第123話 追放幼女、騎士を手に入れる
王様が怒鳴りつけたかと思えば突然変な声を出した。
げぇって何事!?
王様はなんと苦虫を噛み潰したような表情で入口のほうを見ている。その視線の先には、赤茶色のおかっぱヘアに金色の瞳が特徴の女性と緑色の長いウェーブの髪の真面目そうな細身の女性の姿がある。
えっ!? あのおかっぱの人、若いけどまさか!
「陛下ぁ。こんな面白そうな話があるのになんでアタシに黙ってたんですかぁ?」
おかっぱヘアの女性はニヤニヤしながらあたしたちのほうに近づいてくる。
「ちょっと、メレディスさん! ダメだって!」
メレディス! やっぱり! まほイケ屈指の泣けるシーンに出てくる重要キャラだ!
彼女の名前はメレディス・ワイアット。王国最強の騎士だ。当代随一の火の精霊魔法の使い手にしてニコラスの剣と魔法の師匠である一方で、王様ですら手が付けられないほどの戦闘狂でもある。
そしてまほイケでは、ニコラスの師匠でありながらも大きな壁となった人物でもある。
あまりに強すぎる師匠に苛烈なスパルタ教育を受けたニコラスは自分の剣と魔法にまったく自信を持てていなかった。そんなメレディスはゴブリンキングとの戦いでニコラスを庇って命を落とすのだが、死の間際まで指導してくれたことでニコラスはメレディスが自分のためにあえて厳しくしてくれていたことを理解する。そうして師匠の死を乗り越えたニコラスはメインヒーローとして大きく成長していくのだ。
一方、目の前にいるメレディスはというと……。
「いいじゃねぇかレスリー。アタシは自由にしていいってことになってるんだからよぉ」
なんだかちょっと、いや、はっきり言ってかなり怖い。
「でも! いくらなんでも叙任式に乱入だなんて……」
一方のレスリーという人はというと、おそらくだがまほイケの登場人物ではないと思う。
見たところ常識人っぽいのでもしかすると副官、いや、お目付け役的なポジションの人かもしれない。
「メ、メ、メ、メレディスよ。もう式典は終わったのだ。下がりなさい」
「あ゛あ゛?」
「ひっ」
メレディスの迫力に王様は完全に気圧されている。
ううん。これじゃあどっちが王様なんだか……。
もしかしてこういうのが原因で、まほイケではライザーチェスター子爵領に厄介払いされたのかな?
というのもメレディスはストーリーが始まる前に教育係を解任され、魔の森の魔物対策ということでライザーチェスター子爵領へ派遣されていたのだ。しかも、そこであまりにも大暴れし過ぎたせいでゴブリンキングとの対立を招いたとされている。
「いいじゃないですか。挨拶くらいさせてくださいよ。な?」
最後の「な」のところで強烈な殺気が放たれ、王様は思わず一歩、いや、三歩後ずさっている。
あたしもつい後ずさりそうになったが、自分に直接向けられたわけじゃなかったおかげでなんとかそれをこらえることができた。
「お?」
メレディスはあたしを見てニタァと笑った。その表情はまるで猛獣が獲物を見つけたかのようで、背筋に悪寒が走り、思わずすくみ上がってしまいそうになる。
でも! なんかここで下がるなんて悔しい!
あたしは後ずさりしたいのを必死にこらえ、メレディスの目を見つめ返した。
「ほぉう?」
「メレディスさん! 相手はあんなに小さい女の子なんだよ! それに男爵閣下でもあるんだから」
レスリーさんがメレディスを必死に止めているが、立ち止まる気配はない。
メレディスは真っすぐにあたしの前に歩いてくると跪き、あたしの右手を取って手の甲に口づけをした。
「初めまして、レディ。アタシはメレディス・ワイアット。王宮騎士団の客員騎士爵をやってる」
「……スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイですわ」
「……」
メレディスは無言のまま、じっとあたしの目を見つめてくる。
なんなの? 一体何をしたいわけ?
困惑しつつもあたしはメレディスの目を見つめ返す。
それからしばらくすると、メレディスが突然不敵な笑みを浮かべた。
「なぁ、騎士を募集しているんだってな」
「ええ、そうですわね」
「なら、アタシとそこのレスリーがなってやるよ」
「へっ!?」
ちょっと待って!? どういうこと!? メレディスはニコラスの師匠になるんじゃないの?
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! お前にはニコラスの――」
「お断りします」
「はっ!?」
慌てて王様が割って入ってきたが、メレディスにぴしゃりと断られて口をあんぐりと開けている。
「大体ね。アタシは強い奴と戦えるって聞いたから雇われてやったんですよ。それなのになんなんですか? 来てからというもの、軟弱な男どもの相手ばかり。しかも挙句の果てにはあんな弱虫お坊ちゃまの指南役をしろ、ですか? 冗談じゃない!」
メレディスは苦々し気に吐き捨てた。
……でもね。あなた、まほイケではその弱虫お坊ちゃまのいい師匠してましたよ?
「もういい加減、飽き飽きしてたんでね。ここらで抜けさせてもらいますよ」
ああ、なるほど。そういうこと。ならちょうどいいや。まほイケのストーリーに思い入れがあるわけじゃないし、こんなに強い人が来てくれるなら心強い。
「つーわけだ。アタシとそこのレスリーを雇ってくれねぇか?」
「……そうですわね。他の方々と同じように、騎士としての誓いを立ててくださるのでしたら、貴女を騎士団長として迎え入れますわ」
「ほう」
「えっ?」
「何ッ!? それは許さん!」
メレディスはニヤリと笑い、レスリーさんはポカンとした表情になった。一方の王様はかなり怒っている様子だ。
「陛下、アタシとの約束を破ったのは陛下なんですよ? それにそこの男どもですよねぇ? 我が主に与えた騎士は」
「主だと!? メレディス! お前!」
「ダメじゃないですかぁ。女が主ならちゃんと女騎士が側にいなくっちゃ。それとも、まさかこいつらに我が主を誘惑しろと命じてたりなんてことは……」
「なっ!? そ、そ、そ、そのようなことは……!」
「そうですか。そうですよねぇ。まさかそんな不埒なこと、するわけないですよねぇ」
「そ、そのとおりだ」
「だったら!」
メレディスはギロリと王様を睨みつけた。その迫力に王様はかなりたじろいでいる様子だ。
「尚のこと、女騎士が必要ですよねぇ」
「それは……」
「じゃ、そういうことで。お願いしますよ」
メレディスはそう言って剣を差し出してきた。
「え、ええ。最後に確認ですわ。メレディス、ワイアット、お前は自らの意志で、わたくしに剣と忠誠を捧げるのですね?」
「ああ」
「よろしい。ならばお前の忠誠を、王と臣民の前で神に宣誓なさい。一度宣誓をすれば、それを破ることは叶いません」
あたしは誓約の魔法陣を展開しつつ、受け取った剣を両ひざをついたメレディスの肩に差し当てる。
それを見たメレディスはニヤリと小さく笑った。
「オリヴィア・エインズレイ、アタシは貴女を主とし、剣と忠誠を捧げる!」
メレディスが短く宣誓すると魔法陣が吸い込まれていく。
「我が騎士メレディス・ワイアット、お前の働きに期待します」
「ご期待に沿えるように頑張りますよ」
メレディスは再びニヤリと笑うと、剣を受け取って立ち上がった。
「あっちのレスリーという女も、我が主に仕えたいそうですよ」
「そう……」
あたしはちらりとレスリーのほうを見た。レスリーはかなり困惑している様子だったが、やがて小さく頷くと王様に剣を返した。そしてその剣を受け取ると、レスリーはあたしの前で両膝をついた。
そして同じように意思の確認をすると、彼女も他の騎士たちと同じように宣誓をした。
「我が騎士レスリー・シーグローブ、お前の働きに期待します」
「はい!」
こうしてあたしは一度に大勢の騎士を手に入れたのだった。
なんだか騙して奴隷契約をしたみたいな形になっちゃったけど、王様や他の廷臣たちの目の前で、自分の意志で神様に誓ったんだもん。
あたしは悪くない……よね?
次回更新は通常どおり2025/04/27 (日) 18:00 を予定しております。