第114話 追放幼女、庭を散歩する
2025/05/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
あたしはニコニコとほほ笑みながら、こてんと小首を傾げた。
なあに? あたし、難しいこと分かんなーい。
そんなメッセージを込めてみたんだけど、伝わっているかな?
だが国王陛下はニヤニヤしながらじっと見つめてくる。あたしは負けずに無邪気を装い、そのまま国王陛下のことを見つめ返す。
しばらくそうしていると、国王陛下の隣にいる男がそっと耳打ちをした。すると国王陛下は大きなため息をつく。
「ところでオリヴィア嬢、そなたは十歳であったな?」
「はい。仰るとおりですわ」
「ふむ。実は余の息子も同い年でな。名をニコラスという」
えっ!? ちょっと待って! それってもしかして、攻略対象の!?
「入ってきなさい」
すると一人の少年がやってきて玉座の隣に立った。
赤髪に青い瞳、そして幼いとはいえ国王陛下とはあまり似ていない顔つき。間違いない。攻略対象のニコラスだ。
あたしはすぐにカーテシーをした。
「オリヴィア嬢、これは余の息子、ニコラスだ。ニコラス、彼女はオリヴィア・エインズレイ嬢、サウスベリー侯爵令嬢であり、スカーレットフォード男爵でもある。挨拶をしなさい」
「はい、父上」
ニコラスはそう言うと、階段から降りてあたしの目の前にやってきた。ニコニコと完璧な王子様スマイルを浮かべている。
「ゴドウィン王国第三王子、ニコラス・ゴドウィンと申します。可憐なレディにお会いできて光栄です」
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイと申します。お会いできて光栄ですわ」
ニコラスが目の前で片膝をついたので、あたしは手を差し伸べた。するとその手の甲にニコラスは優雅な所作でキスをしてくる。
すると国王陛下が突然意味不明な発言をする。
「ふむ。二人とも、お互いが気に入ったようだな」
はい? 気に入った? そんなわけないでしょ! なんで歩く死亡フラグなんかを!
「はい」
そう肯定したニコラスの表情は変わらず、王子様スマイルを浮かべたままだ。
「ではニコラス。城を案内してやりなさい」
「かしこまりました。オリヴィア嬢、エスコートしても?」
「ええ。光栄ですわ、殿下」
こうしてあたしはニコラスにエスコートされ、謁見の間を退出した。そしてそのまま城内の案内をしてもらう。
もうかなりおぼろげな記憶ではあるが、まほイケで見たような光景がそこかしこにあり、懐かしいような、悲しいような、嬉しいような、それでいて不安なような、なんとも複雑な気分にモヤモヤしてしまう。
もちろん、それを加速させているのがこのニコラスだ。
「オリヴィア嬢、次は庭園をご案内しますね」
相も変わらずの王子様スマイルで完璧にエスコートしてくれている。きっとこのまま大きくなれば、まほイケに出てきた完璧な王子様になるんだろうな、とも思う。
でもさ。なんだか子供っぽくないんだよね。あたしが言えた口じゃないかもしれないけど、大人びているとかじゃなくって、こう、なんだろう。感情がない、みたいな。そんな感じ。
あんまり比較対象がないからよく分からないけど、もしかして貴族の子供はみんなこんな感じだったりするのかな?
そんなことを考えつつ、あたしたちは庭にやってきた。銀世界ではあるものの、道はしっかり除雪されている。ここ数日の晴天のおかげもあってか石畳は乾いており、歩くのに支障はなさそうだ。
「オリヴィア嬢、足元にお気を付けください」
「ええ、ありがとう存じますわ」
この道は知っている。この先にガラス製の温室があるはずだ。きっと花を見せてくれようとしているのだろう。
まほイケだと大きくなったニコラスがヒロインをエスコートして歩く道なんだけど……まさかあたしが、しかもこの年齢でニコラスと歩くとは思わなかったなぁ。
そんな感傷に浸りつつ、あたしは温室の前にやってきた。
うん。これもスチルと同じだね。でもさ。あたしを入れちゃっていいの? ここ、王族専用じゃなかったっけ?
うーん……ま、いっか。まほイケでも、当時婚約者でも何でもなかったヒロインを招待しちゃってたし。それにシナリオから遠ざかったってことは、死亡フラグが遠のいたってことでもあるもんね。
「オリヴィア嬢、ここは王家の温室です。本当は王族専用なのですが、是非ともオリヴィア嬢をご案内したかったのです」
……これ、まほイケで聞いたようなセリフだね。細かい文言は違うかもしれないけれど、ヒロインを連れてたときに似たようなことを言っていたような気がする。
「まあ、光栄ですわ」
あたしは無邪気に微笑み、ニコラスのエスコートにその身を任せるのだった。
◆◇◆
一方その頃、オリヴィアの部屋で待機しているマリーを宰相が訪ねていた。マリーはガチガチに緊張した様子で礼を執っている。
「宰相閣下におかれましてはご機嫌麗しく」
「そうかしこまらず、楽にしてください」
宰相はニコニコと笑みを浮かべてそう言うと、マリーは礼を解いた。
「さて、手短にお伝えします。オリヴィア嬢とサウスベリー侯爵の親子喧嘩の件、事情は聞いております」
「……はい」
マリーはさっと警戒した様子になり、宰相の目をじっと見ている。
「ああ、そのように警戒しないでください。事情を聞き、お心を痛められた国王陛下がオリヴィア嬢の後見をしても良いと仰っています」
「えっ!? 国王陛下が!? 直々に、でございますか!?」
マリーは相当驚いたようで、大きな声で聞き返した。
「はい。そうです。いくら爵位を持っているとはいえ、オリヴィア嬢はまだ十歳の子供です。それに今後は乳母であるマリー嬢では対応できないことも増えるでしょう。いくら庶子とはいえ、男爵家で育ったのですからその程度のことは理解していますね?」
「……はい」
「であれば話は早いです。国王陛下の後見ほど強力なものはこの国にはありません」
「で、ですが……」
「国王陛下はですね。オリヴィア嬢の境遇に大変お心を痛めておられます。その証拠に、国王陛下はニコラス第三王子殿下にオリヴィア嬢のエスコートをお命じになられました」
「……はい」
マリーは硬い表情で相槌を打った。すると宰相は小さくため息をつく。
「いいですか? 国王陛下が王子殿下にエスコートを直々にお命じになられたのですよ? その意味を、よくよくお考えいただきたい」
宰相はそう言ってマリーの目をじっと見た。返答に窮してか、マリーの目が泳ぐ。
「お返事がないということは、後見を受け入れるということでよろしいですか?」
「え? そ、その……わ、わたくしでは判断いたしかねますので、男爵閣下にお伝えいたしますわ」
すると宰相の目がスッと細くなったが、すぐに微笑みを浮かべた。
「そうですね。ぜひ、よろしくお伝えください。これは大変なチャンスである、と」
「……はい」
「それでは失礼します」
宰相はそう言い残すと、すぐさま退室していった。それを見送ったマリーはその場にへたり込んでしまうのだった。




