第128話 追放幼女、王都でも噂をされる
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オリヴィアたちが王都を出発したその日の昼下がり、王都のとある高級喫茶店にはオルブライト商会の若奥様を含むいつものグループの女性たちが集まってお茶会を開いていた。
「ねぇ! ご覧になりまして? あの動く黒い骨!」
「ええ! あれは『すけ』というものらしいですわ」
「不思議でしたわねぇ……」
「でも、ちょっと不気味じゃありませんこと? 特にあの黒目黒髪の女の子……」
「そうですわねぇ。黒目黒髪は呪われているっていいますもの……」
「ですわねぇ。じゃあ同じ色の骨もやっぱり……」
「……」
彼女たちは神妙な面持ちとなった。だがそのうち一人だけが満面の笑みを浮かべている。
「な、なんですの?」
「ふふふ。わたくし、ものすごい情報を持っていますのよ」
「えっ?」
「なんですの?」
「ふふ。気になります?」
「ええ!」
「もったいぶらずに教えてくださいまし」
「仕方ありませんわねぇ」
彼女はしたり顔で語り始める。
「これは、クラリントンという町のお話ですわ」
「クラリントン?」
「どこですの?」
「サウスベリー侯爵領の北西にある小さな町ですわ」
「サウスベリー侯爵領って……」
「あの悪魔憑きの……」
「ええ、そのサウスベリー侯爵領ですわ」
「……そんな領地で何があったんですの?」
「その町の司祭様が、黒い動く骨を神の奇跡と正式に認定したのですわ」
「ええっ!?」
「司祭様が!?」
「そうですわ。勇敢に魔物と戦い、亡くなった騎士様のご遺体を家族の許へと運んでくださったのだそうですわ」
「まあ! それは素晴らしいですわ!」
「ですから、動く黒い骨は神の奇跡なのですわ」
「ということは、まさか……」
「あの女の子は……」
彼女たちは顔を見合わせた。するとオルブライト商会の若奥様が突然ポロポロと涙をこぼし始める。
「ど、どうなさったんですの!?」
「どこか痛みますの?」
「いいえ、違いますわ。悪魔憑きの父親に酷いことをされたのに、ああして神の奇跡を従えていらっしゃるなんて……」
「えっ!?」
「どういうことですの!?」
「まさかあの女の子……」
「魔の森に捨てられたサウスベリー侯爵令嬢に違いありませんわ」
「どうして断言できるんですの?」
「だって、あの孤高の女騎士メレディス・ワイアットが側に控えていましたもの」
「え? そういえば赤っぽい髪の女騎士が一緒にいたような?」
「その女騎士がメレディス・ワイアットですわ。わたくし、前に間近でお姿を見たことがありますの」
「そうなんですのね」
「その女騎士がメレディス・ワイアットだったとして、捨てられたサウスベリー侯爵令嬢と何の関係があるんですの?」
「わたくし、主人から聞きましたの。サウスベリー侯爵令嬢の置かれた境遇に心を痛めメレディス・ワイアットが自ら令嬢の騎士になりたいと申し出て、陛下も快くそれを許された、と」
「まあ! そうだったんですの!?」
「初耳ですわ!」
「間違いないんですの?」
「間違いありませんわ。主人がいくつかの王宮筋から確認しましたの」
「そう、なんですのね……」
「驚きましたわ。まさかあの孤高の女騎士が……」
「でも、これではっきりしましたわね」
「何がですの?」
「サウスベリー侯爵領はきっと大変なことになるということですわ」
「どういうことですの!?」
「だって、わざわざ陛下がメレディス・ワイアットをお与えになられたんですのよ? それはきっと悪魔憑きの暴走から侯爵令嬢を守るためではなくって?」
「!」
「たしかに、そうですわね」
「ということは、もしや戦が……?」
「ええ。近いかもしれませんわ」
「まあ! ならわたくし、すぐに主人に教えてあげないと!」
「わたくしも!」
こうして彼女たちは自分たちの憶測を基に話を膨らませるのだった。
◆◇◆
翌日の昼下がり、彼女たちは再びいつもの喫茶店に集まってお茶会を開いていた。
「わたくし、主人に話してみましたわ」
「わたくしも」
「わたくしもですわ! ねえ、聞いてくださる? ものすごいことになっていましたわ」
「えっ!?」
「ものすごいこと?」
「そうですわ。なんと、サウスベリー侯爵はご令嬢に向けて万の騎士を差し向けたことがあるのだそうですわ」
「えええっ!?」
「万の騎士を!?」
「ええ。何せ悪魔憑きですもの。やっぱりご令嬢を……」
その言葉に彼女たちの表情が曇ったが、オルブライト商会の若奥様が首を横に振った。
「違いますわ」
「えっ?」
「その差し向けられた騎士たち、実はご令嬢の救出に向かっていたのだそうですわ」
「ええっ!? そうなんですの?」
「そうですわ。昨日、クラリントンのお話をしてくれたでしょう?」
「ええ」
「わたくしの主人もその話は知っていたんですの」
「まあ」
「そうなんですのね」
「ええ。それでその神の奇跡によって運ばれた騎士の遺体というのは、なんとご令嬢の救出に向かった騎士たちだったそうですわ」
「……でも、そうすると悪魔憑きという話と矛盾するのではなくて?」
「そうなんですのよね。でも、こう考えることもできると思いますわ。悪魔が本当に狙っていたのはご令嬢のほうだった、と」
「……どういうことですの?」
「悪魔はご令嬢を狙っていて、サウスベリー侯爵は正気を失う前にわざとご令嬢を遠ざけたということですわ」
「えっ? でも乱暴を……」
「未遂だったのではなくて?」
「ああ、そういうことですのね」
「ええ。それに陛下もきっとそのことをご存じだったに違いありませんわ。陛下があのメレディス・ワイアットをお与えになられたことが何よりの証拠でなくて?」
「「「っ!」」」
女性たちは一斉にハッとした表情を浮かべる。
「まさか……」
「あのご令嬢は……」
「聖女様……?」
「ちょっと!」
「いけませんわ!」
「あ……わたくしったら……」
「でも、どこか特別な感じがしましたわね」
「そうですわねぇ」
女性たちは顔を見合わせ、一斉にオルブライト商会の若奥様のほうを見る。
「どうしましたの?」
「ねえ、司祭様に聞いてみたら良いのではなくて?」
「あっ! そうですわね! 教会に行ってみますわ!」
◆◇◆
翌日、再び女性たちはいつものカフェに集まった。
「どうでした?」
「司祭様はなんて?」
「それが、お答えいただけませんでしたの」
「えっ?」
「司祭様が?」
「そうなのですわ。いつもならどんなことでも教えてくださっていたのに……」
そう言ってオルブライト商会の若奥様は俯いてしまった。
「そんな落ち込まないでくださいまし。いくら司祭様がすごいお方でも、ご存じないことだってありますわ」
「そうですわ」
「悪魔憑きのことを教えてくださっただけでも感謝していますわ」
「皆さん……」
「それに、司祭様が何も仰っていなかったということは、きっとそのような噂話をしてはいけないと暗に窘めてくださったのではなくて?」
「あっ!」
「そ、そうですわね!」
「たしかに……」
「さすが司祭様ですわ」
「ところで、この間オープンしたアクセサリーショップ、ご存じですの?」
「えっ? なんて名前ですの?」
「それは――」
こうして女性たちは話題を変え、お茶会を続けるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/06/01 (日) 18:00 を予定しております。