第106話 追放幼女、情報交換をする
「男爵閣下、魔の森を通られたにしてはずいぶんと人数が少ないようですが……」
「ええ。わたくしにはスケルトンたちがおりますもの」
「す、すけ……?」
「ええ。門番の方はご存じだったようですわよ? スケルトンを見て、一目でわたくしたちが誰なのか気付いておられましたわ」
「……その、すけ、というのはもしや黒い骨を動かす魔法のことですかのう?」
「え、ええ。そのようなものですわね」
「なるほど。儂も長く生きておりますが、そのような魔法は初耳ですじゃ」
男爵にはスケルトンではなく黒い骨を動かす魔法って伝わっているらしい。
「しかし、魔の森にはシルバーウルフの群れがおったはずじゃ。もしや、群れと運よく出会わなかったのですかな?」
「いいえ」
「で、では……」
「もちろん、押し通りましたわ。最初は少し苦労しましたけれど、さほどの問題はありませんわ」
「なんと……」
「あの恐ろしいシルバーウルフの群れを……」
男爵たちはまたしても絶句しているが、おかげでまたもや聞こえてはならない呟きが聞こえてくる。
「はぁ、アホくさ」
「フィオナ! 男爵閣下になんという暴言!」
「何? 何も言ってないし」
ジェラルド卿の叱責に対し、フィオナさんはまたもや同じ言い訳をしてプイとそっぽを向いた。そして驚いたことに、なんと食事を淡々と口に運んでいる。
「フィオナ!」
青筋を立てたジェラルド卿が大声で怒鳴りつける。
「お前は謹慎だ! 一週間、謹慎をしなさい」
「はあっ!?」
「今すぐ部屋に戻りなさい!」
「……はいはい。しつれーしましたね」
フィオナさんはそう言うと乱暴に席を立ち、ずかずかと部屋から出て行った。するとドリーンさんが謝ってくる。
「お恥ずかしい限りで、申し訳ございません」
「いいえ。気にしていませんわ」
これって、もしかして反抗期ってやつかな?
それをお客さんの前でやるのはどうかとは思うけど。
それはさておき、父娘関係ってどこもみんな険悪だったりするのかなぁ。あたしも生物学上の父親との関係はアレだしね。
あ、でもミュリエルはエドワード卿と仲が良さそうだし、さすがにそれぞれか。
「娘も昔はもっと素直でいい子だったのですが、最近は何を言っても反発されるばかりでして。特に上の娘がお嫁に行ってからは尚更でして……」
ふーん。じゃあやっぱり反抗期ってこと?
ならなおさら、あたしは余裕を見せてやらないとね。何せあたしは前世の年齢を足したらフィオナさんよりもかなりお姉さんだもんね。
「そうですの。大変そうですわね」
「本当に申し訳ございません」
「ええ。構いませんわ」
すると男爵たちはあからさまにホッとした表情を浮かべたのだった。
◆◇◆
そうして食事を終えたあたしはジェラルド卿の案内でバクスリーの村を案内してもらっている。
中央広場には小さな市場があり、そこで生活必需品などが取引されている。村には鍛冶屋などもきちんとあるようで、生活に必要な最低限の品物の生産はできているようだ。
「ジェラルド卿、物資は自給自足出来ているんですの?」
「ある程度まではできておりますが、一部はどうしても外部からの物資に頼らざるを得ないのです」
「何を輸入していますの? やはり塩ですの?」
「そうですね。塩はすべて輸入に頼っています。その他にも……」
ジェラルド卿は特に隠す気はないようで、様々な物資が不足していることを赤裸々に告白してきた。
「まぁ……大変ですのね」
「はい。うちは開拓村ですので陛下からの支援金があり、それでなんとかやれている状況です」
「支援金? なんですの? それは」
「おや? ご存じないのですか? 魔の森の開拓村は防衛の最前線ですから、それを維持することは王国全体の安全を確保することにも繋がります。ですので男爵閣下のご領地にもそれなりの金額が支援されているはずです。お戻りになられたら、代官の方にご確認いただければ分かると思います」
「そうだったんですのね。ありがとう存じますわ」
「いえいえ」
なるほどねぇ。これ、絶対あたしの生物学上の父親が横領してるでしょ。あとでちゃんと抗議しないと。
「ところで、スカーレットフォードの防衛体制はどうされておりますか?」
「そうですわね。基本的にはスケルトンたちが森の中で排除していますわ。それを抜けて村まで来た場合は人が協力して討ち取っていますわね」
「なるほど。スケルトンにはそのような力が……」
ジェラルド卿は深刻そうな表情でそう呟いた。
「バクスリーではどうなっておりますの?」
「我々の場合は騎士が先頭に立ち、村の者たちが力を合わせています。ですから村の者たちは皆、槍と弓を使うことができます」
「では皆さん、いつも稽古をなさっているんですの?」
「はい。ですがやはり強力な魔物が出ると太刀打ちできませんので、そこは我々が戦います」
「貴族の務めですものね」
「はい」
そう答えたジェラルド卿だが、その表情は暗い。
「何か心配事でもございまして?」
「……ええ。そうですね」
ジェラルド卿はそう言ってしばらく口ごもった。そして、意を決したように口を開く。
「実は、そう言っていられるのも私の代までなのです」
「あら? どういうことですの?」
「はい。実は……リオにはほとんど魔力がないのです」
「あら? それならばフィオナさんは?」
「フィオナには魔力がなく……」
「ああ、そういうことですのね。ということは、もしや……?」
「はい。もちろん妻には感謝していますし、彼女を選んだことに後悔はありません。ですが魔力の問題だけはどうにも……」
「そうですわね。あら? でもたしかもう一人、嫁がれたお嬢様がいらっしゃったのではなくて?」
「はい。多少魔力はありましたので、なんとか貴族家に嫁がせてやることはできました。ですが……」
そう言ったジェラルド卿の表情は冴えない。
その表情だけで、嫁いだという娘さんの扱いが良くないであろうことが想像できる。
「でも、悩んでも仕方がありませんわ。バクスリーの未来はジェラルド卿が背負ってらっしゃるんですのよ?」
「え?」
あたしの言葉が意外だったのか、ジェラルド卿は一瞬ポカンとした表情を浮かべた。
「は、ははは。そうですな。悩んでも仕方がありませんな。できることをせねば」
そう答えたジェラルド卿にあたしはニコリと微笑んだ。
「では、男爵閣下。恥を忍んでお頼み申し上げる」
「なんですの?」
「そのスケルトンを我らにお貸しいただくことはできませんか?」
「ええ。もちろん、可能ですわ」
「ならば!」
「ただし、スケルトン一体につき大金貨一枚を毎月お支払いいただいていますわ」
「え?」
「だって、スケルトンはスカーレットフォードを守るために必要な戦力で、農奴のようなものですのよ? 税を納める農奴を貸し出すのであれば、その対価を受け取るのは当然ではなくて?」
「……そうですな」
ジェラルド卿はそう言うと、がっくりとうなだれたのだった。
ごめんね。可哀想だけれど、あたしにボランティアしてあげられる余裕はないんだ。なにせ、生物学上の父親っていう現実的な脅威があるからね。
次回更新は明日、1/3 (金) 18:00 となります。