第119話 追放幼女、時計塔に登る
あたしはニコラスにエスコートされ、他に誰もいない時計塔の螺旋階段を登っていく。
ううん。それにしてもまさかここに来ることになるなんて夢にも思わなかったよ。しかもこの年齢でさ。
というのもこの時計塔は、悪役令嬢オリヴィアが冬至の日の夕暮れにヒロインをニコラスが呼んでいると騙して呼び出し、暗殺しようとした場所なのだ。冬至の日だった理由は、時計塔の上にある天体観測室で、沈む夕日をバックに愛の告白をされると永遠に結ばれるという言い伝えがあるからだ。
そのイベントでヒロインはセオドリックに殺されかけるのだが、攻略対象たちが駆けつけることで事なきを得る。だが他にいたカップルはまとめてゾンビにされ、ヒロインたちによって浄化されていた。
そしてこのことで完全に国の敵となった悪役令嬢オリヴィアは追われることになるのだが、すぐに冥界の神をその身に降ろして反乱を起こす。
不死の兵士の力はすさまじく、王都は瞬く間に悪役令嬢オリヴィアの軍勢に制圧されることになる。そしてそのときに支配を宣言したのも実はこの時計塔からだったりする。
あたしには関係ないとは思うが、それでもあまりいい印象はない。
「オリヴィア嬢、着きましたよ」
「ええ」
長い階段を登りきり、あたしたちは天体観測室にやってきた。すると一人の若い女性職員が近寄ってくる。
「ニコラス殿下、スカーレットフォード男爵閣下、ようこそお越しくださいました。わたくしは本時計塔の職員で、本日の案内を担当させていただきますブリアナと申します」
「ああ、よろしく頼むよ」
ニコラスは王族らしい口調でそう答えた。少し尊大にも感じるが同時に威厳のようなものがあるおかげか、まるで子供らしくないその口調でも不思議と嫌みな感じはない。
あたしは笑顔を向けることでブリアナへの返事に代える。
「それではご説明いたします。本時計塔は百二十年前、魔法学園が設立されたのに併せ、学園大聖堂の一部として建設されました。それ以来、学生たちのために鐘を鳴らしつづけてきました」
ブリアナが歩き始めたので、あたしたちはそれについていく。そして天体観測室の中央にやってきた。そこにはいくつかの観測機器が置かれている。
「また、我々はここで太陽と月の観測を行っており、時間と暦を管理しています。まずはあちらの窓をご覧ください」
ブリアナはそう言って正面にあるスリットのように細い縦長の窓を指さした。あたしたちの立っている場所とその窓の間には細い高さ一メートルほどの柱が床から生えている。
「あちらの窓はちょうど南の方向を向いています。太陽が南中したとき、その光が柱に当たって影を作り、その影の先端が地面に引かれたこの線にちょうどかかるのです。するとその時間が正午であることがわかります。この現象を利用し、毎日時計の時刻校正をしております」
なるほどねぇ。そういう仕組みだったんだ。
「では、続いてあちらにある三つの窓をご覧ください」
ブリアナは続いて西側にあるいくつかの窓を指さした。
「あれらは暦を確認するためのものです。それぞれ冬至、春分と秋分、夏至の日になるとちょうどあの窓にすっぽりと収まるように夕日が沈んでいきます」
うん。それは知っている。
「その中でも一番南側の窓には、実は言い伝えがあるのです」
ブリアナはニコニコと楽しそうな表情を浮かべている。
「あの窓は冬至の日に沈みゆく夕日を眺めることができるのですが、なんとその日、その夕日を浴びながらここで想いを伝え合った男女は神の祝福を賜り、永遠に結ばれるのだそうですよ」
そう語るブリアナの言葉は妙に熱を帯びている。
もしかして、この人ってそのシチュエーションに憧れていたりするのかな?
「閣下も、魔法学園に通われた際はぜひ、婚約者の方といらしてくださいね!」
「え? ええ。そうですわね」
「もしや、オリヴィア嬢はそういったことがお好きなのですか?」
「え? え、ええ。そうですわね。愛する殿方にそのようなロマンティックなことをしていただいたらきっと素敵だと思いますわ」
あたしはもう領主になってるから学園に通うこともないだろうし、関係ないけどね。
「そうですか……そうですよね」
「ええ」
ちらりとニコラスのほうを見るが、その表情はいつもどおりの完璧な王子様スマイルだ。
「オリヴィア嬢、よろしければ外に出てみませんか?」
「はい」
外ってことは、悪役令嬢オリヴィアが支配を宣言したテラスかな? どこから出るんだろう?
出口を探して周囲を見回すが、それらしい出口は見当たらない。
「こちらです」
あたしはニコラスに連れられ、そのまま職員用のカウンターの中へと入った。するとそこには小さな階段があり、さらに上に上がれるようになっていた。
へぇ。こんなところに階段があったんだ。まほイケだと描かれていなかったから新鮮だねぇ。
そうしてあたしは階段を登り、小さなテラスへとやってきた。
うわぁ! 高い! すごいねぇ。高いところから見る景色ってこんな感じなんだ。
雪の積もった白い屋根が連なっていて、街壁の外の森や畑も一面真っ白だ。視線を下に向けると町を行き交う人々がまるで小さな点のようだ。
「どうですか?」
「ええ。素晴らしい眺めですわ。わたくし、こんな高い場所に来たのは初めてですもの」
「そうですか。それは良かったです。僕も実はここからの眺めが大好きなんです」
「……」
このあとのセリフをあたしは知っている。
「ここからなら民の暮らしが見られますから」
……やっぱりね。でもその本当の理由は……ううん。あたしが首を突っ込む話じゃない。
「そうなんですのね」
あたしはわざと素っ気なく相槌を打った。
「はい」
ニコラスの返事を無視し、あたしはそのまま景色を眺め続けるのだった。
次回更新は通常どおり、2025/03/30 (日) 18:00 を予定しております。