第113話 追放幼女、謁見する
2025/05/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
今日は一月五日、王妃陛下のお茶会の前日だ。あたしはピンクの可愛いデイドレスを身に纏い、午前中からお茶会のマナーの復習をしている。
するとそこへ突然お城の官吏がやってきた。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイ閣下! 国王陛下のご命令です。今すぐに謁見の間に来るように、とのことです」
「陛下が?」
あたしがちらりと見ると、マリーは即座に頷いた。
そうだよね。いきなり呼びつけられたのはちょっと怖いけど、さすがに断れないもんね。
「すぐに向かいますわ。マリー」
「はい」
「いえ、乳母の方はご遠慮ください。モールトン子爵閣下が迎えに参ります」
「まあ、モールトン子爵閣下が?」
「はい。子爵閣下は男爵閣下と顔見知りとのことですので、国王陛下がご下命なさいました」
「そう」
「では、ご準備ください」
そう言って官吏のおじさんは退室していった。
「びっくりだね。マリー、身支度をお願い」
「はい。すぐにでも」
こうしてあたしたちは急いで身支度をするのだった。
◆◇◆
その後、三十分ほどでモールトン子爵が迎えにやってきた。
「子爵閣下、またお会いできて嬉しいですわ」
「こちらこそ。可愛らしいレディにまたお会いできて嬉しいですぞ。それに、今日のそのドレスも大変似合っておりますぞ」
「まぁ、ありがとう存じますわ」
モールトン子爵のお世辞にあたしは愛想笑いで返す。
「さあ、レディ。国王陛下がお待ちですからな。エスコートいたしますぞ」
「ええ、お願いしますわ」
こうしてあたしはモールトン子爵に連れられ、謁見の間へとやってきた。
「スカーレットフォード男爵、オリヴィア・エインズレイ嬢をお連れいたしました!」
モールトン子爵が謁見の間の入り口から大声で叫んだ。すると玉座に座る国王陛下は鷹揚に頷く。
「私のエスコートはここまでですぞ。さあ、陛下の御前へ」
「ええ。感謝しますわ」
こうしてあたしはモールトン子爵を残し、赤いカーペットの上をゆっくりと歩く。
ううっ。緊張するね。
しかも左右にはきっと廷臣であろう人たちがずらりと並んでおり、まるで品定めでもするかのようにあたしのことをジロジロと見てきている。嫌悪感を隠そうともせずに眉をひそめる者が一番多い。その他にはひそひそ話をしている人たちもいて……中にはニタァってまるでゴブリンみたいな笑みを浮かべる奴までいる。
……それはさすがに気持ち悪いよ。
そんなこともあってか、短いはずの玉座前の階段までの距離がやたらと長く感じてしまう。
それでもなんとか所定の位置まで歩き、あたしはカーテシーをした。国王陛下もまた、あたしを値踏みするかのような目でじっと見下ろしてきている。
だが国王陛下は何も言わず、そのまま数分間の沈黙が続いた。だが突然ニヤリと笑う。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイだな?」
「はい。偉大なる国王陛下にスカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイがご挨拶申し上げます」
ずっとカーテシーをさせられているせいでちょっと辛いのだが、それを無理やり押さえつけてニッコリとほほ笑んだ。
「ふむ。いいだろう。楽にするがいい」
ようやく許され、あたしはカーテシーをやめた。
「さて、オリヴィア嬢。遠路はるばるご苦労だった。魔の森を通り、バクスリーを訪れたそうだな」
「はい」
「どうであった? さぞ、魔物に襲われたのではないか?」
「はい。陛下のご明察のとおり、多くの魔物の襲撃を受けましたわ」
「ふむ。戦いは激しかったのか?」
「はい。ですが人の被害は出ておりませんわ」
「ほほう。なるほどな」
国王陛下はそう言ってニヤリと笑い、隣にいる男と何やらひそひそ話をし始めた。残念ながら、話している内容はまったく聞き取れない。
「つまり、『すけ』には被害があったということだな?」
えっ!? なんで国王陛下が『すけ』なんて言葉を知ってるの!?
って、それもそうか。バイスター公爵もエドワード卿も言ってるもんね。
「ほほう。そうかそうか」
国王陛下は何を勘違いしたのか、そう言ってニヤリと笑った。
「やはり無茶であったようだな」
「……なんのことでございましょう?」
だが国王陛下は不敵な笑みを浮かべたままじっとあたしを見つめている。あたしはなんとか笑顔を貼り付けたまま、次の言葉を待ち続ける。
「……ふむ。まあ良い。アルフレッドから、オリヴィア嬢が王都との間に道が欲しいと言っておったと聞いてな。ラズローへの道を通したと聞き、もしや、と思っていたのだがなぁ」
国王陛下はそう言い、なおもニヤニヤとあたしのほうを見てきている。
えっと……どういうこと? これ、もしかしてあたしに道を作ると宣言させたいってこと?
でも、だったらもっと言い方が……あ! 分かった! これ、きっとあたしに助けてほしいって言わせたいんだ。それで貸しを作ろうって魂胆じゃない?
ふーん。でも、そんな手には乗らないよ。
「陛下」
「ん? なんだ?」
「どうぞ、わたくしに道の開削をお命じくださいませ。きっとやり切ってご覧に入れますわ」
「む……」
国王陛下は真顔になり、あたしの目をじっと見つめてくる。やはりあたしのことを値踏みしているようだ。それをあたしは愛想笑いで受け流す。
すると国王陛下は再び隣の男とひそひそ話を始めた。すぐに話はまとまったようで、再びあたしのほうを見てくる。
「いいだろう。オリヴィア嬢、そなたにはスカーレットフォードより道を伸ばし、現在の魔の森を通ってバクスリーへと至る道の開削を命じる」
「謹んで、お受けいたしますわ」
あたしはニコリとほほ笑んだ。
「ところオリヴィア嬢」
「はい」
「モールトン子爵の話によると、そなたの騎乗している『すけ』は雪道をものともしないそうではないか」
「ええ。もともとはフォレストディアの骨ですもの。雪の森を駆け回っていたのですから、多少の雪くらいはどうってことありませんわ」
「ほほう。フォレストディアの。それは興味深いな」
国王陛下はニヤニヤしながらあたしのほうを見てくる。
……あのさ。これ、もしかしてスケルトンを寄越せって言われてる?
やっぱり国王陛下が強欲っていう記憶、間違ってなかったね。
まったく。いくら国王陛下だからって、他人の物をそんなふうに欲しがるのはどうかと思うな。
よーし! こういう相手なら遠慮はいらないね。あたしもあたしの武器を最大限に使わせてもらうよ!