第107話 追放幼女、おてんば娘を諭す
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そんなこんなで視察を終えたあたしは夕食をご馳走になり、さらに客間まで用意してもらった。最大限のおもてなしをしてくれていると感じられるが、それでも開拓村の木造の家だ。どこからともなく凍えるようなすきま風が入ってきている。
このまま起きていても寒いだけなのでそろそろ眠ろうかと思ったのだが、何やら外がずいぶんと騒がしい。廊下をバタバタと慌ただしく走る音が聞こえてくる。
「何かあったのかな?」
「確認して参ります」
マリーはそう言って部屋を出たが、すぐに戻ってきた。
「あれ? もうわかったの?」
「はい。ジェラルド卿のご息女がいなくなったそうです」
「え?」
あの態度の悪い人が?
「なんだろう? もしかして家出?」
「かもしれません。今は家の中をくまなく探しているところのようです」
「ふーん。でも家出なら家の外じゃない?」
「そうかもしれませんが、この季節ですので……」
「そっか。それもそうだね。雪も積もってるし、風邪ひいちゃうね」
「はい」
そんな会話をしていると、外からも声が聞こえてくる。
「フィオナは! まだ見つからないのか?」
この声はジェラルド卿だ。やはり娘が心配なのだろう。かなり焦った様子だ。
「はい。倉庫も含めてすべて探しましたが、この屋敷にはいらっしゃいません」
「庭はどうだ?」
「探しましたが残念ながら……」
「ならば外だ。一軒一軒探すぞ。私も出る」
「かしこまりました」
こうして声は遠ざかっていく。
「家の中にはいなかったんだね」
「そのようですね」
「外、寒いよね?」
「はい。でしょうね」
「ちょっと外に出てもいい?」
「であればこちらをお召しになってください」
「うん。ありがと」
あたしはマリーに毛皮のコートを着せてもらい、バルコニーに出てみた。
「うわっ。やっぱりこれ着てても寒いね」
「はい」
「もしかして、スカーレットフォードを出発してから一番寒い?」
「かもしれません」
「……フィオナさん、凍えちゃうよね?」
「そうですね。ですがここの住人たちもきっと全員顔見知りでしょうからすぐに見つかると思いますよ」
「そうだね。でも、ちょっとくらい手伝うのはいいよね」
「お嬢様?」
あたしはBi-61に命令を出す。
「フィオナさんを探してきて。範囲はとりあえずこの村の中」
カランコロン。
Bi-61が飛び立っていく。だがなんとほんの数メートル上昇しただけで帰ってきてしまった。
「え? もう見つけたの?」
Bi-61は頭を下げた。
「……マリー、どういうことだろうね?」
「つまり、すぐ近くにいるということでしょう」
「たしかに? うーん……ちょっと見に行ってみる。ハスキー-1、あたしを乗せて」
バルコニーに待機させておいたハスキー-1がやってきて伏せをした。あたしはそのまま跨がる。
ううん。鞍がないからごつごつしていてちょっと痛いね。でも、すぐそこだしなんとかなるでしょ。
「お嬢さま?」
「ちょっと見てくる。ハスキー-1、あたしをフィオナさんのところまで運んで」
するとハスキー-1はゆっくりと立ち上がり、ものすごい脚力で飛び上がった。あたしは振り落とされないように首に手を回してしがみつく。
気付けばあたしは屋根の上に連れてこられていた。目の前には驚いたフィオナさんの姿がある。
なんだ。屋根の上に登っていたのか。お転婆だなぁ。
「ごきげんよう」
「……何しに来たんですか? 男爵なら人の家の屋根にも勝手に上っていいんですか?」
はぁ。どうしていちいちあたしに突っかかってくるのかな。
「大騒ぎになっていますわ。ご令嬢が行方不明だって」
「……どうしてあんたが先に見つけてるのよ」
フィオナさんはまるで吐き捨てるようにそう呟いた。
「わたくしのスケルトンがたまたま見つけてしまいましたの」
「はぁ!? 何それ! 珍しいのが買えるって自慢したいわけ!?」
フィオナさんは憎々し気な目であたしを睨みながらそんなことを言ってきた。
ああ、もう。面倒くさいな。
あたしは小さくため息をついた。
「そうじゃないよ。あたしが自分で作ったの」
「はっ! 魔力のあるお嬢様はいいわね! なんでもできるって?」
……どうしてフィオナさんはこんなにあたしを敵視するかなぁ。あたしは一応客なんだし、突っかかってもなんにもならないはずなんだけど。
「何に怒っているのかは知らないけど、別にそんなんじゃないよ」
「何よ! 親のおかげなくせして!」
はぁぁぁぁ。
あたしは大きなため息をついた。
「ふん! ため息なんてついてないでなんとか言ったらどうなのよ!」
「……そうだね。もしできるのなら、あたしはあなたと親を交換したいよ」
「は?」
「だって、ジェラルド卿もドリーンさんも、ああしてあなたがいなくなったら心配して探してくれるじゃない」
「ウザいだけだっつーの」
「でも、それってあなたを愛してくれてるってことでしょ?」
「はあ? そんなわけ――」
「あるよ。その証拠に、昼間だってあなたをちゃんと叱ってくれたじゃない」
「口うるさいだけだし」
「そう。でもあたしは羨ましいよ」
「はぁ?」
「あたしはそんなこと、言ってもらったこともないから」
「いい親じゃん」
「そう?」
「そうだよ」
「本当にそう思う?」
「そうだって言ってんじゃん! うるさくないんでしょ?」
「そうだね。でもそのかわり、生まれてから抱きしめてもらったことすらないけどね。ただの一度たりとも」
「え?」
「あたしのことを心配することも気に掛けることもない。適当に狭い離れに軟禁して、死なない程度の食事を与えるだけ」
「そんな……」
「しかもあたしの髪と目の色が気に入らないっていうだけで、たったそれだけの理由で滅びかけの開拓村を押し付けて、死んで来いって捨てたんだよ?」
「……」
「挙句の果てに、後になってその開拓村を取り戻したくなったら騎士団を差し向けてくる。そんな親がいい親だって、本当に思う?」
「あ、あたしは……」
「あたしからすれば、あなたの両親は十分にいい親だと思うよ。だって、あなたのことを愛してくれてて、ちゃんと心配してくれてるんだから」
「う……」
「今からでも顔を出して、早く謝ったほうがいいんじゃない?」
フィオナさんは唇をきゅっと噛み、俯いたまま黙りこくってしまう。
「寒いからあたしはもう戻るよ」
そう言ってあたしは屋根から降りて部屋に戻る。
「お嬢様?」
「なんかね。ただ不貞腐れてただけみたい」
「そうでしたか。それよりもお体が冷えてしまったのではありませんか? お湯を貰いましょうか?」
「ううん。大丈夫。このままもう寝るよ」
「かしこまりました。では、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ」
こうしてあたしは眠りについたのだった。