第121話 追放幼女、自室に戻る
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それからあたしは文官は興味がないと宣言し、それも素敵な騎士様にお願いしたいと駄々をこねたらあっさりと了承された。
いや、うん。もちろんあたしだって申し訳ないとは思うよ。でもさ。明らかなスパイに大事なスカーレットフォードを任せるなんてできるわけないもん。
そんなこんなであたしはニコラスにエスコートされ、自室へと戻ってきた。
「殿下、今日はありがとうございました。とっても楽しかったですわ」
「僕のほうこそ、オリヴィア嬢のように可憐なレディと過ごせて光栄でした」
そう言ってニコラスは跪き、あたしの手の甲にそっとキスをしてきた。
はぁ。本当にこのおませさんは。まったくもう。
「またお誘いしますね」
「ええ。わたくしはこれにて失礼しますわ」
「はい」
このままではダラダラと話を長引かせられそうなので、スパっと話を切って部屋の中に入った。するとなんとローレッタたちが出迎えてくれている。
「お帰りなさいませ」
「ええ」
見回してみるが、マリーの姿がない。
「お召し替えをなさいますか?」
「……マリーは?」
「マリーさんは本日より侍女からは外れていただきました」
「……そう」
「お嬢様、あまり乳母とは親密にされますと……」
「分かっていますわ。子供っぽいのでしょう?」
「仰るとおりでございます」
はぁ。寂しいけど、仕方ないね。
「ああ、そうそう」
「何か?」
「明日、騎士の叙任式をすることになりましたの」
「は?」
ローレッタたちはあたしが何を言っているのかさっぱり理解できていないようで、ポカンとした表情をしている。
「聞こえなかったんですの? 明日、騎士の叙任式をすると言ったのですわ。陛下にも御臨席いただけることになったから、滞りなく準備してちょうだい」
「……かしこまりました。ではドレスは……」
「マリーにちゃんと聞いてくださる? マリーならばこれで十分でしたわ」
「かしこまりました」
ううん。なんだかやりにくいなぁ。
「じゃあ、着替えを手伝ってくださる? もう外出の予定はありませんわ」
「かしこまりました。カレン、イヴァンジェリン」
「はい」
「おまかせくださぁい」
こうしてあたしは生まれて初めてマリー以外の侍女に着替えを手伝ってもらったのだった。
……うーん。やっぱりマリーのほうが心地いいなぁ。そのうち慣れるのかもしれないけど。
◆◇◆
一方その頃、執務室に戻った国王が宰相と話をしていた。
「どう思う?」
「はい。たしかに早熟なようですが、所詮は子供ですね」
「ああ、余も同感だ。あれならばニコラスも上手くやっていることだろう」
「いえ、それがどうやらニコラス殿下にはまるで靡いていないようです」
「なんだと?」
国王はそう言って思い切り顔を歪めた。
「ちっ。あの役立たずが。あんな小娘一人、籠絡できんとは」
「ですが、オリヴィア嬢の境遇を考えれば仕方のないことかもしれません」
「ん? どういうことだ?」
「今日の謁見での態度からも分かるのですが、オリヴィア嬢は屈強な大人の男に守られることを望んでいるようです」
「ああ、そのようだな」
「おそらくですが、それはオリヴィア嬢が父親に見捨てられ、男親の愛を知らずに育ったことが原因でしょう」
「どういうことだ?」
「実は、父親のいない娘は年の離れた年上の男を求める傾向にあるのです」
「ほう。そんなものなのか」
「はい。ですから騎士の中の誰かに恋をする可能性がかなり高いはずです」
「なるほどな。だが、魔力無しなんぞとくっつかれてはたまらんぞ?」
「もちろんです。せっかくの血筋ですから、優秀で忠義に溢れる者を選んでおきました」
「うむ。で、文官のほうはどうするのだ?」
「ジェイクに行ってもらう予定です」
「おお! ならば安心だな」
「はい。権益はすぐにでも陛下のものとなるでしょう」
「うむ」
こうして国王と宰相はニヤリと悪辣な笑みを浮かべるのだった。
◆◇◆
一方その頃、謁見の場に集められていた騎士たちは宿舎に戻って各々自由時間を過ごしていた。そのうちの数人は愛馬に跨がり、馬場をゆっくりと流している。
「なあ、ダレル」
「ん? なんだ? アリスター」
「あのお嬢様、どう思う?」
「いや、子供なんてあんなもんなんじゃないか?」
「そうかもしれないが、あんなので開拓村の領主だなんて……」
「まぁなぁ。でも彼女はあのエインズレイ家のご令嬢なのだろう?」
「だが、噂だと父親に――」
「おい! 口に出して言うもんじゃない!」
「おっと、そうだった」
「噂の真偽はさておき、可哀想な子供であることは間違いないだろう。実の父の手で魔の森に捨てられたのだからな」
「そりゃあ……まあ……」
「きっと、不安な毎日を過ごしたに違いない。ならばせめて、夢見る乙女の夢を叶えてやるのも大人の仕事だろう」
「……それが泡沫の夢だとしても?」
「それは……」
ダレルは表情を歪め、口ごもった。すると静観していたもう一人の騎士が口を挟んでくる。
「何をくだらないことを言っているのだ。これは陛下の勅命だ。何も命まで取ろうという話でもないのだぞ?」
「マーティー卿……」
「政略結婚は貴族の義務だ。にもかかわらず、彼女は相手に愛されていると思い込めるのだ。愛もなく、家同士のつながりのためだけに老人に嫁がされる娘もいる中、それはよほど幸せなことではないか?」
「それは……まぁ……そう、ですね」
アリスターはそう納得したが、すぐに大きなため息をついたのだった。
「でも、やっぱり気乗りしないんですよねぇ」
「我々は陛下に絶対の忠誠を捧げている。我々には良心など不要。勅命をただ実行すればいいのだ」
「はぁ。分かってはいるんですけど……」
アリスターは再び大きなため息をつく。
「いいかげんにしろ。陛下の勅命に疑問を持つなど、お前はそれでも騎士か?」
「う……そうですよね。分かってますよ」
アリスターはそう言うと自分の両頬を軽く叩く。
「ようし。やる! やってやる! やっと騎士になれたんだ!」
「そうだ! その意気だ」
アリスターは馬に合図をし、ペースを上げさせる。そんなアリスターをダリルとマーティーも追いかけるのだった。
だが、彼らは知らなかった。その会話を物陰から聞いていた者がいたということを。
次回更新は通常どおり、2025/04/13 (日) 18:00 を予定しております。