第124話 追放幼女、ジェイクの提案を受け入れる
メレディスたちを引き連れ、あたしは泊っている部屋へと戻ってきた。特にノックもせずに騎士たちが扉を開け、ずかずかと中に入っていく。
「なっ! 無礼な! ここはスカーレットフォード男爵閣下の居室です! 一体誰の許しを得てこのような――」
「何をしている! その男爵閣下がお戻りだぞ」
ローレッタが抗議をしてきたが、メレディスがそれに被せて怒鳴りつけた。
「ひっ!? メ、メレディス・ワイアット……え? 男爵閣下が? ……ああっ!? おかえりなさいませ」
ローレッタが慌てて礼を執り、続いてカレンとイヴァンジェリンもそれに倣う。
「ローレッタ、メレディスたちはわたくしに騎士として忠誠を誓ってくれました。スカーレットフォードに戻り次第、メレディスを団長とする騎士団を創設します。そのように対応なさい」
「かしこまりました」
「これから彼らと話があります。準備なさい」
「かしこまりました」
ローレッタたちはテキパキと机を部屋の隅へと移動させ、なるべく多くの人が入れるようにしてくれた。そしてあたしは窓際に置かれた椅子に座り、騎士たちはその前で綺麗に並んで跪く。
「準備が整い次第、スカーレットフォードへと出立します。とはいえ、それぞれ準備が必要でしょう。お前たちも身辺を整理なさい」
「「「はっ」」」
「妻子のある者は連れて行っても構いませんし、王都に残していくことも許します。ただし、残していく場合はほとんど会えなくなることを覚悟なさい」
するとジェイクが手を挙げた。
「恐れながら」
「何?」
「ここにいる者のうち、妻子があるのは私を含めて三名だけです」
「そう。ジェイクはどうするんですの?」
「残します。他の者たちも同じです」
「そう」
「恐れながら」
「何?」
「王都に連絡員を残しておくことをご提案いたします。そのほうが何かと便利でしょう」
あ……なるほど。それは考えていなかった。色々と王都の情報とかも仕入れてもらえそう。
「そのとおりですわね。希望する者は?」
すると一人の男が手を挙げた。
「お前は……ジェフでしたわね。ではお前に任せますわ」
「はっ! 謹んで拝命いたします!」
「ジェフ、Bi-147を預けますわ。この子を連絡用として、自由に使いなさい。Bi-147、お前はジェフの命令に従いなさい」
カタカタカタ。
Bi-147がジェフの前に移動した。
「何かあればこの子に手紙を付けて飛ばしなさい。言葉で命じればそのとおりに飛んでいきますわ」
「はっ!」
「他に何か提案はありまして?」
「は。恐れながら」
またしてもジェイクが手を上げた。
「なんですの?」
「連絡事務所が必要です」
あっ! そっか! たしかに!
「そのとおりですわね」
「では、本件につきましてはぜひとも私めにお任せください」
「ジェイク、任せますわ」
「承りました」
やっぱりジェイクは文官要員みたい。すごく手際がいいし、こういうのに慣れてそう。
あ! じゃあ!
「ジェイク。聞きたいことがありますわ」
「はい。なんなりと」
「わたくしのスカーレットフォードが開拓村なことは知っていますわね?」
「はい」
「開拓村には毎年補助金が出ると聞きましたの。それってどういう決まりですの?」
「すべての開拓村にはその規模にかかわらず、一律で百シェラングが毎年支給されております」
「そうなんですのね。わたくしたち、それを受け取ったことがありませんの。調べてくださる?」
「かしこまりました。直ちに確認し、未払い分があれば請求しておきましょう」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
それからもあたしは出発に必要なことを話し合うのだった。
◆◇◆
その日の夕方、茜色に染まる国王の執務室を宰相が訪ねていた。
「陛下」
「おお、待っていたぞ。首尾はどうだ?」
「はい。予定どおりです。オリヴィア嬢はジェイクの助言をすべて聞き入れました。連絡員としてジェフが残りますし、連絡事務所も予定どおりの場所に開設します」
「そうか。やはり所詮は子供だったな」
「あれほど早熟に見えたのは周囲に乳母しかいなかったからでしょう。これから年齢相応に甘えさせてやれば、こちらの言いなりになるはずです」
「ああ、そうだな。だが」
国王は突然不機嫌そうな表情を浮かべる。
「いかがなさいましたか?」
「余に『すけ』を献上しないというのは一体どういう了見だ?」
「それは……まだ子供ですので気が回らなかったのでしょう。ジェイクに命じ、次回は自ら献上するように仕向ければよろしいかと」
「次回だと?」
「陛下、いきなりそんなことを命じては、無理やり奪い取ったと噂されてしまいます」
「むむむ……」
「陛下」
不満げな国王を宰相が窘める。
「ちっ。そうだな。仕方ない。あとはメレディスだが……」
国王は眉間にしわを寄せ、不快感をあらわにする。
「諦めましょう。あの女は狂犬です。どうせいずれは魔の森に放り出す予定でした。それが少し早まったと思いましょう」
「だが! 余の命令を断るなど!」
「中身はさておき、あの女の武力は本物です。その力があれば、陛下の金鉱山がより安全になることは間違いありません」
「それはそうだが……」
「ですので、厄介払いついでに安全を確保できる。そう考えれば悪くないのではありませんか?」
「……ちっ」
「それに、騎士団からも数多くの騎士たちが潰されたという苦情が何件も上がってきています。適材適所と考えましょう」
「そうだな。持て余していたのは確かだ。ニコラスには別の指南役をつけると……ん?」
「どうなさいました? 殿下のことで何か気になることでも?」
「違う。そうではない」
「では、なんのことでしょう?」
「いや、大した話ではないのだがな」
「はい」
「ふと、気になったのだ。なぜオリヴィア嬢はメレディスなんぞを騎士団長にすると決めたのだろうか、と」
「……そういえばそうですね」
「うむ。お前の話では、父親の愛に飢えた娘という話だっただろう?」
「はい」
「であれば屈強な男を選びそうなものだが……」
「……たしかに」
国王と宰相は難しい表情で顔を見合わせる。
「……念のためジェイクに探るよう伝えておきます」
「ああ。余の金鉱山が懸かっているからな」
「万全を期して臨みます」
「うむ」
宰相の言葉に、国王は鷹揚に頷いたのだった。
◆◇◆
その日の夜、王妃の寝室にはローレッタの姿があった。
「あのメレディス・ワイアットがオリヴィアの騎士となったというのは本当ですか?」
「はい。この目で確認いたしました。しかもメレディスだけでなく、王宮騎士団の若い独身の者が二十三名、さらにはあのジェイク・ガーランドまでもが帯同することになりました」
それを聞いた王妃は眉間にしわを寄せ、大きなため息をついた。
「まさかそこまでやるとは……あの男は本気ですべてを奪うつもりなのですね」
「かもしれません」
「……ですが、オリヴィアと最も近くで話せるのはお前たちです。しっかりと主導権を握りなさい。くれぐれも、あの男の自由にさせてはなりません」
「それが……」
「まさか……」
「申し訳ございません。お嬢様はジェイクの提案を二つ返事で次々と了承し、連絡員も騎士たちの中から選んでしまわれました。見た目や雰囲気から察するに、その者は本来は文官だったと思われます」
「……つまり最初から仕込んでいたと?」
「おそらくは」
「なぜ止めなかったのですか! まだ幼い子供にそのような仕打ちを!」
「申し訳ございません。とても止めに入れる状況にはなく……」
すると王妃は再び大きなため息をついた。
「あの子は親に捨てられたのですよ?」
「はい。承知しております」
「ならば! せめて成人して、自分で決められる年齢になるまではきちんと守ってやりなさい」
「はい。必ずや」
ローレッタの返事に王妃は小さく頷くと、またもや大きなため息をついた。
「まったく。一体どこまで強欲なのでしょうね。あの男は」
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