第111話 追放幼女、雪道を進む
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2025/05/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
しっかり体を休めた後、あたしたちはモールトンを出発した。この先にはレディントン伯爵領があり、そこを抜けると国王陛下の直轄領に入る。
聞いた話によると、モールトンから王都までは馬車で二週間ほどで着くそうだ。
うーん、思ったよりも時間かかっちゃったね。このままだと確実に年越しをしちゃうし、ちょっとスピードアップしたほうがいいかもしれない。
「マリー、急ごうか。あんまり遅くなるとまずいし」
「はい」
こうしてあたしたちは少しペースを上げ、先を急ぐ。そうして三十分ほど進んでいると、ちらちらと小雪が舞い始めた。
「マリー、綺麗だね」
「はい。ですが天気が崩れないかが心配です」
「う……それは困るね」
「はい。お風邪など召されませんようにお気を付けください」
「うん」
そんな会話をしつつ、あたしたちはちょっと速めのペースで進んでいく。すると時間が経つにつれ、雪は徐々に強くなっていった。
まだ前が見えないって程じゃないから大丈夫だとは思うけど……と思っていると、サイモンが声を掛けてきた。
「男爵様、この雪で進むのは危険ではありませんか? 次の村で休んだほうが……」
「そうだね。でもあんまりもたもたしてられないし、ホワイトアウトしてなければ進みたいかな」
「雪の中を進むのは危険です。新雪は想像以上に沈みますし、動けなくなってしまっては……」
「そう? でもこの子たち、特に気にしてなさそうだよ? もともとはフォレストディアだから、フォレストディアが動けるくらいの雪なら大丈夫なんじゃない? 馬車も連れてないから脱輪とかもしないでしょ?」
「え? あっ……で、ですが雪の中での移動は体力が……」
「あたしはクレセントベアの毛皮のおかげで暖かいかな。むしろ運動したら熱いくらいだけど、サイモンは寒い?」
「いえ。私は別に……」
「なら行こうよ。前が見えなくなるレベルだったらちゃんと止まるからさ」
「はい」
そんな会話をしつつ、あたしたちは大雪の中を進むのだった。
◆◇◆
それから数時間して雪は小降りになってきた。積もった雪はフォレストディアのスケルトンの膝上ぐらいにまで達しているが、スケルトンたちはペースを落とすことなく走り続けてくれている。
さすが、生きていたころは雪の積もった森の中を駆け回っていただけはあるよね。
そんなわけであたしたちはお昼前に到着した次の村を通過し、次の村を目指して進む。普通の旅人はこの村で一泊するそうなので、あたしたちのペースはその倍くらいってことかな?
そうこうしているうちにその村はあっという間にあたしたちの視界から消え、しばらくするとまた雪が強まってきた。
「すごい雪だねぇ。こんなに降るのはやっぱり北のほうだからかな?」
「そうかもしれません。ただ、王都の雪はそれほどでもないと聞きます」
「へぇ、そうなんだ。王都のほうが北にあるのにうちよりも雪が降らないの?」
「はい。そのようです」
「あ、そっかぁ。そうだよね。雲っていつも西から来るし」
「え?」
マリーはそう言ってしばらく考えるようなそぶりを見せた。
「ほら、夕立とかも必ず魔の森の奥のほうから来るでしょ?」
「そういえば……」
「ってことは、きっと魔の森の向こうには海があるんだろうねぇ。その海ってどんななんだろう。やっぱり冬は凍ったりするのかなぁ?」
「海があるかは分かりませんが、そうなっていれば素敵ですね」
「うん。でしょ?」
「はい。きっと」
マリーは優しい目をしながらそう言ってくれたけど、絶対にあると思う。
だって、西から東に雲が流れて来るってことは、そっちに雲の発生源があるってことでしょ?
ものすごく広い湖かもしれないけど、普通に考えたら海だと思うな。それに海があれば港だって……って、そんなことを考えても意味ないね。今は王都に行くことを考えないと。
こうしてあたしたちは大雪の中を突き進むのだった。
◆◇◆
それから一週間ほどで、あたしたちは国王陛下の直轄領に入った。特にレディントン伯爵領の領都レディントンを過ぎてからは道路に積もった雪は目に見えて少なくなっていて、日に何度となく荷物を満載した荷馬車や乗合馬車の姿を目にするようになった。
なんでもレディントンは交通の要衝だそうで、複数の街道が交わるだけでなく二つの大きな川の合流地点であり、水運の拠点にもなっているのだという。特に王都とレディントンの間は人の移動が多く、物流の大動脈と言っても過言ではないのだそうだ。
ただ、マリーからは雪が少ないとも聞いていたけれど全く降らないというわけではないようで、現にあたしたちが進む道にはかなりの雪が積もっている。
そのおかげで一日に何度も脱輪したりして動けなくなった馬車を救助してやった。といっても、クマが後ろから押してあげただけだから大したことはしてないけれど。
そんなことを考えつつ進んでいると、道の先で動けなくなっている集団を発見した。
「また脱輪?」
「かもしれませんね」
あたしたちは動けなくなっている集団に近づいていく。どうやら集団のほとんどは護衛らしく、しかもお揃いの格好をしている。
「騎士かな?」
「おそらくは」
「なら助けは不要かな?」
「かもしれません。ですが、騎士であれば貴族がいる可能性があります。挨拶くらいはしておいたほうがよろしいかと」
「そっか。じゃあ一応声、掛けとこう。サイモン」
「はい」
サイモンが一人で集団に近づいていき、その中の一人に話しかけた。二言三言話し、サイモンはすぐに戻ってくる。
「男爵様、どうやらあの車列はモールトン子爵閣下ご本人が乗っておられる車列のようです」
「あ、そうなんだ。じゃあ挨拶、しとかないとね。そう伝えてきて」
「はい」
サイモンが騎士たちのところに行き、すぐに騎士を連れて戻ってきた。騎士はすぐさまあたしに跪く。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイですわ。モールトン子爵閣下にご挨拶させていただけます?」
「はっ! ただ今確認して参ります」
騎士はそう言うと集団の中に戻っていく。それからしばらく待っていると、ものすごくでっぷりと太って顔がてかてかしているおじさんを連れて戻ってきた。
え? もしかしてこのおじさんが?
「男爵閣下、モールトン子爵閣下にございます」
「あら、わざわざお出ましいただけるなんて光栄ですわ」
あたしはモールトン子爵に向かって微笑んだ。
「下りられるように膝を折りなさい」
フォレストディアのスケルトンはすぐにしゃがみ、あたしは地面に降りようとした。だがモールトン子爵がそれを止めてくる。
「馬上? からで大丈夫ですぞ。雪の上など、レディが歩く場所ではありませんぞ」
「まぁ、感謝いたしますわ」
あたしは再び微笑むと、すぐに挨拶をする。
「モールトン子爵閣下、お初にお目にかかりますわ。わたくし、スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイと申しますわ」
「モールトン子爵フレディ・ジェファーソンと申しますぞ。可愛らしいレディにお会いできて光栄ですぞ」
あたしはニコリと微笑み、手を差し出した。モールトン子爵はその手の甲にキスをする仕草をする。
「子爵閣下、このような場所でどうかなさいましたか?」
「いやぁ、久しぶりの大雪で脱輪してしまいましてな」
「それは大変! お怪我は?」
「奇跡的に私も妻も大丈夫でしたぞ。神のご加護のおかげですな」
「そうですわね」
あたしはそう言って愛想笑いをした。
「何かお手伝いできることはございます?」
「いえいえ。騎士たちがおりますからな。じきに動けるようになりますぞ」
「それは出過ぎた真似をしてしまいましたわね。見れば本当に、頼もしそうな方々ばかりですわね」
「ええ。自慢の騎士たちですからな」
モールトン子爵はそう言って誇らしげな表情を浮かべた。
「わたくしたち、実はモールトンにも立ち寄りましたの」
「おお! そうだったのですな。留守にしており申し訳ない」
「いいえ。わたくしたちも急でしたもの」
「しかし、驚きましたぞ。まさか本当に魔の森を抜けてくるとは思いもしませんでしたぞ」
「他に道はありませんもの。仕方がありませんわ」
「……そうでありましたか」
モールトン子爵は深刻そうな表情を浮かべた。
あれ? どういうこと?
「ところで、それが噂の動く黒い骨、ですな」
「ええ。スケルトンですわ」
「そうでありましたか。いやはや、ユニークな魔法ですなぁ」
モールトン子爵はそう言うと、目をキラキラと輝かせながらあたしのスケルトンたちを見ている。
すると向こうから騎士が近づいてきて、何かを言いたげにあたしたちのほうを見ている。
「子爵閣下、騎士の方がいらっしゃいましたわ」
「え? ああ、これはご丁寧に。感謝しますぞ」
「いいえ」
あたしは再びニコリとほほ笑んだ。
「では男爵閣下、お会いできて嬉しかったですぞ」
「わたくしも、光栄でしたわ」
「旅の無事を祈っておりますぞ」
「ええ。わたくしも」
こうしてあたしたちはモールトン子爵と別れ、王都へと向かうのだった。