第105話 追放幼女、祖父の業績を聞く
あたしは困って後ろで控えているマリーのほうを見た。するとマリーがそっと耳元に顔を近づけてくる。
「どうなさいました?」
「あのさ。収拾がつかないし、穏便に済ませたいんだけどどうしたらいいと思う?」
「……それでしたら、いっそお食事に誘ってしまってはいかがでしょう? 無礼ではありますが、今回はあちらがそれ以上の無礼をしておりますので、こうして要求をすることで水に流すと伝えることができます」
「なるほど。そうだね。いい考えかも。ありがと」
「どういたしまして」
あたしはうなだれるジェラルド卿に声を掛ける。
「ジェラルド卿」
「なんでしょうか?」
「よろしければ、そちらのお二人も交えて一緒にお食事でもいかがです? わたくし、ちょうど食事の時間にお邪魔してしまったのでしょう?」
「……よろしいのですか?」
「ええ。もちろんですわ」
「ありがとうございます」
ジェラルド卿はそう言って立ち上がると、若い男とフィオナさんを連れてくる。
「スカーレットフォード男爵閣下にご紹介いたします。これが息子のリオ、そしてこれが娘のフィオナでございます」
「騎士リオ・フリートウッドです。お会いできて光栄です」
「フィオナ・フリートウッドです」
ジェラルド卿の監視の下、リオ卿はきっちりと騎士の礼を執り、フィオナさんはやや投げやりなカーテシーをしてきた。
「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイですわ。よしなに」
あたしはニコリと微笑んだ。
「さ、みなさんもお掛けになって」
「はい」
リオ卿は神妙な面持ちで、フィオナさんはやはりぶっきらぼうな態度で席に着く。
「では、すぐに食事を持ってこさせます」
「ええ」
ジェラルド卿が合図をするとメイドさんが下がっていった。すると男爵が口を開く。
「スカーレットフォード男爵閣下の寛大なお心に感謝いたしますじゃ」
あたしはそれに微笑みで答える。
「ご覧のとおり、儂ももう年でしてな。普段の執務はもうすべて息子に任せておりますじゃ」
「そうでしたの」
「本当はもう、爵位も譲ってしまいたいのですがのう……」
「縁起でもないことを仰らないでください」
男爵の言葉をジェラルド卿が否定する。
あれ? 譲りたければ譲っちゃえばいいんじゃないの? 現にあたしは爵位を押し付けられたわけだしね。
「ところでスカーレットフォード男爵閣下」
「なんですの?」
「エインズレイ家のお方ということですが、もしやサウスベリーのお方ですかのう?」
「ええ。わたくしの父は現サウスベリー侯爵アドルフ・エインズレイですわ」
「そうじゃったか。代替わりしたとは聞いておったが……」
男爵はそう言って遠い目をした。
「どういうことですの?」
「うむ。儂が知っておるのは、先代ですがのう。大変に優秀なお方じゃった」
「わたくしのおじいさまが……優秀?」
すると男爵はしっかりと頷く。
「ええ、優秀じゃった。本当に、本当に優秀なお方じゃった……」
男爵はそう言って言葉を切り、遠い目をした。
「……じゃが、優秀過ぎたのかもしれんのぅ」
「優秀過ぎた?」
「そうじゃ。強引で、貪欲で、利益に妥協することも決してなさらなかったのう。ゆえに多くの敵がおり、先王陛下と対立することも多かった。じゃがのう。決して己の利益のみで動いておったわけではなかったのじゃ。魔の森を制して国の安全を守る。投資をして国を発展させる。そのすべてにおいて比肩する者がないほどの成果をあげ、先王陛下にも一目置かれておったのじゃ」
「まぁ……おじいさまはどんなことをしたんですの?」
「サウスポートを貿易の中心地として発展させ、他国との貿易を何十倍にも増やしましたのぅ。あとは街道も整備し、おかげで人の行き来が活発になったものじゃ。それに領内に数多くの開拓村を作り、さらにはサウスベリーから遠い場所であっても支援を惜しまなかった。バクスリーができたのも、先代侯爵閣下のおかげですじゃ。そう。あの時代は魔の森の開拓の時代じゃった。犠牲を払いながら魔の森を遠ざけ……」
男爵はそう言ってまたしても遠い目をした。
そうなんだ。じゃあサウスベリー侯爵が裕福なのって、もしかしておじいさまがすごかったおかげなのかな?
「しかし、まさかこのようなことになるとはのう……」
男爵はぼそりとそう呟き、あたしにちらりと視線を向けた。
うーん? こんな幼女がお使いにくるなんてどういうことだ、といった感じかな?
「バクスリー男爵閣下、わたくしがここを訪れることは、わたくし自身で決めたことですわ」
「むむ?」
「わたくしの治めるスカーレットフォードもまた、ここと同じ魔の森の中にある開拓村ですの」
「なっ!?」
男爵はカッと目を見開いた。
「それにわたくし、お父さまとは初めから上手くいっていませんの。ですからお父さまには頼らずに済むよう魔の森に道を通し、王都と繋げたいと思っているのですわ」
「み、道……ですと?」
「ええ。ちょうど王妃陛下にご招待いただきましたの。ご挨拶するついでにそのお話もしてこようと思っているのですわ」
男爵は動揺を隠せない様子だ。
「では、なぜバクスリーへ? サウスベリー侯爵領から直接王都へ行ったほうが……」
「ですから、お父さまとは上手くいっていませんの。今も盛大な親子喧嘩の最中ですわ」
どうやらついに男爵の理解の限界を越えたのか、口を開いてポカンとした表情を浮かべてしまった。それに気付いたジェラルド卿がすかさず割り込んでくる。
「それはつまり、男爵閣下はサウスベリー侯爵領をお通りになられていないのですか?」
「ええ」
「……ではどうやって? ……まさか、魔の森を抜けて?」
「ええ、そのとおりですわ」
「なんと……」
男爵だけでなく、ジェラルド卿やリオ卿、ドリーンさんまでもが絶句している。ところがそのせいで、聞こえてはならないフィオナさんの呟きが聞こえてしまった。
「そんなの嘘に決まってんじゃん」
「フィオナ! 何を言っているんだ!」
「は? 何も言ってないし」
フィオナさんはそう言ってプイッとそっぽを向いてしまった。
さすがにそれはダメなんじゃない?
「失礼します。お食事をお持ちしました」
ナイスタイミングでメイドさんがやってきて、テキパキと配膳を済ませてくれた。
はぁ、仕方ないね。
「バクスリー男爵閣下、いただいてしまいましょう?」
「……感謝しますじゃ」
あたしたちはお祈りをしてから食事をいただくのだった。
あけましておめでとうございます。本年も応援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。