第115話 追放幼女、王妃とのお茶会に臨む
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温室の鑑賞を終え、自室の前へと戻ってきた。あたしはすぐにニコラスにお礼を言う。
「殿下、今日はとても楽しい時間を過ごさせていただきありがとうございました。大変光栄でしたわ」
「オリヴィア嬢、僕もです。貴女のように可憐でお美しい女性と過ごせる時間は夢のようでした。このまま時が止まってほしいと何度願ったことか」
「まぁ、殿下ったらお上手ですわ」
「本心からそう思っているのです。そう、今だって」
ニコラスはそう言ってキラキラとした笑顔であたしの目を見つめてくる。
その仕草、その表情。たしかにまほイケで見た完璧な王子様のそれだ。
……でもさ。君、まだ十歳だよね? こんな年齢からこれだなんて、一体将来はどれだけたくさんの女の子を泣かせるつもり?
はぁ。まったく。
「そんなふうに仰っていただけるなんて、光栄ですわ」
あたしはニコリと微笑み、カーテシーをした。するとほんの一瞬、本当にごく一瞬だけだけどニコラスの眉がピクリと動いた……ような気がした。
いや、でもやっぱり気のせいかな?
「オリヴィア嬢、またお会いできますね?」
「ええ。そうですわね」
こうしてあたしはニコラスと別れ、自室に入った。すると中ではかなり緊張、ううん。違うね。どこか焦ったような不安なような、そんな表情をしたマリーが駆け寄ってきた。
「お嬢様」
「マリー、ただいま」
「お帰りなさいませ。いかがでしたか? 何もございませんでしたか?」
「え? うーん……そうだねぇ。色々あったよ」
あたしは謁見のこと、それからニコラスにお城を案内してもらったことを説明した。
「そうでしたか。実はお嬢様が散歩をなさっている間に宰相閣下がいらっしゃいました」
「え? 宰相が? どういうこと? 街道整備の何か?」
「いえ。お嬢様の後見人に国王陛下がなっても良い、と」
「へっ?」
どういうこと?
……って、あ、そっか。そういうことか。
「なるほどねぇ。それで今日、いきなり呼ばれたんだ」
「どういうことでしょう?」
「ほら。国王陛下は王妃陛下よりも先に話がしたかったんじゃないかな」
「え?」
マリーはポカンとした表情をしている。
「だって、王妃陛下のお茶会は明日でしょ?」
「はい」
「それで、王妃陛下も同じ提案を直接あたしにしようとしてるんだと思う」
「ええと……あ!」
マリーもあたしの言わんとしていることを理解してくれたようだ。
それにしても、これは完全に想定外だったね。単に女性のほうが話しやすいから王妃陛下が招待状を送ってきたんだと思ってたけど、まさか一枚岩じゃなかったなんてね。
「でしょ? きっと国王陛下はうちの金鉱山とスケルトンが欲しいんじゃないかな? 王妃陛下に取られる前に」
「なるほど。そうかもしれません……」
「でしょ? そもそも招待が連名じゃなかった時点で気付くべきだったねぇ」
「……そうですね。申し訳ございません」
「え? なんで謝るの?」
「私がしっかりしていなかったばかりに」
「そんなの気にしないでよ。どうせ招待は断れないんだし、なるようにしかならないもん」
「はい」
「それでさ。こういう場合ってどうすればいいの? 断ったらやっぱり失礼?」
「はい。そうなるでしょう。ですが王妃陛下のお申し出を断るのもまた……」
「そうだよねぇ」
うーん。どうしようかなぁ……って、あれ? あっ! そうだ!
「マリー! あたし、いいことを思いついたよ」
「いいこと?」
「あのさ――」
あたしはその案をマリーに伝えるのだった。
◆◇◆
翌日の午後、あたしは王妃付きの専属侍女に案内されて王妃宮へとやってきた。その庭には昨日の温室よりもさらに大きく、色とりどりの花が咲き誇る温室がある。その中ほどにある東屋の椅子に、特徴的なピンクブロンドの長いウェーブロングの髪の女性が腰かけていた。
「あちらのお方がグレース・ジョンストン・ゴドウィン王妃陛下です」
「はい」
あたしは東屋の前まで行き、カーテシーをした。すると専属侍女の女性が王妃陛下の許へと近づいていき、小声で何かを伝える。
すると王妃陛下は冷たい目であたしのことをじろりと見てきた。
う……もしかして先に国王陛下に会ったから怒ってるのかな?
「……スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイですわね?」
「はい。スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイが王妃陛下にご挨拶申し上げます。お目にかかれて光栄ですわ」
だがあたしの挨拶に表情をピクリとも動かさず、冷たい声でぴしゃりと言い放つ。
「よろしい。おかけなさい」
「はい。失礼いたします」
あたしはしずしずと勧められた席についた。するとすぐにケーキスタンドが運ばれてくる。
「本日はキュウリのサンドイッチ、スコーン、イチゴのショートケーキでございます」
す、すごい。こんな季節にキュウリとイチゴだなんて。もしかしてこの温室で育てたものだったりして。
「本日のお茶はシナモンとジンジャー、カルダモン、クローブで香り付けをしたフレーバードミルクティーとなります」
ううん。これもすごい。生姜以外の香辛料は輸入品だ。しかも白砂糖をこれでもかと言うほどどかどかと入れている。
「さあ、お上がりなさい」
王妃陛下は相変わらずの冷たい表情でそう言った。
「はい」
あたしは緊張しつつも、マリーに習ったマナーを思い出しながらゆっくりといただく。
うん。独特の香りとものすごい甘さで体が温まる……ような気がするけど緊張でそれどころじゃない。
あたしは音を立てないよう、そっとカップを置いた。王妃陛下の表情は相変わらずで、じっとあたしの目を見てくる。
「……少し荒いですが、基礎はできているようですね」
あたしはなるべく表情を変えず、笑顔を貼り付けながら王妃陛下の目をじっと見る。
「ですが、細部に魂が込められていません」
王妃陛下はぴしゃりとそう言い放ったのだった。
次回更新は通常どおり、2025/03/02 (日) 18:00 を予定しております。