第109話 追放幼女、王都を目指す
2025/05/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
翌朝、あたしたちはバクスリーを発った。次の主な目的地はモールトン子爵領の領都モールトンとなる。
ちなみにモールトン子爵領は羊毛の一大産地だそうで、初夏に行われる羊の毛刈りは一大風物詩なのだという。
うちでも羊は飼っているくらいなので、羊は特段珍しい家畜というわけではない。ただ風物詩にまでなっているということは、きっとよほどの規模なんだろうね。
あたしたちはフォレストディアのスケルトンに乗り、一路東を目指して進んでいく。そうこうしているうちにお昼前となり、あたしたちの目の前には領境を示す看板が現れた。まだ森の中だが、ここから先はモールトン子爵領となる。
そのまましばらく進むと突然視界が開けた。そこから先は見渡す限りの平野が広がっている。すっかり雪に埋もれているが、きちんと柵で囲われているので畑か牧場のどちらかだと思う。
羊毛が名物ということだし、やっぱり羊牧場かな?
ううん。それにしても広いね。どれくらいの家畜が飼われているんだろう?
この牧場だけでうちの家畜すべてを放し飼いにできそうだ。うちにもこんな牧場があればお肉が……ううん。違うね。こんなに広い土地があるならやっぱり畑にする気がする。最近は大丈夫だけど、もし魔物が襲ってきたら被害が甚大だもん。
そんなことを考えながらしばらく道を進んでいると何やら小さな村が見えてきた。十軒ほどの小さな村で、村を囲う壁はかなり簡素だ。
魔の森が近いのに、あんな壁で大丈夫なのかな?
そんな疑問を抱きつつも、あたしたちは村の入り口の前に到着した。
「マリー、どうする? 寄っていく?」
「そうですね。おそらくですが、この村はジェラルド卿が一泊するとちょうどいいと仰っていたバドフォード村だと思います」
「え? でもジェラルド卿、夕方ごろに着くって言ってたよ?」
「スケルトンが休みなく歩いてくれたおかげでしょう」
「そっか。牛車で行ったときはもっと休んでたもんね」
「お嬢様、それは……」
マリーが微妙な表情をしている。
うーん。でも追放されたときの馬車はよく分からなかったし、それ以外はほとんどスケルトンだもんなぁ。
「これを逃すと次はモールトンに着くんだっけ?」
「はい」
「じゃあここで一泊していこうか。ジェラルド卿が先触れを出してくれているし」
「そうしましょう」
あたしたちはこうしてバドフォードで一泊することにしたのだった。
◆◇◆
その日はバドフォードの村長の家に泊めてもらうと、あたしたちはすぐにモールトンへ向けて出発した。
そこから先もずっと平野が広がっており、よく言えば広大な、悪く言えば単調な景色がずっと続く。
変化といえば、たまに現れる数軒の小さな集落くらいなものだ。
そんな退屈な道をやや早足で進んで昼下がりとなったころ、小さな丘を登り切ったあたしたちの眼下に小さな町が出現した。
「あっ! マリー、あれだよね? モールトン」
「はい。おそらくは」
「やっと着いたんだね。ずっと景色が変わらなかったから退屈だったんだよね。あ! なんだか一つだけすごく立派な建物があるね」
「はい。あれは大聖堂でしょう」
「大聖堂かぁ。ま、あたしには関係ないね」
「……そうですね」
「じゃ、行こうか」
「はい」
あたしたちは丘を降り、モールトンの町へと向かうのだった。
◆◇◆
その日、あたしたちはこの町で唯一という小さなホテルに宿泊することとなった。本当はモールトン子爵に挨拶をし、あわよくばそのまま泊めてもらおうと思っていたのだが、なんと先触れが来ていたにもかかわらず留守だったのだ。
といっても別に意地悪をされたというわけではない。子爵は先触れを受ける少し前から出張しており、そのまま王都に行って年越しをする予定なのだそうだ。
そういう事情であれば仕方がないし、先触れを出してくれていたおかげでホテルを用意してくれていた。そんなわけで、あたしたちは執事の人に言伝を頼んでホテルにいる。
今日と明日はここで体を休め、王都に向かおうと思う。
そんなこんなで夕食を食べ、部屋でリラックスをしていると扉がノックされた。
「お嬢様、私です。よろしいでしょうか?」
あれ? 用事があるってついさっき出て行ったばっかりなのに、忘れ物かな? マリーが忘れ物なんて珍しいね。
「うん。どうぞ」
「失礼します」
鍵が開く音がし、すぐに扉が開いてマリーが入ってきた。マリーはあたしのほうをちらりと見ると、扉のほうへと声を掛ける。
「大丈夫です」
うん? 何が?
「姫様、お誕生日おめでとうございます!」
「へっ?」
なんと、扉の向こうから火のついたロウソクを持ったパトリックが入ってきた。さらにその後ろからは何やらトレイを持ったサイモンが現れる。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「「おめでとうございます!」」
「えっ? あ、あれ? もう十九日?」
するとマリーたちは呆れたような表情を浮かべた。
「はい。本日は十二月十九日です。二年連続でご自分のお誕生日をお忘れにならないでください」
「あ、あはははは。ちょっと忙しくって……」
「去年も同じことを仰っていましたよ?」
「ごめんごめん。でも、やっぱりどうしても忘れちゃうんだよねぇ。忙しいし」
「……きっと今ごろ、スカーレットフォードではお嬢様の生誕祭が行われていますよ。去年のように盛大にとはいかないでしょうけれど」
「うーん、そっかぁ。ちゃんと予算を出してあげればよかったねぇ。急に出てきちゃったし」
するとマリーがジト目でこちらを見てきた。
「ま、マリー?」
「お嬢様はこの件がなくてもお忘れだったのでは?」
「え? あ、あはははは。そうかも?」
「まったく……。昨年も申し上げましたが、お嬢様はスカーレットフォードになくてはならないお方なのですよ? もっとご自身のことに気をお遣いください」
「……うん。ごめんね。ありがと」
「はい。それでですね。サイモン」
「はい。男爵様、こちらはこの町の名物のアップルパイだそうです」
そう言ってサイモンはトレイを差し出してきた。ランプとロウソクに照らされ、パイがあめ色に輝いている。
「ありがとう。じゃあ、みんなで食べようか」
「はい!」
こうしてあたしは今年もサプライズで誕生日をお祝いしてもらったのだった。