたくしも異存ありませんわ」
「ちょ――」
「おお、それは助かりますじゃ」
「っ……」
ジェイクは顔を歪めたが、そのまま口を閉じる。
「ジェラルド卿、明日、領境の確認に同行してくださる?」
「もちろんです」
こうしてバクスリー男爵領との領境はあっさりと確定したのだった。
次回更新は通常どおり、2025/06/08 (日) 18:00 を予定しております。