最後
三題噺もどき―よんひゃくななじゅうご。
ざわざわと人々が囁く。
この辺りでは少しばかり有名なあるカフェ。
おかげで平日だろうとなんだろうと、席はそれなりに埋まっている。
休日よりは余裕をもって、それでもどこかせわしなく店員が歩いていく。
―絶対に1人では来ないようなところだ。
「……」
だから、ではないけど。
目の前には、一週間ほど前に久しぶりに会った友達が座っている。
あの夜に見せた弱弱しい姿が嘘のように、明るい表情を見せている。
急に会いたいというから何かと思って待ち合わせをしたのだけど。
「……」
他愛のない会話をしながら、ここまでやってきた。
席に座り、各々注文を終え。
いつもの癖のように、携帯をいじりだす。
「……」
お互いが、静かなまま、モノが届くまで待っている。
何か文字を打っているような動作をしているようだから、噂の彼氏と連絡でも取っているんだろうか。あれはあれで、仕事をしているんじゃなかったか。
あぁ、でも時間的には昼休憩とかの時間だな。
「……」
ひまだ……。
外では携帯をいじる気になれないので、さっさと閉じてしまった。
本人が楽しそうなのは、いいのだけど。
この微妙な時間は、地味にストレスになる。
あまり、ぼうっとしていると、よろしくない思考が巡るので。
「……」
「……」
「……」
「おまたせいたしました」
目の前に座る彼女の顔が、はたと上がり。
私も、顔を声のした方へと動かす。
「Aセットご注文のお客様―」
「ぁ、はい」
目の間に置かれたのは、チョコレートケーキと、コーヒー。ミルクと砂糖が乗せられた小皿も添えられる。
「Bセットはこちらですね」
そういいながら、彼女の前に置いたのは、季節のタルトと紅茶のセット。ついでティーポットも置かれる。紅茶は自分で淹れるスタイルのようだ。
「ご注文はお揃いでしょうか」
「はい、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
机の横に、伝票を置き、軽く礼をして、去っていく。
それを見送ってから、彼女はティーポットに手を伸ばす。
傾けると、琥珀色の液体がカップの中に溜まっていき、ふわりと紅茶の香りが広がる。
普段あまり飲まないが、飲んでみたくなるほどに。
「……」
それを淹れ終えてから、相変わらず、写真を撮ったりしている。
私は一口、コーヒーを飲み、ソーサーの上に置きなおす。いつもなら一つくらい砂糖を入れてもいいかと思うのだけど、今日はなんとなくそんな気にもなれず。
「…撮っていい?」
「…どうぞ?」
いつもは聞くことなんてないのに。
そう言われて断る私ではない。色々とあったが、それでもこの奥底にあるモノが消えないのだから、それが答えだろう。
都合のいいように使われているだけだが、それでもいいと思うあたり、自分の愚かさに笑えてしまう。
「…撮れた?」
「ん。おっけ、ありがとー」
携帯を引っ込め、鞄の中へとしまう彼女。
軽く手をあわせ、小さな声でいただきますと言ってから手を付ける。
フォークをタルトにさくりと入れ、一口ほうる。
「ん、おいし」
「そ、」
私も、チョコレートケーキにフォークを刺し、口に運ぶ。
甘みはあるので、コーヒーと合わせて食べて丁度いい。
個人的には、もう少し苦みがあってもいいかと思うが、万人受けするのはこれくらいの甘さなのだろう。
しかし、こういうケーキに乗せられている小さなチョコレートは甘くて食べられない。
ので。
「はい、」
上に乗せられていたそのチョコレートを、指でつまみ。
彼女へと差し出す。
ほんの少しとろりとした感触が指先に広がり、溶け始めていることがわかる。
「ぁ」
小さく広げられた彼女の口に、チョコレートを放り込む。
「あま」
一瞬でなくなったであろうチョコレートの感想を呟き、タルトを食べ進めていく。
手についたチョコを軽くなめて、コーヒーを一口飲む。
そのまま、ケーキも一口食べ、私は声を出す。
「なんか話があったんじゃないの」
「ん、」
半分ほどがなくなったタルトを、更に一口食べてから。
紅茶を飲み、彼女がようやく口を開く。
「彼氏と、同棲することになって」
「うん」
ケーキを食べる。
甘い香りが口に広がり、ほんの少し気分が悪くなる。
彼女もタルトを口に運び、頬をほころばせる。
「少し遠いところに引っ越すことになって」
「うん」
なぜだか、喉がぎゅうと声を上げた。
ずきりと、一瞬心臓のあたりが痛み、軽くさする。
彼女が胸のあたりに下げていた、指輪のようなものを触る。
「だから、あんまりあえなくなるんだ」
「……そっか」
もう一口、ケーキを食べる。
ざらりとしたスポンジと、とろりと溶けたチョコ。
ぐちゃりと混ざったその触感が、口内で不愉快な音を立てる。
「だから今日いっぱい遊ぼうと思ってさ」
朗らかに笑う彼女の言葉に、きっと嘘はないのだろう。
連絡自体はいつでも取れるが、会うのは難しくなるから。
最後の思い出作りでも、ということだろう。
「そう……ありがと」
「……そうだ、この後ここいかない?」
そう言って、いつの間にか取り出した携帯を差し出す。
もう、その話は終わりだと言うらしい。
ま、彼女にしたら、大したことはないし。
長年付き合った友達と、離れる程度。
「……うん、いんじゃない」
まだ少しはっきりとしない思考の中で、返事を返す。
ズキズキと痛む心臓が、今すぐ帰りたいと悲鳴を上げている。
吐き出しそうになる何かを飲み込むように、コーヒーを一口流す。
「……」
さよならだけが人生だと、言ったのは誰だったか。
私の人生は、そんなものなのかもしれない。
お題:さよならだけが人生だ・チョコレート・ティーポット