第116話 追放幼女、後見を得る
う……通用しなかった……。
「レディが顔に出してはいけません」
王妃陛下に容赦なく指摘され、あたしはますます身を縮こめる。
「……申し訳ございません」
「ですが、教育係がいない割には上出来でしょう」
王妃陛下は冷たい表情のままそう言った。
マリーがいる! って言いたいけれど……。
「貴女の父、サウスベリー侯爵との事情は聞きました」
「はい」
「貴女は男爵位を持つ貴族です。ですが同時に未成年です。分かりますね?」
「……はい」
「では今後、わたくしが貴女の後見人となりましょう」
「……はい」
「何か不満でも?」
「……いえ。そうではありません。それはつまり、王妃陛下と国王陛下のお二人が揃って後見人になってくださるということでしょうか?」
すると王妃陛下はピクリと眉を動かした。
「どういうことですか?」
「実は――」
あたしはここぞとばかりに昨日あったことを洗いざらいぶちまけた。
「ほう。そうでしたか。ふうん……」
王妃陛下の声のトーンが明らかに一段下がった。
「いいでしょう。オリヴィア、貴女には断れないでしょうからこちらで対処しておきます」
「え? ですが……」
「これが後見人となるということです。それにあの男は一応、わたくしの夫です。波風の立たない形にしておきます」
「は、はい」
王妃陛下はそう言って優雅な所作でカップを口に運んだ。その所作は自然で、たしかにあたしやマリーとは明らかに違う。
「あの男の話はさておき、貴女の身の回りのことも聞いています。まともな侍女は今、乳母一人だけしかいないそうですね」
「はい」
「そして今は十歳になったと」
「はい」
「では、そろそろ乳母から離れる年頃です」
「えっ?」
「気持ちは分かりますが、乳母に甘えていては大人とは認められません。貴女は貴族の当主でもあるのですから」
「はい……」
「それに、乳母はパーシヴァル家の私生児だそうですね」
「っ! ですが! マリーは!」
「その発言が出る時点で、今の貴女がまだ子供だということを意味しています。なぜか分かりますか?」
「それは……」
「いいでしょう。理解はできているようですね」
「……はい」
「乳母を大切に思う気持ちは誰しもが持つものです。もちろんわたくしもです」
「はい」
「ですが貴族が大人になったとき、乳母に依存することなど許されません。貴女の立場であれば、むしろ乳母を守らなければならないのです。その意味を理解できますか?」
「……はい」
「いいでしょう。では、私の侍女を貸してあげます。来なさい」
すると三人の女性がぞろぞろとやってきた。一人は五十~六十歳くらいの金髪にボブカットの眼鏡をかけたスリムな女性だ。琥珀色の瞳にはどこか迫力があり、やや威圧的な印象を受ける。
残る二人は二十歳そこそこといった感じで、一人は茶髪の長いポニーテールに緑の瞳で少し背が高く、もう一人は水色のツインテールに青い瞳で背は低いが胸は大きい。
「彼女はローレッタ・リンスコット・ワイアット。グリーンフォード伯爵未亡人です。女家庭教師だけでなく、目付役にもなれるでしょう。マナーだけでなく様々なことを学び、一人前のレディとなれるように精進なさい」
「はい」
「ローレッタ」
「はい。スカーレットフォード男爵閣下、ローレッタ・リンスコット・ワイアットと申します。王妃陛下の命に従い、これからお嬢様の教育係を務めさせていただきますわ」
「ええ、ローレッタ。これからよろしくお願いしますわ」
「はい。お嬢様」
ローレッタはお嬢様と呼び直し、カーテシーをしてきた。すると王妃陛下が残る二人を紹介してくる。
「この者はベルバリー伯爵令嬢カレン・クローブ、この者はリントン男爵令嬢イヴァンジェリン・フライです」
茶髪ポニーテールがカレン、水色髪のツインテールがイヴァンジェリンらしい。
「男爵家の当主として、貴族の女性として、同じ青い血を持つ女官を扱う力を身に付けなさい」
「はい」
「よろしい。では、二人とも挨拶なさい」
「はい。男爵閣下、カレン・クローブと申しますわ」
「イヴァンジェリン・フライと申しますわぁ」
「ええ。よろしく」
するとローレッタがすぐにあたしに近寄り、耳元で囁いてくる。
「お嬢様、もしお土産などをお持ちでしたら今お出しください」
「え? あ!」
忘れていた! せっかく献上用に連れてきたのに!
「王妃陛下」
「なんですか?」
「お招きいただいたお礼に、鳥のスケルトンを連れて参りましたの。この場でお出ししても?」
「ええ。許します」
そう言った王妃陛下の表情は少し柔らかいものとなった気がする。
「では、失礼しますわ」
あたしは持ってきた小さな鞄を開ける。
「Bi-137、出てきなさい」
すると全長十センチメートルほどの小さな鳥のスケルトンが出てきた。
「それが噂の『すけ』ですか」
……王妃陛下まですけって言ってる。もう完全に広まっちゃってるみたいだし、なんだかもうすけでいい気もしてきた。
「この子はアオガラの骨で作ったスケルトンですわ。Bi-137、この辺を一周して戻ってきなさい」
するとBi-137はカタカタと音を立てながら飛び立ち、東屋の周囲をぐるりと回って戻ってきた。
「このように命じたことを理解し、実行してくれますわ。といっても、あくまでアオガラができる程度のことしかできませんから、見張りや手紙のような軽いものを運ぶくらいしかできませんけれど」
「……」
王妃陛下は冷たい表情であたしのほうをじっと見てくる。
ううん。何を考えているのかわからない。
「よろしければこの子を献上させていただきたく存じますわ」
「……いいでしょう。この子の名前は、なんと言ったかしら?」
「わたくしは便宜上、Bi-137と呼んでおりますわ。もしよろしければ、お名前を付けてくださいませ」
「そう……」
王妃陛下はじっとBi-137を見る。
「クティ。クティとしましょう」
「素敵なお名前ですわ。Bi-137、今からお前の名前はクティよ。これからは王妃陛下の命令に従うように」
カタカタカタ。
クティはまるで頷くかのように頭を上下した。
「クティ、こちらにいらっしゃい」
王妃陛下に呼ばれ、クティは王妃陛下の前までカタカタと歩いていった。それから王妃陛下はクティを指先に乗せ、不思議そうに観察するのだった。
次回更新は通常どおり、2025/03/09 (日) 18:00 を予定しております。